ライバルに
キルリル皇太子の屋敷に、私を残した理由。表向きの理由は、私の部屋が全焼しており、かつ復旧作業中にまた火災が起きるかもしれないので、安全のための避難だった。たがそこには、もう一つの意図があったのではないか。レイモンドがソフィーの意に従い、私と距離を取ることを示すという理由だ。
ところがレイモンドは、それは違うと言う。
どういうことなのかなと思ったら……。ゆっくりカップをソーサーに戻したレイモンドは、ため息をつく。
「火災の原因を僕なりに検証したんだ。まずは王宮の建物や部屋の配置と構造を書き出し、燃え方が強かった場所を確認した。さらに当日の天気と風向きを確認したんだ。すると一致しなかった」
「え……」
これにはビックリして、紅茶を飲む手が止まる。
「もしプライベートガーデンが起点で火災が起きたら、当日の風向きで考えると、リナやアンジェリーナの部屋ではなく、父上や母上……国王陛下夫妻や僕の部屋が全焼するはずなんだ。でもそうではなかった」
レイモンドの碧眼がキリッとして宙を睨む。
「火災は、夕方の明かりをつけるために火を使った際の不始末ではない。リナとアンジェリーナの部屋から出火した可能性が高くなる。でもその時、アンジェリーナは在室していた。そしてリナは部屋にいなかった。アンジェリーナの部屋の暖炉、ランプなどはついていたが、そこから燃え広がったわけではない。それはアンジェリーナ自身が確認している。そうなると火元は、誰もいないはずのリナの部屋になる」
火災の原因。それはプライベートガーデンに集められた落ち葉に、夕方の明かりを灯す作業で、火の粉が散った結果かと思っていた。何ならゲームのシナリオの強制力が起こした悪夢とさえ思ったが。
火元が私の部屋だった。そしてその時間、私は部屋にいなかったが……。
「あの火災は、事故ではない。放火の可能性が考えられた。僕はいち早くそのことを父上に……国王陛下に報告したんだ。リナの命を狙う者がいる。しかもその者は王宮のリナの部屋まで踏み入ることができるんだ。とても危険だと感じた。犯人が特定されるまで、リナが王宮へ戻るのは回避した方がいいと判断することになった」
これにはもう盛大に心臓がドキッとしてしまう。
私は悪役令嬢であり、不幸を背負って誕生したも同然。それなのにその悪役令嬢の命を狙う者が、暗殺者がいたなんて! これはまさに泣きっ面に蜂ではないか。
「アンジェリーナも部屋から助け出される際、不審な人物を見ていたんだ。そのこともあり、二人を王宮へ戻すのは危険だと思った。リナは犯人から狙われている。アンジェリーナは目撃者として、犯人から狙われる可能性もあった」
「そうだったのね……」
そんな恐ろしいことになっていたなんて、まったく想像していなかった。
「マークの件があったから、アンジェリーナは宰相の屋敷でいい。王宮の次に、この国で厳重な警備体制が敷かれているのは、実は宰相の屋敷だ。何せ国のブレーンだからね、宰相は。そしてキルリル皇太子の屋敷であれば、防犯体制は王宮と同レベルだけど、全く違うものでもある。皇太子の屋敷を守るのは、帝国の騎士。もし犯人が、アルデバラン王国の人間なら、近づくことはできない。だからリナを……断腸の想いでキルリル皇太子に任せることになった」
そこでレイモンドはすっと手を伸ばし、私の手を握る。
「リナは否定していたけど、キルリル皇太子はリナのことをとても気に入っていた。本人からは何度となく、冗談交じりで『ジョーンズ公爵令嬢のような女性を、私も婚約者に迎えたい。彼女は私の理想の令嬢そのものです』って言われていたんだ」
「そ、そうなの!?」
レイモンドはコクリと頷き、さらに私の手を強く握る。
「キルリル皇太子は、初対面でリナと食の話で盛り上がっただろう? いろいろと意見が一致したから、リナに強い興味を持つようになった。以後、キルリル皇太子と僕は競っていた。あれはリナを巡るバトルの意味合いもあった。僕とキルリル皇太子の間では」
まさか悪役令嬢を巡り、攻略対象二人が対立していたなんて! 私が気づかなかっただけで、イレギュラーな事態はあちこちで起きていたのだ。
