複雑
「つまりソフィー嬢が、メアリー子爵令嬢に王宮への放火を頼んだ。そしてメアリー子爵令嬢は、自身の姉に相談し、姉は婚約予定の騎士であるセシル・ルーベル・グラフに、放火を依頼したのね」
「その通り。リプリー子爵令嬢と姉の関係もまた、複雑というか……。姉がなぜ、妹であるリプリー子爵令嬢のとんでもない頼みを聞いたのか。それは仲が良い姉妹だから、というわけではない」
なんだかさらなるドロドロの話が飛び出しそうで、私は覚悟することになる。もはやこの世界、昼ドラも真っ青な、愛憎の世界なのではと思えてしまう。
「リプリー子爵令嬢が男性より、女性を恋愛対象として見るようになったのには、理由がある。幼い頃、姉のステラ・リプリーは、使用人から悪戯を受けていた。それを庇った結果、姉は悪戯から解放される。だが今度はリプリー子爵令嬢が……。その件があったから、姉は妹に頭が上がらない。そこで王宮を放火するという恐ろしい妹の願いを、自身の婚約者の手を借り、実行してしまった」
高潔な精神を持つ騎士であったはずの、セシル・ルーベル・グラフが、放火という大罪に手を染めたのは、自身が伯爵家の次男であり、ステラ・リプリーとなんとしても結婚し、子爵になりたかったからだ。
学園からの届け物を預かったという名目で、セシル・ルーベル・グラフは王宮へやって来た。実際、その手には学園の校章のついた書類を手にしている。そして彼は、自身に好意を寄せている王宮付きの使用人の女性に声を掛け、私の部屋に向かった。
私が留守なのをいいことに、セシル・ルーベル・グラフはその女性の使用人と部屋でいちゃいちゃ。女性が服を整えている間に、部屋に火をつけたのだ。
そして放火現場に戻ったのは、実に情けない理由。
女性の使用人とイチャイチャした際、邪魔だからと外したマントを部屋に置いて来てしまった。それは放火という慣れない行動をしたことで、注意力が散漫になった結果である。
さらに放火をしたのに、そのマントを取り戻そうと戻ったところも実にお粗末。どうせ火で燃えてしまうのに、そこに思い至らず、焦って戻ったと言うのだから……。
「……いろいろと驚いたわ。騎士道に背く行為もそうだけど、ソフィー嬢の周辺がそんなにもドロドロしていたなんて」
「貴族なんて表向きは美しく着飾っているけど、化けの皮を剥がしたら、こんなこと日常茶飯事……とまでは言わないけど、こういうことは珍しいわけではないかな」
確かに前世の貴族の歴史も紐解けば、西洋史の授業では教えないような、ドロドロが沢山ある。そういった設定まで、この乙女ゲームの世界には反映されていた……と思うしかない。
「結局、私を貶めようとしたのも、火災の黒幕も、全部ソフィー嬢だった、ということね」
「そういうこと。でもあの魔女は既にノースタワーに収監されている。火災の実行犯は、セシル・ルーベル・グラフで、彼も逮捕された。リプリー子爵家も、勿論罪を負うことになる。裁判にかけることは当然として、爵位も剥奪する」
そこでレイモンドは表情を引き締める。
「でも指示をした魔女こそが、諸悪の根源だからね。マークに大怪我を負わせ、アンジェリーナを悲しませ、何よりリナを苦しめた。僕やリナの両親や、王都民を混乱させたんだ。僕は魔女に極刑を求めるつもりだよ」
「で、でも、魔女なのでしょう!? 魔女の息の根を止めることはできない。だからインフェルノ・ルビーに封じたのよね、建国王は!?」
ここでもしヒロインが処刑になったら、この世界が消えてしまうのではないか。そんな不安からレイモンドに尋ねると、彼は「そうだね」と頷く。
「インフェルノ・ルビーに魔女が封じられたと言われている時代から、あまりにも時が流れた。インフェルノ・ルビーに魔女を封じる方法も、口承で伝承されているけど……。その内容は理解できない。よって命は取らないよ。でも何もできない状態にしてもらうつもりだ。それだけの罪を、あの魔女はしたわけだからね。僕の大切な者達に手を出したこと。許すつもりはない」
この後行われる裁判で、ソフィーがどれだけの罪に問われ、どんな刑に処されるのか。それを詳しく知りたいとは思わない。
ただ、前世で貴族が全盛だった時代に行われた様々な処罰を思えば……。それはまさに生き地獄になるはず。ソフィーは自身が行った選択、自己中心的に振る舞ったこと。そのすべてを本気で後悔することになるだろう。
それにしても、と思う。
そもそもソフィーの思惑通りに進まなかったのは、入学式の時に遡るのではないか。あの時、シナリオ通り、レイモンドと知り合っていたら……。
「レイはソフィー嬢と入学式で会った時、もしかして警戒していたの……?」
演じていたのかもしれないが、入学式のソフィーは、ゲームのヒロインそのままで天真爛漫だった。途中から本性が出たと思うが、最初はちゃんとヒロインだったと思う。
「警戒。していたよ、勿論」
「! そ、そうなの?」
「だって」と言いながら、レイモンドが私に体重を預けるので、そのまま二人してベッドにぽすっと横たわることになる。
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