第32話 強敵との対決
襲鷹団との一戦が始まろうとしている。
相手の先発は、守衛が村田、後衛が吉村、山田、中盤が川相、駒田、山内、先鋒は水野。
ぱっと見ただけで竜が違うというのがわかる。
二軍にまわって来る竜といっても、それなりに現役時代は良い成績だった竜である。ただそうは言っても、種牡竜になれなかった程度の竜が使われる一軍と比べれば、一段も二段も落ちる。
高校や乗竜施設よりはマシという程度の竜も多い。
だが、どう考えても襲鷹団の選手たちが乗る竜は立派に見える。
補欠席で見ている時は隣の芝生が青く見えるという現象だと思っていた。こうして目の前で見てしまうと、骨太で筋肉が張りつめており実に逞しく見える。
一回り大きい竜にすら感じる。
審判の試合開始の笛が鳴る。
荒木が栗山に向けて球を打ち出し、試合が開始となった。
栗山たちがゆっくりと攻め上がろうとしている中、荒木は一気に相手の後衛の位置まで竜を走らせる。
そこで荒木はとある事に気が付いた。
自分を守備しようとしている選手が四人もいる。
前の二人はわかる。後衛の二人である。
では後ろの二人は誰だ?
振り返ると、そこにいたのは川相選手と駒田選手であった。
通常、中盤の選手は二人から三人だが、その位置取りは監督によって異なる。
各守備の人数と同じくらい、中盤の守備位置には監督の個性が出る。
獅子団はかなり一般的で、守備的な選手を少しだけ下がった位置に置き、攻撃的な選手を左右に配置している。
龍虎団のように、守備的な選手を入れずに、二人を横並びで中央に配置している監督もいる。
他にも三人を横並びにする監督もいる。
以前の襲鷹団は、守備的な選手として原選手が君臨しており、左右に駒田選手と山内選手を配置していた。
今年に入って原選手が抜け、そこが川相選手になっても同じような戦術を取っていた。
ところが今回、川相選手と駒田選手を守備的な位置で二人横並びにし、山内選手を攻撃的な位置に配置している。
つまり、絶対の自信を持っている攻撃面を、水野選手、山内選手の二人に専念させ、あとは荒木封じに来たというところだろう。
だが、これはこれで獅子団に有利だと荒木は感じた。
敵の意識は明らかに中央に寄っている。恐らく左右では無く、堂々と中央突破をしてくるつもりなのだろう。
それならそれで安部と鴻野の二人を中心に攻撃を組み立ててもらえば良いだけである。
どうやら栗山もすぐにその事に気付いたらしい。安部と鴻野に球を振りながら三人で攻め上がってきている。
ある程度攻め込んだところで駒田選手が荒木の守備から抜けて鴻野の守備に向かった。
その動きに荒木は何か違和感のようなものを感じていた。だがその違和感の正体まではわからない。本能的な何かとしか言いようが無い。
「栗山! 気を付けろ!」
荒木はそう叫んだのだが、それを受けた栗山としても、そんなふんわりした注意喚起では意味がわからない。
戸惑いながら栗山は鴻野から球を受ける。
今まで同様に安部に球を送ろうとした時であった。先ほどまで鴻野を守備していた駒田選手が栗山に向かって全速力で向かってきたのだった。
栗山は慌てて安部に球を打ち出そうとした。
ところが、その球は思った以上に前に飛ばず、安部は中央に取りに行く事になった。
それを川相選手が全速力で奪いに行く。
安部の方が球にはやや近かったのだが、圧倒的に速度で負けている。
川相選手は奪った球を栗山の前にいる駒田選手に渡す。
栗山が守備をするのだが、駒田選手はそれをすぐに山内選手へ。
球を受けた山内選手は大きく前方へ打ち出した。
その球を水野選手と小川が追う。
残念ながら、みるみる小川が置いていかれる。
水野選手が一旦前に球を打ち出して、篭との距離を縮めてから、強烈な一撃を篭に叩き込んだ。
球を奪われてから点を決められるまで、あっという間であった。
最初から彼らはこれを狙っていたのだ。
栗山を陣地深くまで誘い込めれば、後は後衛二人しかいない。
同じ人数であれば、攻撃を止める事は困難と思われたのだ。
改めて実感する。
襲鷹団は強いのだという事を。
荒木は自陣に戻り、試合再開の前に栗山のところへ行った。
「真ん中の空間はお前の庭だろ。そこで好きにされてんじゃねえよ。攻撃なんぞは、俺の前にぽんって送ればそれで良いんだよ。雑でも何でも俺がやれる範囲でやるから。お前はお前のやれる事をやれよ」
栗山は無言で何度も頷いた。
荒木はもう一度振り返り、拳を握って栗山に見せた。
栗山も口元を歪めて、同じように拳を握って見せる。
再度荒木の打ち出しから試合再開となった。
やはりというか、先ほど同様、荒木の周囲には四人の選手が貼り付いている。
先ほど同様、栗山と鴻野、安部とで球を送って敵陣に攻め込んでいく。
ある程度攻め込ませたところで、鴻野の守備に駒田が向かう。
ここまでは先ほどまでと全く変わらない。
だが鴻野が後方を見ると、途中から栗山は侵攻の足を止めた。
ここから鴻野に戻すにはいささか遠すぎる。
鴻野は荒木をちらりと見ると、駒田が来る前に荒木の前に向かって大きく打ち込んだのだった。
敏感に反応し竜を走らせる荒木。
それを追う吉村選手と山田選手、さらに川相選手も追う。
まず山田選手が引き剥がされ、さらに吉村選手が引き剥がされる。
そこで荒木は球に追いつき、前方へ打ち出した。
少し竜の向きを変えたせいで、川相選手には追いつかれてしまった。
そこからは二騎並んで球を追いかけていく。
川相選手は巧みに竜を寄せて荒木の進路をずらそうとする。
だが、荒木は徐々に川相選手よりも前に出る。
球に追いついた時点で完全に川相選手を引き剥がしていた。
荒木が打った球は綺麗に相手の篭へと吸い込まれて行ったのだった。
その一点は、襲鷹団の想定を大きく超えていたらしい。
まさか三人で追いかけて止められないだなんて。
そこから川相選手が明らかに精彩を欠きはじめた。攻守の判断を迷っているという感じになった。
水野選手の打ち出しで試合は再開となったのだが、それを受けた駒田選手は前に打ち出した。
恐らくは川相選手を走らせようと思ったのだろう。だが川相選手の反応が大きく遅れた。
慌てて球を拾いに行く駒田選手。
だが、もう少しで追いつくというところで安部に奪われた。
安部は球を一旦栗山へ。
栗山が前方の鴻野へ。鴻野が即座に荒木のさらに先へと大きく球を打ち出した。
荒木が前傾姿勢で竜を走らせる。
吉村選手と山田選手が続く。更に川相選手が全力で追う。
またもや先に辿り着いたのは荒木であった。
荒木は再度球を前方へ。
川相選手が追いすがる。
「くそぉぉぉぉ!」
川相選手の絶叫を背中に受け、荒木が竜杖を振り抜いた。
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