終わり
ヒロインに攻略される王太子として、レイモンドはこの世界に存在していたはずだった。でも私が不意にもらした寝言から、ソフィーを警戒し、私を守るために奔走してくれていた。
幼い頃から、今に至るまでずっと。
レイモンドは言葉通り、私のナイトとしてずっと。
ずっと、ずっと。
私を守り続けてくれたのだ。
イレギュラーな事態が起きる度に、私は喜んでいた。しかしそれはレイモンドが幼い頃から、私を守ろうとする行動がきっかけで、起きていたのかもしれなかった。
その結果。
沢山の変化がこの世界に起きた。
そして何も知らずにこの世界に転移したヒロインであるソフィーは……アンラッキーだったかもしれない。だからと言って、彼女が犯した罪。それは許されるものではない。私に濡れ衣を着せ、断罪しようとしたことだけではない。放火はこの世界では大罪である。死者は出ていないが、マークのように大怪我を負った人間は、一人や二人ではないのだ。しかも自分の手を汚さず、他人に放火をさせるなんて……。
今はノースタワーに収監されているヒロイン。本来であれば、この世界の主人公なのだ。収監されるなど、許されるはずがなかった。
ただソフィーは、あまりにもヒロイン像からかけ離れた行動をとってしまったと思う。もはやこの世界でも、彼女をヒロインとは認められない……となったのではないか。
この世界では違うが、別のルートでは攻略対象の一人であるマークが大怪我を負ったこと。脇役であろうがアンジェリーナ王女が火災により死にかけたこと。それはシナリオにはない展開。逸脱した事態をヒロインが起こしてしまったのだ。
もはやこの世界、ヒロインをヒロインと認められなくなった。
それでもヒロインは生きている。
だからこの世界が消えることはないだろう。
同時に。
この世界で生きるみんなは、自由になったと思う。
もうヒロインのために誰かが犠牲になる必要はない。シナリオの強制力も見えざる抑止の力もなくなった。当然だが、ヒロインのラッキー設定も消えただろう。
アンジェリーナ王女とマークは幸せになれる。
そして私もレイモンドと幸せになれると思うのだ!
そんな事実を噛み締め、目覚めてすぐ、ニューイヤーを迎え、慌ただしく日々が流れた。そして──。
「ジョーンズ公爵令嬢が王宮へ戻ってしまうのは……とても残念です。ですが一年後に、レイモンド王太子殿下と挙式される。そんな君を引き留めることはできないですね」
「キルリル皇太子殿下。本当にお世話になりました。火災以降、安心して生活できたのは、皇太子殿下のおかげです」
「そう言われると嬉しいような……心苦しいような。私としては君が屋敷にいてくれることが、嬉しかったのですから……」
私が王宮へ戻ることが決まり、キルリル皇太子にはお茶をしながら、その報告を直接行った。事前に王家から正式にその旨を記した書状は届けられている。特別な心づけと共に。でもこの件は私からも直接伝えた方がいいと思い、話すことにしたのだ。
「しかしすべての黒幕があのソフィー嬢と分かった時は、驚きました。……私は完全に騙されていたと思います」
自身の瞳と同じ、アイスブルーのセットアップ姿のキルリル皇太子は、深々とため息をもらす。
「それはキルリル皇太子殿下だけではありませんから。クラスメイト全員が騙されていたようなものです。仕方ないかと」
ラベンダー色のドレスを着た私は、ティーカップをソーサーに戻しながら、キルリル皇太子を励ます。
「でもレイモンド王太子殿下は、見抜いていたのですよね」
それは私の寝言のせいなのだけど……。
「レイは勘が鋭いので……。それに彼女はレイのことを狙い、私を貶めようとしていたので、なおのこと敏感だったのだと思います」
「つまりはレイモンド王太子殿下の純愛が、ジョーンズ公爵令嬢を守った……ということですね」
そんな風に言われると照れ臭いが、でもその通りだと思う。
私はレイモンドが心変わりしてしまった。
ヒロインに攻略されてしまった――そう思ったが。
