私のものになってください
とてももどかしい表情をするレイモンド。彼がそんなアドバイスをした理由は、よく分かる。彼のアドバイスは、乙女ゲームのセリフと被っていた。
レイモンドは私を助けたいと必死だった。でも乙女ゲームの世界の見えざる抑止の力が、無理矢理シナリオに沿った言葉を彼に言わせた。それでもゲームそのままのセリフでなかったのは、レイモンドが抗った証拠。
自身がヒロインに攻略される存在であるとは分からないのに、レイモンドはゲームの世界の強制力に、懸命に抗ってくれたのだ。
それを思うと、「あのアドバイスはひどかった」などとレイモンドを責めることが出来るだろうか? レイモンドはこの世界で、呪縛をかけられたようなもの。ゲームのシナリオが全力でヒロインと結ばれろと強制する中、そうすまいと踏み止まろうとしてくれた。
何も知らず、この世界に翻弄されたレイモンドを思うと、泣きそうになる。だが今は私の感情の発露より、いろいろな謎の答えが知りたい。
気持ちを切り替え、レイモンドの話に耳を傾ける。
「郊外学習でリナに何度か視線を逸らされ、リナが僕のアドバイスを不本意だと思っていることを確信した。これはやり方を変えた方がいいと思うようになった」
私が仔羊のクリーム煮を食べ始めると、レイモンドはフルーツナイフでリンゴの皮をむき始める。
手先は、ボトルシップを作るぐらいなのだ。器用だと思ったが、くるくるリンゴを回しながら、綺麗につながった状態で皮をむき、スライスしていく。
その様子に見惚れていると、仰天の一言がレイモンドからもたらされる。
「郊外学習で地下に落下した時。僕は記憶は失っていなかった。でもあの女と距離をとり、リナとの仲をリセットするために、記憶を失ったふりをすることにしたんだ。ごめんね、嘘をついて」
「そ、そうだったのね。驚いたわ。でも怒る気はしない。それに確かにその方法で、ソフィー嬢と距離をとることができたのだから」
「うん。でもそこであの女は焦ったようで、とんでもないことを言い出した」
「とんでもないこと……?」と言う私に、レイモンドは残っている仔羊のクリーム煮とブリオッシュを食べるよう勧めてくれる。つい、話に夢中になり、手が止まってしまうので、この声がけはありがたい。
私はパクパクと食べ進める。
「チャリティーバザーが終わって、売上金の確認を行うため、ティールームへ向かっただろう? リプリー子爵令嬢が席を外し、僕と二人きりになった時。あの女はこんな話を始めた」
レイモンドは綺麗にスライスしたリンゴを銀の皿に並べると、ナプキンで手を拭う。
「アルデバラン王家に伝わるこの話。リナも王太子妃教育で聞いたことがあるんじゃないかな。建国王と王妃の間には、美しい双子が誕生した。その双子は、王子と王女だった。国民は喜び、連日お祝いに駆けつけた。そこへ一人の魔女がやって来る。魔女は何百年と生きているが、建国王の前では美女に化けていた。だが建国王はその本来の姿を見抜き、警戒する」
私はレイモンドが用意してくれたリンゴを食べながら、話を聞く。
「魔女は美しいものを好む。美しい人間を宝石のように収集していた。そんな魔女が現れた理由。それはまだ赤ん坊の王子に目を付け、『将来、この子供をもらい受ける。私の伴侶にする』と申し出るためだった。魔女が自身の伴侶にするとさらった人間は、山ほどいる。魔女は目を付けた人間を手に入れるまでは、強く執着した。だが手に入ると途端に飽きてしまう。それでいてその人間が元の場所に戻ることを許さない。魔女の住処では夜な夜な家へ戻りたいと泣く声が響き渡ると言われていた。そんな魔女に、大切な世継ぎを与えるわけにいかない。そこで建国王は魔女と戦い、彼女を封じた」
「大聖堂の地下にあるインフェルノ・ルビーのことね」
「その通り。やっぱりリナも王太子妃教育で聞いていたんだね。あのルビーには魔女が封じられていると、伝承されている。二度と蘇らないよう、建国以来ずっと、あの大聖堂で王族が祈りを捧げているんだ。そして主に見守ってもらっている。この話は王家に代々伝わる話で、公にはされていない。なぜならあのルビーに目を付け、悪さをしようとする者が現れると困るからだ」
レイモンドは呼び鈴を鳴らし、部屋に入って来たメイドに紅茶を用意するよう告げた。そしてメイドが部屋を出ると、話を再開する。
「王族しか知らないこの話を、なぜかあの女は知っていた。その上で『私はあのルビーに封じられていた魔女の末裔です。かつて王子を望んだのに、捧げなかった罪を忘れていません。せっかく魔女の末裔と王子が出会えたのです。私を選んでください、レイモンド王太子殿下。今度こそ、私のものになってください』と言い出したんだ」
この乙女ゲームの世界は、剣と魔法の世界ではない。それでも前世で、例えばベオウルフが怪物を倒し、ジークフリートは竜殺しの英雄として知られ、源頼光は鬼退治をしたと伝承されているように。この世界でも、伝説上の存在を倒した人物が存在していた。アルデバラン王国では、それが建国王であり、彼が封じたとされるのが、魔女だった。
魔女が実在したのかどうかは分からない。それはドラゴンが、妖精が、神が、悪魔が、実在するのかどうか……そんな議論にも広がる話。本当に実在していたかは分からないが、存在していたと伝承されているのは、前世と同様で、この世界にもある。そう、それこそが王家で伝承されている魔女の話。そしてその魔女がどこにどう封じられているかは、機密事項。
そんな機密事項をソフィーが知っているのだから、レイモンドは大いに困惑することになる。
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