プロローグ
雨が降っている。湿気を帯びた土の匂いが立ち込め、青空を水で薄めた墨で描いたような雲が隙間なく隠し、ところどころ濃淡が変化しながら流れている。まだまだ、止みそうにない。
土手沿いに咲いている桜が雨によって散っている。根本の水溜りの中を花びらが泳ぎ、枝から引き離された寂しさを紛らわせるように一カ所に寄り集まっていた。
僕は、河原の橋の下で黄色い傘を片手にたたんで持っている。足元には、タオルが敷き詰められたダンボールがあり、中には小さな黒猫が力なく横たわっていた。目に光はなく瞳の奥は開ききり、暗闇が広がっている。じっとりとした空気を含んだ生暖かい風を肌に感じ、気分が酷く落ち込む。
手元から、子猫の甘える声がして目線を戻す。僕が抱いている温度も重さもない黒猫の体の端から細く黒いモヤがたちのぼっている。子猫は、つぶらな黄色の目で、僕の気持ちを読み取るかのように、じっと見つめていた。
生まれたばかりで何も知らない様子の子猫に、僕の胸は締めつけられるほど悲しみが広がる。急に子猫のモヤが大きくなり、目がきらっと光り僕の右手首に爪を立て、ひっかいた。
驚いて、落としてしまう。子猫は、体を捻り上手く地面に着地をすると逃げていく。
ひとり残された僕は,ダンボールの中の存在に、気づいてやれなかったことへ後悔した。帰り道だったのに。また、助けられなかった。
雨が降り続き、今いる丸い大小の小石が敷き詰められた河川敷まで水位が迫ってきている。子猫を助けられなかった僕を責め立てるかのようにサイレンが鳴り響き、灰色の空に飲まれていった。
涙をこらえ、唇を噛み締める。傷はないのに酷く、ジクジクと痛んだ。