第38話 女子竜杖球を検討
新聞や見舞客からの情報で徐々に色々な事がわかってきた。
どうやら台北球団は今回の件の首謀者山田選手を解雇する事にしたらしい。さらに幕府球団も駒田選手を解雇する方向らしい。
吉村選手、川相選手はまだ処分保留。
協会はまだ処分を検討している最中だが、それなりに重い処分が下されるかもしれないという噂は立っている。
これまでも、こうした選手が大怪我をするという事故は度々発生している。海外でも選手が亡くなった事故はそれなりに件数がある。
その原因は大きく三つ。竜の怪我、竜杖での殴打、落竜。
竜同士を激しくぶつけ合う競技なので、その中で竜が怪我してしまう事はままある事である。
速く走っている竜の脚の骨が折れれば、上に乗っている選手は地面に叩きつけられる。手に竜杖を持っているため、それで大怪我する事もある。
こういうのは防護服を着て、防護帽をかぶって、肘宛て、膝宛てをしていても、防ぎきれない事故である。
竜杖という固い棒を振り回すのだから、それが人に当たる事も当然ある。
海外にはいつぞやの花弁学院の選手のように、事故を装って相手を殴るような道徳心の欠片も無いような選手もそれなりにいる。
竜杖球での反則行為は基準が決まっていて、竜と人に対して危険な行為は全て反則となる。
一番わかりやすいのは、進行方向に竜を位置取らせて進路を遮ってはならないというもの。
最悪の場合竜が前の竜を障害物と認識し、飛び越えようとしてどちらの竜も危険になる。当然乗っている選手も危険になる。
正面から突っ込んで来るのも当然反則。
その為、守備側は竜の斜め方向から寄っていく必要がある。
これが最も注意の黄札を出されやすい反則である。
次に多いのが竜杖が相手の竜を叩いた場合。
竜杖球での守備は、相手の竜を球の進行方向からずらすといういうのが最も多く行われている行為である。
それ以外に、相手が打ち出そうとしている竜杖に自分の竜杖を当てて妨害し、球を打たせないという行為も行われる。この際に、相手の竜や足を打ってしまう事がある。
その場合、竜は明らかに相手の竜から逃げる動きをするため、見てすぐに竜に当たったとわかる。
故意でなければ指導だけで済む事も多いのだが、注意の黄札が出る事も多い。
だが今回のようにいきなり警告の赤札が出されるというのは極めて稀。
球技の専門番組でも、何度かその時の映像が放送されているのだが、山田選手は明らかに荒木の竜の後ろ脚を砕くために竜杖を振っているのがわかる。さらに吉村選手は落竜した荒木に向かって竜の向きを変えているのがわかる。
彼らの行った行為は論外。
審判はそう判断して警告の赤札を山田、吉村の両選手に提示したと記者会見では述べている。そのせいで試合が壊れたとの指摘があるようだが、試合を壊したのは四選手の方であり、責められるべきは四選手の方である。
『竜杖球は合法的に殺人ができる場ではない』
審判はそう述べて、四選手を強く非難したのだそうだ。
どうにも病床で寝ているだけというのは退屈なものである。
骨折といっても、場所が場所だけにどうしても慎重にならないといけないというのが病院側の判断だった。くしゃみ一つが致命傷になりかねないのだとか。
そうなると、やる事といえば電視機をのんびり見る事くらい。
そんな退屈な日々の中、とんでもない報道が飛び込んで来た。
竜杖球職業球技協会が『女子竜杖球』の実施を検討しているというのだ。
この女子竜杖球は、今荒木たちが行っている竜杖球とは全く異なるものである。
『女子』竜杖球と言っているが、これは単に瑞穂では女子の竜杖球として流行らそうとしているというだけにすぎず、海外では普通に男性も行っている。
選手の人数は七人と変わらない。では何が違うのか?
実は使用する竜が違うのだ。
荒木たちの乗っている竜は呂級と呼ばれる四本脚の竜。女子竜杖球は止級と呼ばれる水中を泳ぐ竜である。
もちろん選手は水着着用。
当然球も水に浮くものを使用するし、竜杖も形状が全く違う。荒木たちのように固い丁字の竜杖ではなく、先が篭状になったものである。その篭に球を入れて、竜を泳がせて相手の篭まで運び、球を叩き込む。
水着の女性が竜に乗って競技をするというだけで、それ見たさの集客動員が見込めるというものであろう。
現在、高校の夏の大会でも女子の竜杖球をという要望はそれなりに多い。
奇しくも二四の職業球団のうち、近くに海が無いのは北国の旭川球団だけ。その旭川球団は留萌に会場を作る事を検討しているという事も記事になっている。
現在、どの球団もかなり好意的に受け止めているらしい。というのも、竜杖球は夏場の収益が非常に悪いのだ。
炎天下、暑い中で観客席に屋根があるだけの球場で、だだっ広い球技場にぽつんといる選手を眺め観る。
それなら家で冷房を効かせて、冷えた飲み物でも飲んで、中継映像を見る方が気が利いていると思われてしまっている。
以前から、その夏場に減ってしまう観客をどうやって引き留めるかという事が課題となっていた。
球場を改装して、観客席の天蓋に管を通して、そこにキンキンに冷えた冷水を噴霧して冷を取っているのだが、そもそも球場に来るまでが暑い。
しかも夏場に減った観客は涼しくなってもなかなか戻って来てはくれない。
どの球団もあの手この手で引き留めはするのだが、焼け石に水という感じで、根本的な対策が急務と職業戦の開幕当時からずっと言われ続けてきている。
その対策をやっと協会が打ち出したという事なのだろう。
連日竜杖球の放送局では海外で行われている止級の竜杖球の様子を流している。
……なんというか、発育のよろしいお姉さんたちが布面積の少ない際どい水着で球技をしている光景というのは実に煽情的である。
思わず鼻の下が伸びてしまう。
「へえ、涼しそうで良いわね。雅史たちも夏場はこれにすれば良いのに」
母親が映像を見ながらそんな事を言ってきた。
すでに父、姉、祖母は見付に帰っており、母だけが病室に残っている。どうやら苫小牧の民宿で寝泊まりしているらしい。
「やってる方は別に夏場でもそこまで暑くは無いからね。わざわざ夏だけあれをやるって事にはならないとは思うけど、でも面白そうだよね。一回やってみたい」
これなら踏まれて骨折する事も無いと言うと、その冗談は笑えないと母は機嫌を損ねてしまった。
何か果物を剥いてと母にお願いすると、母は仕方ないなとぶつくさ言って水密桃を篭盛りから取り出した。
よく見ると篭盛りが一つ無くなっている。
「ああ、襲鷹団って書いてある方の篭盛りは澪が持って行ったわよ。あのままじゃ食べずに腐っちゃってもったいないもの」
水密桃の皮を剥き、一口大に切ると、母は包丁を洗ってくると言って病室を出て行った。
水密桃を口に運び、強い甘さの中のほのかな酸味を味わっていると、竜杖球の一軍の練習風景が映し出された。
瑠璃紺色に水色の横縞の制服の意匠からすると苫小牧球団だろうか。
調整練習ではあるが、先鋒の選手が竜杖を巧みに操って篭に球を打ち込む姿が映し出された。
ふと以前の龍虎団の時の不思議な打ち込みを思い出す。
打った感覚がほとんど無い、にも関わらず球は通常よりも早く飛んで行き、さらに守衛の前でくっと落ちる。
あれが狙って打てるようになれば、間違いなく世界でも通用するはず。
「練習してみるか……」
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