全部、違っていた。
レイモンドはヒロインに全身を絡めとられながらも、必死に抗い、私を愛し、守ろうとしてくれたのだ。シナリオの強制力にも抑止の力にも。ヒロインのラッキー設定にさえ、レイモンドは孤高の戦いを通じ、打ち勝っていたのだ。
私だけのナイトとして。
約束を守り、その純愛を貫いてくれた――。
レイモンドを思うと、自然と口元がほころぶ。
私が照れていると、ペパーミントティーを一口飲んだキルリル皇太子が、深々と呼吸をした。
「……私はレイモンド王太子殿下と違い、邪念が強過ぎたのかもしれません」
「!?」
突然の言葉に「何事?」と私はピスタチオのマカロンを持った手を止めてしまう。
「あのソフィー嬢から『私、レイモンド王太子殿下に運命を感じました。きっと王太子殿下は、ジョーンズ公爵令嬢と婚約破棄をして、私を選んでくれる気がします!』と言うのを聞いた時。強く否定するべきでした。でもどこかでそうなったらいいな……と思ってしまったのです」
「キルリル皇太子殿下……」
「だから彼女がレイモンド王太子殿下と仲良くなる手助けを……してしまいました。お茶会の開催を求めたり、昼食を共にすることを提案したり……」
これには「なるほど、なるほど」だった。
キルリル皇太子がソフィーと仲良くしていたのは、理由があったのね、と。
理由。
うん、理由!?
え、その理由って!?
「もうお分かりですよね。私は……ジョーンズ公爵令嬢が好きです。もう手の届かない女性になると分かっていても。私の心に君は、しっかり住み着いてしまっている……」
「え、え、え……っ!」
「どんなに君を想っても、この気持ちが報われることはありません。そして私は皇太子という身分から、いずれ伴侶を選ぶことになるでしょう。その時まではこの甘美な気持ちを胸にしまい、生きて行こうと思っています」
その美貌で秀麗な笑顔を浮かべるキルリル皇太子は……普通に拝みたくなってしまう。
そんな彼からまさかの告白。好意を寄せてくれている……とはレイモンドからも指摘されたが、まさか告白するなんて。
驚いてしまうが……。
「キルリル皇太子殿下。レイモンド王太子殿下がおいでになりました。……少し早く着いてしまい、申し訳ないのですが、ということですが」
「申し訳ないなんてこと、あるわけがない。お通ししてください、こちらへ。ジョーンズ公爵令嬢の荷物は従者たちが運び出すでしょう」
「承知いたしました。皇太子殿下」
ヘッドバトラーが恭しく頭を下げ、去っていく。
「私のことは気にせず。ジョーンズ公爵令嬢は、大変な経験をした分、幸せになってください。……そしてもしも困ることがあったら、いつでも頼ってください。紳士的に君の味方になりますから」
「あ、ありがとうございます!」
「くれぐれも劇毒を飲むなんてこと、二度としないでくださいね。あの時は肝を冷やしましたから」
「そ、そうですよね。大変申し訳ありませんでした」
平謝りをしたところで「リナ!」という大好きな声が聞こえる。
振り返るとそこには、輝くブロンド、そのサラサラの前髪の下には形のいい眉、そして長いまつ毛。そして私を見つめる澄み切った碧い瞳。透明感のある肌に、血色のいい頬。通った鼻筋の下の、ほんのり桜色の唇。そしてその口元に浮かぶえくぼ。
アクア色のスーツを着たレイモンドが、こちらへ駆け寄る。
「リナ。帰ろう、僕達の家へ」
レイモンドが太陽のような笑顔と共に、私の手を取った。
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実は本作、物語の進行を優先し、夏の離宮の話を一行で終わらせていますが。
離宮でもちょっとしたエピソードがありまして。
本編完結ですが、番外編として公開したいなーと思っています。
入稿出来次第公開しますので、よろしければブックマーク登録してお待ちくださいませ☆彡
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