夏の離宮(6)
「さて。ここで一旦、下船」
「!? ここは……?」
気付くとこれまで来たことがない場所に到着していた。水路へと続く階段が見え、その階段の先には尖塔が伸びている。
「夏の離宮が王都のはずれにあるのは、外敵の侵入に備えた要塞を、別荘化したからだ。この尖塔は昔の名残で今は使われていない。でもかつては外敵の監視に使われていたんだ」
私がゴンドラから降りるのをレイモンドは手伝い、そのままエスコートして、階段を上る。私達は尖塔へ向け、歩き出したのだけど。護衛で後ろをついていた騎士達は、階段でそのまま待機している。
「ここが入口だよ」
尖塔の入口には、大きな鉄製の扉。鍵を開け、レイモンドは中へ入ると、「ここからは螺旋階段。結構な段数だから、休憩しながら行こうか」と提案された。確かにぐるりと階段が続いている。
「この階段の上り下りだけで、体が鍛えられそうだね」
レイモンドは冗談っぽくそう言うけれど、それは事実だと思う! 休憩は必須。ということで途中で何度か休むと……。その度に明り取りの窓から見える景色が変化していく。相当高さがあると分かる。
「さあ、リナ。よく頑張った。到着だよ」
そこは最上部の展望フロアで、四方に窓が設置され、青空が見えている。ドーム型の白い天井はとても明るく、大理石の白い床も清潔感があった。ここが既に使われていない場所とは思えない。そしてこんな場所にあることで、秘密基地みたいに感じる。
「かつてこの要塞へ来た王が、この部屋に滞在したんだって。だからちょっとしたギミックがあるんだ」
そこでレイモンドが石造りの壁をトントンと指で軽く叩き……。
「ここだ」と石を押すと、石が手前にずれる。
レンガ一つ分ぐらいの石を、壁から取り外すことが出来た。しかもその奥は、ちょっとした物を隠すのに、丁度いいスペースになっている。
「ここへさっきの缶を入れておこう。そして十年後。二人で缶を見に来よう」
「もしかしてタイムカプセルね……!」
「Time Capsule……。うん。いいね。今のリナと僕の気持ちを託した入れ物だ。十年後、お互いの封筒を交換する。そしてあの時、こんな風に思っていたんだって話せたら……なんだか温かい気持ちになれるかなって思ったんだ」
サラサラの前髪を揺らし、レイモンドは笑顔になる。
「うん。サイズとしてはピッタリだ」
嬉しそうにそこへ、レイモンドは真鍮製の缶を……タイムカプセルをしまう。
その姿を見た私は胸が締め付けられる。
レイモンドは……私と一緒に生きる未来を信じているんだ。
タイムカプセルを通じ、十年後。
お互いの気持ちを確認し合う。
それはとてもロマンチックな発想であり、胸が熱くなる。
しかし同時に。
現実を考える。
ここはヒロインが王太子を攻略するルート。
悪役令嬢は婚約破棄されて、断罪される世界なのだ。
十年後の八月。私は……生きているのかな、と。
缶の中の紙に書かれたレイモンドの気持ち。
知ることが出来るのかな、と。
「リナ」と言うと、レイモンドは私の前で片膝を地面につき、跪く。そのまま私の手をとると、えくぼの見える実に朗らかな笑顔になる。その顔を窓から射し込む陽の光が照らす。一方で、陽射しがあたらない私は、影の中に佇んでいる。
ヒロインの攻略対象として、スポットライトの中にいるレイモンド。
邪魔者の悪役令嬢として、ライトを浴びることのない私。
見事なまでに明暗が分かれているのに。
レイモンドは光の方へ導くように伝えてくれる。
「十年後も、変わらぬ愛をリナに誓うよ」
◇
離れに到着すると、既にそこにキルリル皇太子、アンジェリーナ王女とマークが待っていてくれた。さらにその離れのテラスにはお茶が用意され、休憩できるようになっていたのだ。そこに着席し、それぞれのゴンドラの演出について報告し合う。
「マークはね、私の大好きなものばかりのお茶会を、ゴンドラの上で開催してくれたのよ。そのうえで著名な詩を朗読してくれたの! すべて愛の詩で有名な作家のものばかり。とてもロマンチックだったわ」
マークは全力でロマンチックな演出を行ったが、あくまでそれはアンジェリーナ王女のため、のようだ。勝負には絡まないと宣言。そこで私はキルリル皇太子とレイモンドのそれぞれの演出を聞かせると……。
「ゴンドラに乗りながら演劇鑑賞ができるなんて! とても面白いと思うわ!」
「二人だけの秘密の場所にTime Capsuleを隠す。そして十年後にもう一度、その場所へ来る約束をする。まさにロマンチックの極みです……!」
アンジェリーナ王女とマークは、それぞれがキルリル皇太子とレイモンドの演出を褒め称える。こうなるとやはり最終的なジャッジは私に任せられるのだけど……。
キルリル皇太子もレイモンドもそれぞれに良いところがある。どちらもドラマチックでロマンチック。
とはいえ、キルリル皇太子の場合、発案は彼自身でも護衛騎士や侍女などの大勢が協力していた。対してレイモンドは、レモネードも自身が用意し、ゴンドラも自らが漕ぎ、あの場所まで連れて行ってくれたのだ。それを思うと、レイモンドの勝利にしたくなるが……。
「やはりどちらも素敵で、結論が出ません! こちらも引き分けでお願いします!」
ということで夏の離宮での勝負。
勝敗をつけるのは、やはりとっても難しかった……!
お読みいただき、ありがとうございます!
これで夏の離宮は終わり……と思ったのですが。
アンサーを出したい……!
勝敗を書く時間をいただけないでしょうか。
なんとか夏の離宮(7)を水曜日に出せるようにします!