あの件の犯人は?
レイモンドは、はずれ修道士と呼ばれるロダンの元へ私が向かったことを知っていた。
日曜日に宮殿で会った私のことを、レイモンドは自身の近衛騎士に見守るよう、命じていたのだ。それは私の身を案じての行動。その一方で私は、レイモンドの関心が完全になくなったと思っていた。私をレイモンドが見守っているなんて、想像もしていない。キルリル皇太子が心配し、監視をつけることがあっても、レイモンドが動くとは思ってもいなかったのだ。
まさかレイモンドが!と思うものの。
もしもレイモンドが日曜日、動いていなかったら……。私は間違いなく劇毒を手に入れ、今、ここにはいなかった。そしてレイモンドが劇毒の代わりでロダンに用意させた、一時的な仮死状態を引き起こす薬。それは前世では『ロミオとジュリエット』でも使われている薬だ。
「綱渡りをしている気持ちだったよ。もし日曜日に宮殿へ来たリナの後を追わせていなかったら……僕の婚約破棄と断罪が成功しても、リナは……それを思うと……」
言葉を詰まらせたレイモンドは、再び泣きそうになっていた。それを見た私も胸がつまり、自然と腕を伸ばしている。
「リナ。君が生きていて本当に良かった。リナを救えたこと。リナが生きていること。主への感謝の気持ちで一杯だよ」
そう言いながら、レイモンドがぎゅっと私を抱きしめる。
「こうやってリナの体の温かさを感じると、本当に安心できる。仮死状態になった時のリナは……一瞬だけどとても冷たかったから……」
「レイ……」
仮死状態はすぐに終わり、その後の私は深い眠りにつく。まさかこんなに眠るとは思わず、レイモンドは心底心配になったようだ。それこそ、「このまま本当に目覚めないのでは!?」となり、レイモンドがロミオになった可能性もある。私ももっと早く目覚められたらよかったのだけど……。
レイモンドはロダンに全てを打ち明けたわけではない。呪いのことなど話せなかったので、歯切れの悪い部分もあったと思う。それでも最終的にレイモンドの求めにロダンは応じている。それはロダン自身も、出来れば私に生きて欲しいと願ってくれたからだと思う。ただ万一を考え、あえてすぐ目覚めないように、薬を調合してくれたのかもしれない。
そんな想像を巡らせていると、レイモンドは私を抱きしめたまま、話を再開した。
「婚約破棄と断罪を告げる前に、リナが薬を飲んでしまった。それは……想定外。それを劇毒と信じ、飲むとしたら、婚約破棄と断罪を告げられた後だと思っていた。まるで『ベネット男爵令嬢、レイ。二人の思い通りにはさせないわよ!』ってリナに言われているようで……驚いたけれど、聡明なリナらしい行動だと思った。でもそんな風に思えたのは一瞬のこと。僕は慌てて婚約破棄と断罪の言葉をあの場で言うことになったけど……僕が狂ったかとみんな、思っただろうね」
その場面を想像すると、シリアスなはずなのに。焦ってあの可愛らしい婚約破棄と断罪を口にするレイモンドが浮かび、思わず笑いそうになる。
それにしてもヒロインは、「婚約破棄をすればいいの。断罪は何でもいいわ。とにかく罪に問えばいいから!」と言ったことで、詰んだのではないか。自滅が決定的になった瞬間とも言える。レイモンドが渋る可能性を考え、罪に問えばなんでもいいと言ってしまったのだろうが……。レイモンドはあんな素敵な断罪を思いついてくれたのだ!
悪役令嬢にこんな糖度100%の断罪を言い渡した婚約者なんて、後にも先にもレイモンドだけね。
そう思うとやはり頬が緩んでしまう。
「リナ、笑いごとじゃない。でも呪いを解く条件はすべてクリアした。あの魔女にも問い詰めたら『あれで正解です、呪いは解けました!』と言ったから、大丈夫だよ」
呪い。
ある意味、悪役令嬢に与えられたこの世界の役割は、呪いだったのかもしれない。そしてそれは確かに解かれたと思う。
シナリオの進行通り、私は婚約破棄され、断罪され、そして僅かな時間ではあるが、呼吸も止まり心臓も止まっていたのだ。
そこで気が付く。
「レイ。呪いを解いてくれて、ありがとうございます。でも私を狙い、王宮に火を放った犯人は……」
「それも捕らえたよ」
「! そうなのね。犯人は誰だったの!? 目的は!?」
私を狙ったのではなく、“王太子の婚約者”を狙った可能性もあった。
王宮で暮らす王太子の婚約者が亡くなれば、未来の国王に負のイメージがつく。かつ王宮のセキュリティの脆弱性も明らかになる。さらにレイモンドが、政略結婚ではあるが、私を愛していたとなれば…….。婚約者の死により、未来の国王自身にも、深いダメージを与えることができるのだ。
アルデバラン王国と敵対する他国の暗殺者。アルデバラン王国内でクーデターを目論む、王家に反対する勢力の仕業。そんなことも視野に入れなければならない。
だがレイモンドは犯行動機について、こんな説明をする。
「他国の暗殺犯が動く可能性は限りなく低い。戦乱の世の中は遥か昔に終わっている。今はどの国も産業革命を進め、国力を上げることに注力しているんだ。他国と戦争して国力をすり減らすなんて……しないだろう。勿論、小国同士で小競り合いは続いている。でもこんな形で仕掛けて来ることはないと思う。何より、標的であるリナがいないのに、火を放つところがお粗末過ぎる。プロの暗殺者なら、確実に標的を始末するはずだ」
反対する勢力の仕業だとしても同じ。
結局、王宮で火災が起きたが、死者は出ていない。それでもマークのような怪我人は出ている。だがそれが国家転覆を狙うような、反対勢力の仕業かと言うと……中途半端過ぎるのだ。
「リナの暗殺、それは国家レベルで行われたことでなければ、反対勢力の仕業でもない。そうなると暗殺という考え方から離れ、怨恨の可能性も考えることになる。リナがもし部屋にいて、命を落とすことがあれば、それで良し。在室していなかったとしても、部屋が燃え落ちればそれでいい。そう考えていたのではないかと」
怨恨……。
貴族はただ貴族というだけで恨まれることもある。特権階級と見なされ、攻撃をされるわけだ。公爵令嬢ともなると、上級貴族の頂点に君臨するわけで、恨む人物はゼロとは言えない。
ただ、貴族を恨む場合、それはその爵位を持つ男性──当主や領主に向くと思うのだ。その子供、令嬢を標的にするなんて……。
そこで私は思い出す。
「アンジェリーナ王女は不審者を目撃しているのよね? それはどんな人物だったの……?」
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