ずっと
レイモンドと二人、ぽすっとベッドに横たわることになった。
これには心臓がドキドキしてしまうが、レイモンドはプライベートガーデンでいつもそうしていたように。私のことを腕枕すると、その状態で落ち着いた。
「こうやってプライベートガーデンでは僕が腕枕をすると、リナはたまにそのまま昼寝をしてしまうことがあった。そうではなくてもプライベートガーデンで幼い頃のリナを見つけると、子猫のようにすやすや寝ている。……でも一番は、ボトルシップ作りで最後の最後に失敗して、大泣きした時かな」
レイモンドは何の話をしているのかしら?と真剣に聞くことになる。
「泣き疲れて眠てしまったリナは寝言を口にしたんだ」
「寝言、ですか?」
「そう。小さな声だったから、リナの父君は聞いていないと思う。でも僕は気になり、リナの口元に耳を近づけ、何を言っているのか確認した。繰り返し同じ言葉を口にしていたんだ。『お願い。殺さないで、ソフィー』『レイモンドはあなたに譲るわ。だから殺さないで』って」
レイモンドに聞かされた幼い私の寝言。
それは……衝撃を通り越し、気絶しそうだった。
「最初、その寝言を聞いた時は、心底驚いたよ。王族である僕やアンジェリーナならまだ理解できる。でもリナは公爵家の令嬢。暗殺とは無縁だと思ったし、まさか『殺さないで』なんて懇願するなんて……。ただ、リナは聡明だったから、大人が読むミステリーやサスペンスの本を読んで、それで悪夢でも見たのかと思った。ボトルシップ作りで失敗し、ショックが大きくて怖い夢を見てしまったのかと」
それでも自身をソフィーなる女性に譲ると言っていることに、レイモンドは違和感を覚えたという。さらに……。
「もしその寝言が一度だったら、僕も印象には残るだろうけど、忘れる……さすがに忘れないけど、よほど怖い夢を見たのだろうで落ち着いていたと思うんだ。でもリナは……。昼寝をしているリナを見つけ、近づくと、かなりの確率でその寝言を口にする。『お願い。殺さないで、ソフィー』『レイモンドはあなたに譲るわ。だから殺さないで』って。何度も聞いた。何度も、何度もね。次第に僕はソフィーとは何者なのか。国中のソフィーという名前の令嬢を調べ、一体リナに何をするのか。調べることになった」
だが調べる限り、ソフィーという女性と私の接点は見つからない。
中には犯罪者として指名手配されているソフィーという女性もいた。そんな女性は捜査を重点的に行うよう、王都警備隊に依頼。逮捕されたそのソフィーという名の女性に、公爵令嬢への犯行計画を確認するが、誰もそんなことを考えていなかった。それにそのまま刑務所へ収監となるのだから、私に手出しはできない。
それでも私の寝言は続いている。
レイモンドは何度か私に、一体どんな悪夢を見てあの寝言を言っているのか。問おうとも思った。だがその前に。私の寝言であることを伏せ、またその内容はプライバシーに配慮した上で、マークに相談したという。その時、マークはレイモンドにこんな風にアドバイスした。
「夢を見ている時の人間は、無意識のはずです。無意識で見た夢について聞いても、答えられないことが多いと思います。殿下だってそうでしょう? こんな寝言を聞いたけれど、何か心当たりがある?と尋ねられ、明確に答える方が難しいように思えます。そもそも夢は見たはずなのに、その内容を目覚めると覚えていないことも多いかと。それに寝言は無意識で発したもので、誰かに聞かれたいものではないかもしれないですよね。聞かれていたことを恥ずかしいと感じるかもしれません。聞かなかったことにして欲しいと思う可能性もあるのでは? さらに寝言について聞かれることで、それまで意識していなかった事柄が気になるようになり、毎日を不安で過ごすことになるかもしれません。寝言は寝言。そっとしておくのが一番に思えますが」
マークのアドバイスは一理ある。さらに前世では寝言に答えると、寝言を口にした人間の寿命が縮むという迷信があるが、この世界では寝言を他人に聞かれると、その寝言が現実になってしまうというジンクスが存在していた。レイモンドは王太子教育を受けているし、そんな迷信を妄信するわけではない。それでも私の寝言は、内容が内容なだけに、そのジンクスも気にはなってしまう。
