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第33話 後半戦開始

 襲鷹しゅうよう団を相手にまさかの前半勝ち越し。


 中休憩では、まるでもう勝利したかのようにどの選手も高揚していた。

 それもそのはずで、今年に入ってから一度たりとも勝って中休憩を迎えた事などなかった。いや、今年どころかこんな状況はいったいいつ以来であろう。


 まだ後半が残っている。そんな事は全員わかっている。それでも浮かれずにはいられないのだ。

 それは選手だけでなく、どうやら監督の日野も同じらしい。


「後半は栗山に変えて笘篠で行く。荒木には後半も引き続き頑張ってもらう。次回は休みにするから、ここは全力で行け!」


 次回は相性の良い昇鯉しょうり団戦である。恐らく出番は無いであろう。

 荒木としても、ここは是非勝って名を揚げたい。


 『襲鷹団を粉砕した先鋒』

 その名声は二軍では得点王と同様の輝きを持っている。

 これまでそう新聞が称えた選手は、ほとんどが龍虎団の選手であった。

 今、荒木はその称号に片手を触れているのだ。


 中休憩を終えた選手たちが控室を出て競技場へと向かって行く。

 各選手、前半とは異なる竜に跨り競技場に竜を乗り入れる。

 荒木も同様に竜を交換し、笘篠と後半の戦術などを話しながら競技場を進んでいった。


 人が多い。

 観客席はまるで荒れた海原の水面のよう。

 これが『星雲軍団』と言われる幕府球団の人気なのかと思うと、なかなかに羨ましいものがある。


 これではどこに美香がいるかわからないではないか。

 そんな恨めしい目で荒木は観客席を眺め見た。


 奇跡というものはある。荒木はそう思わずにはいられなかった。

 その大観衆の中、まるで大海原で救助を待つ人かの如き状況の美香を荒木は発見したのだ。

 声は聞こえないが口は動いている。


 美香の方をじっと見つめ、荒木は竜杖を高く掲げた。



 後半、襲鷹団も一人選手を変えてきた。

 先鋒が水野選手から槇原まきはら選手に代わっている。

 見た目からして水野選手は今年の新人のようであったから、確実に勝ちを拾う為に得点王争いをしている槇原選手を投入したというところであろうか。


 全く士気は衰えていない。

 むしろ一点を勝ち越したくらいが何だという強い意志を敵軍からは感じる。


 槇原選手の打ち出しで後半戦が開始となった。


 槇原選手は球を駒田選手に渡すと、小川の位置まで上がって行った。

 球を受けた駒田選手は、攻撃参加をしようとまずは川相選手の前に打ち出した。

 その球を奪ってやろうと荒木が竜の向きを変えて突っ込む。

 何とか先に球を確保しようと川相選手が慌てて竜を走らせる。


 荒木と川相選手の竜が並走する。

 二頭の竜が激しくぶつかり合う。


 そこで審判の長い笛が鳴った。


 川相選手が振った竜杖が荒木の竜の後ろ脚をもろに叩いてしまったのだった。

 荒木の竜は堪らず嘶き、前脚を大きく上げて後脚で立ち上がった。


 全速で駆けた上で、勢いのついた状態でのそれである。

 荒木は空中を舞い、一回転して竜の前の地面に叩きつけられた。


 息が苦しい。

 目の前は真っ白。

 感覚が……


 かはっ!


 何か詰まっていたようなものが吐き出された感覚があり、そこからやっと息が吸えるようになった。

 真っ白だった景色が、徐々に色を帯びてくる。

 八月の空は、その熱気で少し薄い青が揺らいで見えた。


 まだ頭は少しくらくらしている。背中と腰が痛い。だが両手両足は何とか動かせそう。

 だがこういう場合、下手に動いてはいけない。救護班が来るのを待たねばならない。


 竜が心配そうに寄り添い、荒木の腕をひと舐めする。

 ざらついた感触と少しぬめっとした感触と生ぬるい体温が荒木の二の腕に当たる。

 あまり気持ちの良い感触ではない。しかも少し匂う。


「十番の選手、意識はありますか? 意識があったら体のどこでも良いので動かしてください」


 審判の声が近くで聞こえる。

 声がした方に視線を動かし、右の手の平をひらひらと動かす。


 少し遅れて救護班が駆けつけてきた。

 救護班の人が即興で色々な検査を行う。指を左右に動かして、これを見続けてくれと促し、それが終わると今から言うように言ってくれと意味の無い単語をいくつか発する。

 その後で手足が動くかどうか、感触があるかどうかを検査し、問題無さそうと判断したのだろう。上半身を起こし、背中に炎症を抑える薬を噴霧した。


「ちょっと腰が痛いですけど、やれそうです」


 そう言って荒木が立ち上がると、会場から拍手が沸き起こった。

 少し歩いてみてくれと救護班は言う。荒木が真っ直ぐ歩いたのを見て、救護班は安心して引き上げて行った。


 審判が川相選手に注意を発して黄色い札を掲げた。


「荒木くん、申し訳ない。ちょっと周りが見えて無かったよ」


 そう言って川相選手は荒木に頭を下げた。


 こういう場合、念のため竜は交換する事になっている。

 その際、別の選手が竜を引きながら、後ろに対象の選手を乗せて競技場を出る。

 今回は、それを笘篠が行ってくれた。


「どうする、荒木? 代わるか?」


 競技場を出るとすぐに日野が声をかけた。

 土で汚れた荒木の服を見て痛ましいという顔をする。


「ちとまだ腰が痛いですけど、まだやれますよ。ただ交代の準備だけはお願いします」


 日野は迷った。

 本来であれば当然大事を取って交代させるべきであろう。何せ本人が交代を用意してくれと言うのだから。


 だが、結局その判断は下せなかった。試合の経過を見てからでも遅くないと考えたのだった。


 荒木が竜の交換を終え、獅子団の攻撃から試合が再開となった。


 笘篠が打ち出した球を安部が受取り、攻め上がっていく。

 川相選手が守備に来たのだが、先ほどの件があり、なかなか積極的になれないらしく、その守備は中途半端なものになった。

 安部はかなりまで攻め込んで、荒木に向かって球を打ち出した。


 吉村選手と山田選手に挟まれながら、荒木が球に向かって竜を走らせる。

 先ほど落竜したとはとても思えない軽やかな動きである。

 最初に山田選手が引き剥がされ、次いで吉村選手が引き剥がされる。


 荒木が振り抜いた竜杖によって球は真っ直ぐ篭に向かって行く。

 篭の右上、入るか入らないかギリギリという、かなり際どい打球である。


 守衛の村田選手が反応して竜杖を伸ばす。

 だが、球は竜杖と篭のわずかな隙間を通って篭の中へと飛んで行った。


 三対一。


 観客席は立ち上がって大声援を送った。

 その多くは持っている応援商品からして襲鷹団の応援団であるはず。さらに言えば、その多くは幕府球団と網走球団の応援団のはず。

 そんな応援団たちが得点を入れた荒木に声援を送っている。


 荒木が竜杖を左右に振ると、観客席から大声援が飛んできた。

 それは大きな空気の振動。そしてほのかに温度を持った目に見えない何か。


 荒木の腕にぽつぽつと鳥肌が立つ。腰の痛みがすっと引いて行く。

 何とも言えない不思議な感覚であった。

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