歪な関係
命からがらでマークに助け出され、逃げ延びた際。
アンジェリーナ王女は怪しい人物を見かけてるのだ。
それは、どんな人物だったのか!?
「宮殿の警備に就いている騎士だ」
「宮殿の警備に就いている騎士……王宮の警備は、専任の騎士しかできないはず。警備兵も通常の宮殿の警備兵とは違うはずだわ!」
「その通り。本来、王宮で見かけるはずがないんだ。とはいえ、火事が起きている。火を消す手伝いのため、駆け付けた可能性も考えられる」
なるほど!
火災の最中は、まずは鎮火が最優先。そこで「君は宮殿の警備をする騎士だから、立ち入り禁止だ!」なんて言っている場合ではない。
そうなると不審な人物とは言えない気がしてしまうが……。
「鎮火や救命活動をしているのかと思ったら、その騎士は、どうも何かを確認しているようだったとアンジェリーナは言うんだ」
「確認……?」
「放火犯は火災現場に戻る――これにより逮捕されるケースが多いこと、リナは知っている?」
それは前世知識で知っていた。
放火犯の心理分析は進められており、いくつかの傾向が見てとれる。
まず炎というのは、ただそれだけで心理的に強い影響をもたらす。燃え盛る炎を見ることで得られる感情の刺激。現場に戻ればその刺激を再体験できる。さらに放火を自身の中で儀式的に捉える犯罪者は現場に戻り、自身の行為の成功を確認したくなるという。炎を前に、為す術のない人々を見て、自身の影響力の強さを噛み締める。自身の存在価値を、歪んだ形で認識するのだ。
このことをレイモンドに話すと「リナ……君は……それ、王太子妃教育で学んだの!?」と驚きを隠せない。これは前世知識を披露し過ぎたと焦るが、レイモンドは「やっぱりリナは勉強熱心だね」と感心し、話を続けた。
「放火犯が現場に戻る理由。リナの言った通りだと思う。勿論、それらの心理が複雑に絡まり合い、そういう行動をとらせるわけだけど……ともかく鎮火を手伝うわけではなく、ただウロウロしている宮殿の警備をする騎士の姿に、アンジェリーナは不信感を覚えた。そして放火犯が犯罪現場に戻る可能性を考えると……」
「その騎士が放火犯かもしれないということね?」
レイモンドは頷き、私を抱き寄せたまま、話を続ける。
「そこで僕は、あの火災があった日の宮殿の警備についていた騎士の情報を集めた。騎士だからね。簡単に情報は集まった。その情報を見る限り、放火犯になるような人物は……見当たらない」
「あまりにも勢いよく燃える炎を見て、何もできず呆然としたところを、偶然アンジェリーナ王女が目撃した可能性もあるわけね?」
「それも考えた。ただ……アンジェリーナは幼い頃から王族として育ち、勘はいい方なんだ」
これについては強く私も同意できる。
アンジェリーナ王女の勘の鋭さで、私は何度もドキッとさせられていたからだ。
「王族は暗殺の危険をいつも考えるし、周囲の状況、人を見る目を養う必要がある。アンジェリーナが自身の命も危うい状況で感知した違和感。それは意味があることと思え、僕はさらにリストにある騎士の個人情報を調べることにした」
それぞれの騎士の趣味や嗜好、交友関係、親族、婚約者など、ありとあらゆる情報を調べたという。
宮殿の警備に就く騎士の数は膨大。レイモンドがそれを一人ずつ調べたことには……脱帽するしかない。
「そこで一人の人物に、僕は目を留めることになった。その騎士の名は、セシル・ルーベル・グラフ。伯爵家の次男で、婚約者はいないが、婚約を進めている相手がいる。ステラ・リプリー。リプリー子爵家の長女だ。リプリー子爵に男児はいないから、婿養子になる」
「リプリー……ステラ・リプリーは、メアリー子爵令嬢のお姉様ということ?」
「その通り。そしてリプリー子爵令嬢はあの魔女と、とても仲がよかったよね」
これには何だか嫌な予感がしてしまう。
でもどこかでそれは違うと思いたい自分がいる。
だって。
さすがに。
乙女ゲームのヒロインなのだ。
いくら自己中心的な人物であっても、越えてはいけない一線があると思う。
人として、それは許されないこと。
「リプリー子爵令嬢とあの魔女が、なんであそこまで仲がいいのか。子爵令嬢に白状させた。そこには歪な関係があったんだ」
「歪な関係、ですか?」
「うん。リプリー子爵令嬢は、魔女のことが好きだった。女友達という関係以上で」
これには「!」と驚くが、その必要はない。
なぜなら『ハッピーエンドを君の手に』(通称“ハピエン”)は、BLや百合などの要素も盛り込まれた異色の乙女ゲームだったのだ。ソフィーとメアリー子爵令嬢が百合だったとしても……いや、ビックリですよ!
「リプリー子爵令嬢は、あの魔女から『私が王太子殿下の婚約者になり、王太子妃になったら、あなたのことを侍女にするわ。一生面倒を見てあげるし、一生愛してあげる。だから協力して欲しいの。王宮のジョーンズ公爵令嬢の部屋に火を放って。もしその火災で公爵令嬢が死んでくれれば、ラッキーよ。でも生きてても構わないわ。王宮には住めなくなると思うから、レイモンド王太子殿下と距離ができるでしょう?』と言われたそうだ」
ヒロインは、人として越えてはいけない一線を越えていた――それを知ることになった。
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