最終的にマークのアドバイスも踏まえ、私に直接尋ね、余計な不安をあおることは止め、自身が動くことにした。つまりレイモンドは、ソフィーという名の令嬢が私に近づくことを阻止するようになった。転ばぬ先の杖、予防線を張る、というわけだ。
お茶会のリストにその名があればはじく。どこか出かける先でその名の女性がいれば、退出させる。水面下でレイモンドのソフィー対策は始まっていた。
「僕がそうやってソフィーという名の女性を排除していたからか。リナの周囲には使用人を含め、ソフィーと名のつく女性は一人もいない。これなら大丈夫だろうと……僕も気が緩んでいたのかな」
それは違うと思う。
ヒロインであるソフィーは突然、ここではない世界から転移してきたのだ。そして滑り込みセーフのような形で王立アルデバラン学園への入学が決まる。
レイモンドのことだから、当然、王立アルデバラン学園の生徒の名前は確認しているはず。そしてその確認は早い段階で行ったことだろう。
つまりその時点でレイモンドが確認した在校生のリスト、新入生のリストに、ヒロインであるソフィーの名はなかった。
「まさかソフィーという名の令嬢が学園へ入学するのを許してしまうなんて。しかもクラスメイトだ。退学にさせたいと思ったけど……いろいろ手を回そうとすると、邪魔が入るんだ。不思議と」
それはまさにヒロインのラッキー設定のせいだろう。さすがに入学早々で退学は、ゲームとしてあり得ないから……。
「もしかしたらリナを手に掛けるかもしれない令嬢。そう思うと警戒はするよね。でもまさか魔女だったとは……。リナの悪夢、それは僕と婚約してから見るようになったの?」
「そ、そうね……。どうなのかしら? そもそもレイとの婚約は、お母様のお腹にいる時に決まっていたので……。その時から見ているのかと言われると……」
「ごめん。そうだったね。僕とリナは、お互いが生まれる前から結ばれる運命だった。そこに割って入ろうとするなんて……。あの魔女は随分と間抜けだと思う」
レイモンドはそう言うと、私の頬を両手で優しく包み、額へキスをする。額に触れるレイモンドの温かい唇に、彼の愛情を感じ、胸がキュンとしてしまう。
「悪夢については……物心ついた頃から、何か怖い夢を見ている自覚はあったわ。まさか寝言を口にしているとは思っていなかったけれど……。そして夢は、覚えていないわ。マークが言っていた通りで、目覚める寸前までは覚えていると思うのだけど、目が覚めると忘れてしまって……」
ソフィーが自身を魔女の末裔と言い、呪いだとしているのだ。ここで今更、乙女ゲームのことや、私が転生者であること、そんな話をしたら、ややこしくなるだけ。ここは悪夢は覚えていないで収めようと思った。
「目が覚めると夢の内容を忘れている――それは分かるな。僕もそういう体験、何度もしているから。そうか。悪夢の内容を覚えていない。でもそれで良かったと思う。あのソフィーに何度も命を奪われそうになる夢なんて……覚えている価値なんてない。忘れて正解だと思うよ」
そこでレイモンドが自身の鼻を、私の鼻に摺り寄せるので、胸のドキドキが止まらない。
「僕は勝手に、一年後に式を挙げようと宣言してしまった。そのこと、許してくれる?」
実に甘い声で、この距離感で囁かれ、「ノー」と言える令嬢がいるのかしら?
少なくとも私には無理だった。
それに私はレイモンドが大好きなのだ。
その彼と結ばれることに異論などあるはずがない!
「うん。いいわ。一年後。レイと式を挙げる……」
「良かった……! あと、その生涯を僕の側で生きることを命じるって、僕は言ってしまったけれど……」
「当然でしょう。私はレイの王妃になるのよ。ずっと側にいるわ」
「リナ」と喜びの声で私の名を呼ぶと、レイモンドの唇が、ゆっくり私の唇へ重なった。
お読みいただきありがとうございます!
ようやくレイの胸の内を明かすことができました~
「僕を信じて、リナ。僕は君のナイトでありたいと思う。この気持ちは絶対に変わらないから」
彼が何度も発信していたこの言葉を念頭に、本作を最初から読み直すと、「ああ、この時、レイはもしかしたらこんな気持ちでこの行動をしていたのでは!?」と再確認でき、彼の深い愛情を感じられると思いますヾ(≧▽≦)ノ
次話は明日の12時頃公開予定です~
ブックマーク登録してぜひお待ちくださいませ☆彡