夏の離宮(5)
キルリル皇太子とのゴンドラ・タイムが終わり、離れの乗り場に到着した。一旦そちらで降り、今度はレイモンドの用意するゴンドラに乗り込むことになった。
レイモンドは今、降りたゴンドラに花びらが沢山舞い落ちているのを見て「どうやらとってもロマンチックな演出があったようだね」と微笑む。ロマンチック……よりも大変ドラマチックだった!と思いながら、このキルリル皇太子と同等、もしくは超える演出をレイモンドができるかしら?と期待と心配が入り混じる。
だがレイモンドは自信に満ちた表情で、えくぼ全開の笑顔となり、私をエスコートしてゴンドラに乗せてくれたが……。
「レイ、船頭は……?」
「船頭は僕が務めるよ」
「!? え、レイが!?」
「この夏の離宮。今は父上が所有している。でもいずれ僕が引き継ぐ。そうなったら水路を自由自在に行き交うことができるゴンドラを操作できないと困る。父上も実はゴンドラを動かせるんだよ」
レイモンドが多彩なのは、実は国王陛下譲りだったのね……!と、前世ゲーム知識でも知り得なかった情報に嬉しくなってしまう。
こうして私がゴンドラに座ると、レイモンドはレモネードを手渡してくれる。
これは彼が自ら厨房に立ち、作ったというのだから……!
「夏の終わり……と言ってもまだ暑いからね。水分補給は重要だよ」と微笑むレイモンドは、自身もガラス瓶にはいった水を持参している。
「では出発」
そう言うとレイモンドがゆっくりゴンドラを進める。
「リナ。左側に置かれている木箱を開けてみて」
「木箱……」
指摘された木箱を開けると、羽根ペンとインク、そして紙と封筒、さらに真鍮製の缶が入っている。
「ゴンドラはゆっくり進めるから、その紙に今のリナの僕への気持ちを書いて」
「!」
「書いたら、封筒に入れて、その真鍮製の缶に入れて。既にその缶の中には、僕のリナへの気持ちを書いた紙が入っているから」
「分かったわ……でもこれ」
「それはこの先のお楽しみ」と応じたレイモンドは、そこで朗らかに歌い始める。
ゴンドラを漕ぐ動きと連動する、船頭が歌う定番ソングだ!
その歌詞はこんな感じ。
♪ 今日もよく空は晴れ
僕の気持ちは明るい
昨日の雨は終わった
だから笑顔で過ごそう
君の笑顔が世界を照らす
君の歌声が世界を輝かせる
僕も笑顔で漕ぎ出そう
君を乗せ、どこまでも ♪
レイモンドは声楽も習っていたのだろうか。
とても素敵な歌声だった。
その声を聞きながら、今のレイモンドへの気持ちと改めて向き合うと……。
それは一つへ集約される。
レイモンドのことが大好きだった。
こんなに好きになるとは思わなかったが、好きにならないのは無理な話。彼はとても魅力的であり、しかも私のことを好きだと言ってくれているのだ。それなのに恋に落ちないなんて、不可能なことだった。
だが同時に。
好きになればなるほど、怖くもあった。
この夏が終わり、始まる学園生活で、レイモンドがヒロインと出会い、変わってしまうことを。今の姿からは想像できない変貌を遂げ、私へ婚約破棄と断罪を告げるのかと思うと……。
羽根ペンを持つ手に力がこもる。
想いは……願いは一つ。
『レイ、変わらないで。いつまでも今の気持ちで、私を好きでいて』
それだけ書くと、紙を折り畳み、封筒へとしまう。そして真鍮製の缶を取り出し、蓋を開ける。そこには私が手にしているのと同じ封筒と鍵が入っていた。
「リナの封筒を入れたら、その缶は鍵をかけて」
歌うのをやめたレイモンドに言われた通り、自分の封筒も缶の中へ入れ、鍵をかけた。
「さて。ここで一旦、下船」
「!? ここは……?」
お読みいただき、ありがとうございます!
夏の陽射しは限りなく明るいのに。
その明るさが作る影のように。
リナの心には来る夏の終わりと始まる学園生活
そしてそこに登場するヒロインのことが頭から離れない!
そんなリナにレイがこれからしようとしていることは……
次話「夏の離宮(6)」でレイとリナの光と影をご覧ください~
ということで続きは明日の夕方頃公開予定です~
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