夏の離宮(1)
王都の郊外にある夏の離宮。
そこは別名「水の離宮」でもある。
そのゆえん、それは母屋となる建物、離れ、厩舎や菜園、使用人専用の建物などが、水路でつながっているのだ。勿論、橋もかかっているので、陸路でも移動できる。だが王侯貴族に求めるられるのは、時間に急かされないゆったりとした言動。陸路を忙しく移動するのは使用人たちで、主である王族は、水路をゴンドラで優雅に移動が良し……とされている。
ということで王都から馬車で五時間程移動し、夏の離宮へやって来た。
敷地の正門を入ると、早速ゴンドラ乗り場へ向かう。ここからは馬車を降り、ゴンドラで母屋へと移動するのだ。
「リナ。気を付けて。もしもの時は僕が助ける」
レイモンドのエスコートでゴンドラへ乗り込む。
ゴンドラは四人乗りであるが、ここはぎゅうぎゅうで移動などしない。
レイモンドと私。アンジェリーナ王女とマーク。国王陛下夫妻。そしてキルリル皇太子は一人でゴンドラを独占で、母屋を目指す。
ゴンドラを漕ぐ船頭は、「ようこそ、王太子殿下、ジョーンズ公爵令嬢」と深々と一礼。そしてゆっくりゴンドラを移動させる。
「ご覧ください。左手に見えるのは、ヒマワリ畑です。皆さまが夏の終わりにいらっしゃると聞き、庭師は今が見頃になるよう、調整をしました。本来はもう少し早くに満開ですが、今がまさに見頃です!」
船頭の説明に眺めるヒマワリ畑は圧巻!
「これだけヒマワリ畑があれば、たくさんのおつまみやおやつにできますね。種の皮を剥き、軽くローストして塩を振りかける。病みつきになります!」
私が嬉しくなってそう言うと、船頭とレイモンドが驚きの顔をしている。そこで「しまった!」と思うが、遅かった。
「ヒマワリの種を食べる……その発想はありませんでした」と船頭が目を大きく見開く。「でもローストして塩を振りかける……。ローストナッツと同じ感覚なのかな。食べて見たくなるな」とレイモンド。
「あ、あの……間違えました。ヒマワリの種と言えば、家畜の餌ですよね!」
「「家畜の餌!?」」
さらに墓穴を掘った気がする。
確認するとヒマワリは鑑賞するもので、種を家畜の餌にすることもなければ、人間が食べることはないという。
前世ではミックスナッツに混じっていたり、サラダにトッピングされていたから、てっきりこの世界でも食べているのかと思ったら……。
でもよくよく考えると、これまでにヒマワリの種が食事に登場したことはない。でもそれは大量のヒマワリ畑が宮殿にも王宮にもなかったから……というわけではなかったのね。
当然だが、ヒマワリ油もない。おそらくヒマワリの種から油を抽出する技術がないようだ。
よかった、ヒマワリ油のことを話題に出さないで。
「ヒマワリもそうですが、右手をご覧ください。アスターの花が満開です」
話題がアスターの花に移ったことに安堵する。
うっかり前世での当たり前を口にするのは……危険だ!
とにもかくにも母屋に到着。各自部屋に向かい、ティータイムまでは自由時間になる。
そうなると令嬢はここで、ドレスをティータイムに合わせ、着替えだ。ティータイムはあるが、基本的に夕食までは、寛ぎの時間となる。そこでペールブルーのハイウェストのティーガウンに着替えることになった。補正下着なしの、ゆったりとしたモスリンで仕立てのものだ。
ティー“ガウン”とつくが、室内着であり、ドレスである。でもデイドレスより、ゆったりとして動きやすく、貴族にとってのリラックスウェアであった。
軽くお化粧直しもして、アップにしていた髪も下ろしたところで、部屋にアンジェリーナ王女がやって来た。
「お義姉様、お兄様とキルリル皇太子殿下がサンルームに来て欲しいそうよ」
「えっ、そうなの? どうしたのかしら?」
「分からないけど、とにかく行ってみましょう」
シャーベットピンクのティーガウンに着替えたアンジェリーナ王女と一緒にサンルームに向かうと……。
白シャツに空色のズボンのレイモンド。
アイスブルーのシャツに濃紺のズボンのキルリル皇太子。そしてベージュのシャツに深緑色のズボンのマークに加え、近衛騎士が手に籠を持ち、私達を待ち受けていた。
「お兄様、キルリル皇太子殿下、どうされましたか? マークも揃って、何事かしら?」
アンジェリーナ王女が尋ねると、レイモンドがアクア色の瞳を輝かせる。
「二人が着替えている間に、キルリル皇太子殿下と勝負をしたんだ」
てっきりあの剣術で勝負がついたと思ったのに、まだ、続いていたの!?と驚く。そして一体何の勝負をと思ったら……。
「ではまず、キルリル皇太子殿下からどうぞ」
レイモンドの言葉にキルリル皇太子は「放ってください」と自身の近衛騎士に命じる。すると……。
近衛騎士が手にしていた籠を開けると、夕陽を思わせる鮮やかなオレンジ色、夜の帷を思わせる黒、白と黒の目立つ斑点。一斉に籠から飛び出したのは、アカタテハ!
「まぁ、まるでひと足先に秋がやって来たようね! 紅葉が舞うみたいで、綺麗……!」
アンジェリーナ王女が感嘆の声をあげ、私もこくこく頷き、同意を示す。
サンルームの窓は開け放たれていたので、アカタテハはそこから青空へと飛んでいく。
「次は僕だよ。みんな、頼んだよ」
レイモンドの声に、マークを含めた近衛騎士が、籠を開けると……。
もぎたてのオレンジのような鮮やかな色の翅には、四つの孔雀の目! 二つのルビーと二つのサファイアのような模様が、宙で煌めく。
「すごいわ! クジャクチョウよ、お義姉様! まるで宝石が空を舞っているみたい。とっても美しいわ!」
アンジェリーナ王女が先ほど以上に興奮しているが、それは私も同じ。クジャクチョウは装飾品のモチーフになるぐらい、貴族にも愛されているチョウだった。
「さて。どうかな、この勝負?」
レイモンドに尋ねられたが、正直なところ、甲乙つけ難い。なぜなら数は圧倒的にキルリル皇太子だった。でも美しさはやはりクジャクチョウ。
そうなると……。
「この勝負、どちらも素晴らしく、勝敗がつかないわ。ごめんなさい。引き分けで!」
アンジェリーナ王女は同意を示し、マークはレイモンドが勝てなくて残念がり、でもキルリル皇太子とレイモンドは顔を見合わせ「お互い頑張った」という笑顔になった。
お読みいただき、ありがとうございます!
ヒロイン登場前の懐かしい夏のあの頃に、番外編でタイムトリップ~
次話は明日の夕方公開を目指し入稿を進めます!
ブックマーク登録してぜひお待ちくださいませ☆彡
連載中の“ラーメン屋台悪役令嬢”でも、公開したらお知らせします!