夏の離宮(4)
夏の離宮の滞在。
今日がいよいよ最終日だった。
するとアンジェリーナ王女が、朝食の後にこんなことを提案した。
「この離宮の特徴は、沢山の水路があってゴンドラがあることでしょう。このゴンドラを使い、ロマンチックな演出をかけての勝負。どうかしら?」
これにはレイモンドとキルリル皇太子は「「面白い!」」と反応する。さらにマークまでこんなことを言い出す。「それならば自分も参戦します!」と。
こうしてレイモンドとキルリル皇太子は私をゴンドラにのせ、マークがアンジェリーナ王女をのせることが決定。準備時間がもうけられ、ティータイムの時間帯に、ゴンドラ勝負が行われることになった。
「まさかマークまで参戦すると思わなかったわ」
「でもアンジェリーナ王女様が発案したのだから、マークは俄然やる気が起きたのではないかしら?」
そんな会話をしながら、白のティーガウンを着た私は、レモンシャーベットのような明るい夏用のティーガウンを着たアンジェリーナ王女と共に、母屋のそばの水路へ向かった。
夏の離宮には完全プライベートで滞在しており、客人を招いていなければ、社交活動をするわけでもない。ゆえに午後のこのひと時をティーガウンで過ごし、かつゴンドラに乗ってもマナー違反にはならない。それに日焼け対策のつばが広い帽子をかぶり、ロングのレース手袋をつけてゴンドラに乗るのは……貴婦人な雰囲気が漂い、とても素敵だと思う!
「「「お待ちしていました!」」」
ゴンドラ乗り場で待ち受ける三人は、三者三様の装いをしている。
マークは昼の正装であるフロックコート姿。アクアグリーンの涼し気な色合いで、良く似合っている。この装いでアンジェリーナ王女をゴンドラにのせ、どんな演出をするのか。実に楽しみ。
キルリル皇太子はアイスブルーのセットアップ姿なのだけど、シャツの襟や袖にフリルがついていて、クールな見た目に反する甘々な装い。ロマンチックな演出がテーマなので、それに合わせたようだ。
一方のレイモンドは、白シャツにアクアブルーに銀糸のストライプ柄のベスト、そしてアクアブルーの細身のズボンとカジュアルな装い。シャツも肘の辺りまでまくりあげており、とてもラフな感じだ。
「アンジェリーナを乗せたマークと、リナを乗せたキルリル皇太子殿下はここからスタートだ。僕は離れの水路で待機しているから、そこでキルリル皇太子殿下とバトンタッチになる」
レイモンドの説明を受け、早速、ゴンドラに乗ることになった。
「まあ、このゴンドラ、私の好きなものでいっぱいだわ!」
マークがアンジェリーナ王女のために用意したゴンドラには、彼女が好きな小動物のぬいぐるみが沢山並べられ、小さなテーブルには三段スタンドが見える。その三段スタンドには、王女の大好きなスイーツが盛りだくさん。どうやらティータイムの時間にあわせ、ゴンドラでお茶を楽しむようだ。
「ではお先に出発します!」
キリッとしたマークと、笑顔のアンジェリーナ王女を乗せ、船頭がゴンドラをゆっくりと動かす。
アンジェリーナ王女とマークを乗せたゴンドラは、母屋の中を進む水路へと向かう。このルートは母屋の中を経て、ぐるりと一周するコースだ。
一方のキルリル皇太子と私のゴンドラは、離れへ向かうルートを進むことになる。
「ジョーンズ公爵令嬢、どうぞお乗りください」
キルリル皇太子が私のために用意したゴンドラは、美しい花で飾りつけられていた。
腰を下ろした瞬間、華やかな花の香りに包まれる。
さらに船頭以外にもベージュのスーツ姿の男性が乗船したと思ったら……。
ゴンドラがスタートすると同時に、その男性はバイオリンを取り出し、明るく軽快な音楽を奏で始めたのだ!
「ジョーンズ公爵令嬢、右手をご覧ください」
そう言われ、視線を右に向けると、そこにはキルリル皇太子の近衛騎士と侍女がいるが……。二人はバイオリンの演奏に合わせるように、ダンスを始める。笑顔の二人はまるで恋人同士のように見え、とてもいい雰囲気。
思わず見惚れていると、シャボン玉が飛んでくる。
前方の橋の上から、キルリル皇太子の従者たちがシャボン玉をこちらへ飛ばしていたのだ。
「わあ、すごいです……!」
橋をくぐると今度はフラワーシャワーの演出。
水路の両端から色とりどりの花びらが降ってくる。
そう思ったら次の橋の上には、さっきの近衛騎士と侍女の姿が見えるが、そのそばには夏にそぐわない黒のローブを羽織った怪しい男の姿が見えた。男が手に持っているステッキのような大きさの杖を向けると、侍女は気を失い。騎士がその体を支える。
「キルリル皇太子殿下、もしやこのゴンドラを進ませながら、演劇が楽しめる演出なのですか!?」
「ええ。そうなんです。お楽しみください」
すごい! こんな演出を考えるなんて!
さすがキルリル皇太子!
気付くと近衛騎士が馬に乗り、何かを探し求めている。
何を探しているのかと思ったら……。
次の橋の上で手にしているのは、青いグラジオラス!
そのグラジオラスを手に近衛騎士は再び馬に乗り、駆け出す。そこへ現れたのは、あの杖を持った怪しい男だ。騎士はグラジオラスを剣に見立て、男の杖と戦う。
幾度かの戦闘を得て、ついに男が倒れた。
そして次に現れた橋には、あの侍女が騎士を待っている。
彼女の元へ向け、馬を疾走させる騎士。あっという間に橋のそばに到着し、馬を飛び降り、橋の上へと駆けて行く。
二人は橋の上で再会し、ひしっと抱き合う。従者が花びらとシャボン玉で二人の勝利を祝っている。
「ブラボー!」と船頭が声を掛け、拍手する。
バイオリンを演奏する男性も口笛を吹き、キルリル皇太子と私も拍手だった。
「グラジオラスはその見た目から、Sword lilyと呼ばれていますよね。葉の形の鋭さが、まるで剣を思わせ、命名された名です。さらに青のグラジオラスは、人工的に生み出したものですが、他の色に比べ希少性が高い。珍しく、そして特定の花言葉を持たないことから、今回は『誠実な愛』と『勝利』の象徴として登場させました」
「面白かったです! ゴンドラの移動に合わせ、演技をされた騎士や侍女、謎の男もすごかったです。花びらやシャボン玉の演出もとっても素敵でした……!」
「では今回。私は勝利を得られるでしょうか」
キルリル皇太子が銀髪をサラリと揺らし、アイスブルーの瞳を煌めかせた。
お読みいただき、ありがとうございます!
勝負の行方はいかに!?
続きは明日のお昼頃公開予定です~