「そんな僕にとってのライバルに、リナを託すのは……不安だった。何せキルリル皇太子は僕と互角だ。それに男性から見ても、魅力があると思った。でも都合はいい。僕は魔女に負けるつもりはなかったけど、もしもがある。もしも魔女の呪いを解くのに失敗した時。リナのそばにキルリル皇太子がいてくれれば安心だ。たとえ僕が魔女の手に堕ちても、キルリル皇太子ならリナを守れるから……」
「レイ……」
「王家の秘密にも関わる。だからキルリル皇太子に全てを語ることはできなかった。それでも火災の火元がリナの部屋であり、リナの命を狙う者がいる可能性。リナを守るため、一旦僕が距離を置くことを、キルリル皇太子には話したんだ」
そこでレイモンドは、私の指に自身の指を絡めるようにして、手の平を合わせる。
「……キルリル皇太子は理解し、僕と約束してくれたんだ。『レイモンド王太子殿下が、ジョーンズ公爵令嬢のために命懸けで動いている時に、彼女の心を盗むようなことはしない』と。それは有言実行だったと思う。それでも……気にしていないふりをするのは辛いものだった。ポーカーフェイスに見えたかもしれない。でも常にリナを想い、キルリル皇太子といるリナを見て……とにかく苦しかった」
レイモンドが瞼を閉じ、唇を噛みしめる姿に胸が痛む。
「僕からリナに声を掛けたら止まらないと思った。それでもリナが僕と魔女の様子を見て、何度も泣きそうな顔をしたり、視線を逸らす姿を見て……。僕が魔女を呪いたいぐらいだった。でもまさか、あの時の会話を聞かれたとは……。聞いていたのだよね? だからはずれ修道士の所へ向かった」
「中庭で話していた、婚約破棄と断罪の件よね。はい。先に中庭にいたので聞いてしまったわ。ソフィー嬢とレイが来たと分かったので、思わず隠れてしまったの。そこで会話を聞くことになってしまい……」
「そうか。やっぱりそうだったんだね。あの時、リナは急に教室を出て行った。なんだか居ても立っても居られず、後を追ったけど、見失ってしまって……。冬空の冷え込む中庭になんて、いるわけがないと思いつつも、なぜか足がそちらへ向かっていた」
レイモンドでなければ中庭に向かうなんて、なかっただろう。ヒロインにがんじがらめにされながらも、抗うレイモンドの力が私へと導いてくれたのかもしれないが……。
ここでもゲームの抑止の力が働いたのかしら? 悪役令嬢が不貞の場を偶然見てしまう展開。これは悪役令嬢あるあるであり、見えざる力が悪役令嬢を追い詰めるために見せた……ようにも思える。
そんなことを思いながら、レイモンドに尋ねた。
「偶然、会話を聞いてしまったの。でも呪いを解くために婚約破棄と断罪が必要だったから、あの会話をすることになったのよね?」
「うん。そうだよ。でも実はそれだけではなかった。魔女曰く『私がちゃんと王太子殿下を好きって言わないとダメなんですよ~。呪いは複雑なんです。いくつもの条件をクリアしないと解けない。私に好きって言われたいなら、殿下、頑張ってください』と言われていた。そこで媚びたくもない魔女に、媚びるようにもなっていたんだ。あの頃の僕は、感情と行動がちぐはぐ過ぎて……どうにかなりそうだった」
ソフィーは無理矢理レイモンドのことを、シナリオに沿うように動かしていた。
レイモンドのことをソフィーは推しだと言っていたが、本当にそうなのだろうか?
既に過去のことなのに、レイモンドは今も苦悩の表情を浮かべている。推しがこんな顔をするのを見て、ソフィーは何とも思わなかったの……?
「レイとソフィーの様子を見て、私は苦しい気持ちになっていた。でもレイも……私と同じ気持ちだったのね」
「うん。本当に苦しかった」
そこでレイモンドは私の手を離し、椅子から立ち上がると、ぽすっとベッドに腰掛ける。
お読みいただきありがとうございます!
たとえ相手がライバルでも、リナを守れるならと断腸の想いで動いていたレイ。
彼の気持ちを踏まえ、『レイ……!』を読み返すのもおすすめ。
バックミュージックは勿論、あの曲!
次話は21時頃公開予定です~






















































