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迷い子

夢見が悪く緊張して、肩が強張っている。さらに、俯いていたからかうなじがやや痛む。眉を顰めて首を手で摩りながら、ゆっくりと目を開けた。


カラスが膝の上で大の字になって、いびきをかいて気持ちよさそうに寝ている。鼻提灯まで膨らませて…僕は、呆気にとられた。だいぶ、まぬ…個性的な寝相だ。なんだか、力が抜ける。


真っ黒なお腹を撫でると、手のひらに伝わる感触は厚手の手袋をつけたように鈍いが、しっとりとした羽毛の滑らかさを微かに感じとれた。今なら、左足に絡みついている針金を取れるかもしれない。


…あれ?金属ではあるけど針金ではないようだ。改めて、よく見ようと顔を近づけようとした。


その時、カラスが目をパチパチさせ体をモゾモゾとさせて飛び起き、翼を広げ伸びをする。僕の鼻に羽先が掠めて、くすぐったい。


「はっ、はっくしゅん」

「うわっ、なんダ。敵襲カ?!」

「ごめん。くしゃみした」

「…そうカ。俺様ハ、器が大きいからナ、気にしてなんかないゾ!!」

そう言いながらカラスが、ベンチの背もたれに羽を必死に擦り付けている。


「う…ごめん」


「ナンノコトダ。それよりも、早く出発しよウ。でないと、長老に会えないかもしれなイ。最近、祠へ籠られることが多くなったンダ。起きていても頻繁ニ、ウトウトして白目剥いてるワ、ブツブツ言うワ、いざ起こすと寝ぼけるわデ、面倒くさ…大変なんダ」


まだ、ベンチに羽を擦り付けながらも、どこか遠い目をして、カラスは言った。


「その長老…様?って、大丈夫なの」


「大丈夫ダ。見えていることガ、全てじゃねぇからナ」


「…そういえば、左足痛そうだよね?それ取ろうか?」


黒い足に、くい込んだ何かに僕は目を向ける。


「必要なイ。これは、自らへの戒めダ……さア、話は終わりダ!行くゾ!」


カラスは、それ以上話す気はないようだ。僕の肩へ移動して、落ち着かないように身じろぎをしている。


釈然としないが、追求して今のカラスとの関係を壊したくない。本当に、カラスには感謝してるんだ。話をしたり、そばにいてくれたりするおかげで、ひとりではないと安心することができる。もし、いなかったら、どうして良いのかわからず、路頭に迷い孤独感に押しつぶされていただろう。


「あの1番大きな山に向かって行こウ」


公園をでて、遠くに聳そびえる山を目印にしばらく歩く。家屋が少なくなっていき、空き地や草むらが多くなっていった。


気づくと風景がガラッと変わり、黄金色に輝く稲穂が一面に広がっていた。目指している山は依然としてあったが、後ろを振り返ると住宅街が見えるはずなのに、蜃気楼のように朧げではっきりしない。だいぶ、遠くまで歩いたようだ。


辺りを見渡していると、右斜め前方の離れた位置から、黒煙が空へ吸い込まれていっている。野焼きでもしているのだろうかと、目を凝らすと、麦わら帽子を被った案山子がみえた。


布で作られたのっぺらぼうの顔に、着古し薄汚れたシャツ、木の棒の両端には軍手が力なく垂れ下がり、風ではためき、まるで手招きをして僕を呼んでいるようだ。稲穂を揺らす風と共に、囁き声が聞こえる。


「&we”…&we"…utjiu_$……」


目が離せなくて、足が案山子に向かって1歩踏み出す。


突然、カラスが闇夜のような漆黒の羽を広げ、僕の視界を奪った。


「それ以上ハ、見るナ、聞くナ、おかしくなるゾ。寄り道せずに行くんダ」


「あっ…うん…」


それからは、無言で下を向いて歩いた。案山子の声を聞こえないフリをしながら、脇にある水路の音に耳を傾け、夕陽に照らされたあぜ道を進む。ようやっと声も聞こえなくなり、息を深く吐き出す。山の麓に着いた。


目線を上げると、緩やかな坂道の先に、簡素な石の門があった。門の上部には、しめ縄が蛇のように巻きついている。


門をくぐると、空気が変わった。夕陽に照らされたどこか人の残り香が漂う住宅街とは一線を博し、厳かで、何者も拒絶するような自然が目の前に立ちはだかっていた。


「本当に、この先に進まないとダメなの?」

「どうしタ?俺様と一緒だから心配ないゾ!」


仕方なく足を進める。人1人が、やっと通れるほどの細い道になり、立派な木々が所狭しと生えている。落ち葉が敷き詰められ、踏む度に乾いた葉や小枝が、音をたてて砕け散っていく。


道が、より険しくなっていき、疲れと不安で方向感覚が狂って、進んでいるはずなのにグルグルと同じところを回っているように感じる。ずいぶん長いこと歩いた気がした。そして、ついには、落ち葉が敷き詰められて行くべき道が途絶えてしまった。


「頑張ったナ、今は道半端ぐらいダ。俺様が先導しよウ」


「まだ、途中なんだ…」


木の根がでっぱっていて危なくて、転げそうになる。カラスは、ジャンプして上手く避けていた。木の幹に手をつくと、指先から抉られたような凹みを感じる。確認すると、何か鋭利なもので矢印が彫られているようだ。


矢印は右を指している。カラスも右に進んでいた。もしかして、奥へ進む道順が、示されているのだろうか。この矢印は、誰が何の目的で残したのだろうか。段々と、掘り方が荒くなって、矢印ではなくなってきている。疲労が溜まり、呼吸が乱れやすくなっている。汗で髪の毛が顔に張り付き不快だが、もう中腹まで進んでしまい、後戻りができない。このまま行くしかないだろう。歯を食いしばり、自身の足を叱咤しなんとか山道を進む。


道が二股に分かれていた。


「どっちに、進めば、良いの?」


息が整わなくて、途切れ途切れでしか話しかけられない。返事がないな。目線を下げると、カラスがどこにもいなかった。まずい、見失ってしまった!


「どこ、行った、の?カラス?」


呼んでも、出てこない。近くにいないのだろう。道を戻るべきか?進むべきか?どうしよう。


木々は鬱蒼と茂り、陽の光は葉で隠され、まばらにしか入っておらず薄暗く先が見えない。苔がむし、湿った土の匂いがする。少し離れた所の木になにやら印のようなものを見つけた。考えるよりも先に体が動く。


近づくにつれ、その先に光が差し込んでいることに気づいた。この先がきっと出口だろう。心が軽くなり、疲れなんて忘れて大股で駆け出す。もう少しで光に手が届くところで、足を踏み外した。


「えっ?」


少しの浮遊感の直後、斜面を滑り落ちる。人の手入れもされておらず水分を含んだ葉や土により踏ん張れない。このままでは、岩場や木にぶつかって大怪我をしてしまうかもしれない。最悪の場合、考えるだけでも背筋が凍る。来るだろう衝撃に備え目をつむり、身を守るように顔の前で手を交差し、足から落ちるように姿勢を直す。骨折や怪我は免れないだろうと、生命の危機を感じた。

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