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第31話 次は大一番

 試合後、日野監督を交えて正規選手たちで飲み屋に繰り出した。


 こんな風に龍虎団に勝つのはいつ以来であろうと今年入団五年目の大石が嬉しそうに言った。

 少なくとも大石が入団してからというもの、襲鷹団と龍虎団には勝ったという記憶が無い。近五年で見れば、襲鷹団と龍虎団は二軍の首位を争い続けている。

 二球団ともに、お互いは勝ったり負けたり引き分けたりしているが、残りの四球団に対して、確実に勝利を積み重ねている。

 特に最下位を争っている獅子団と昇鯉団は毎回確実に勝ち星を取りに来られていた。


 これで襲鷹団にも勝てるようなら色々と希望が見えて来る。

 皆の士気は否が応でも高まった。最も色気が出ているのは監督の日野であっただろう。



 龍虎団との激闘があった翌日、荒木はどうしても会いたいと言って美香に時間を取ってもらった。

 日高に引っ越して来てから、美香は総合商店のお惣菜売り場で働いている。朝早くから昼過ぎまでの仕事で、その後であればという事であった。


 仕事終わりにそのまま会いに来てくれたらしく、美香からは少し揚げ物の油の匂いがしている。まだお昼を食べて無いという事で、最近開店した拉麺屋に行く事になった。


「どうしたの? こんな急に会いたいだなんて。お仕事で何かあったの?」


 思いつめたような顔をする荒木に、美香はどうにも不安な気分に襲われた。

 もしかしたら正規選手から降ろされちゃったのかも。それとも寮の人たちに何かあったとか。

 荒木が何も言わないものだから、美香は色々と悪い事を想像してしまった。


「実は……」


 そこまで荒木が言ったところで注文した拉麺が届けられた。

 荒木は顔を引きつらせ、とりあえず食べてからにしようと苦笑いした。


 そこから二人向き合って、無言で味噌拉麺をずるずると食す。暑い季節に涼しい店内で食べる熱い拉麺というのも、これはこれで乙というものである。


 美香が拉麺を食べ終え、ハンカチで汗を拭き、パタパタと仰いで顔に風を送る。髪が汗に濡れて額に貼り付き、何とも艶めかしく感じる。


 そんな美香の顔を荒木はじっと見つめた。美香もそれに気付き、聖母のような微笑みを返す。


 荒木は財布の中から三枚の紙を取り出し、美香に差し出した。


「今度、苫小牧で試合があるんだ。相手は首位の襲鷹団でね、多分俺先発で出る事になると思う。活躍できる確証は無いんだけど、頑張るから応援に来て欲しいんだ」


 もし一緒に応援に来れる人がいたら誘って欲しいと荒木は美香の目をじっと見つめて言った。

 荒木が差し出した紙には、『獅子団―襲鷹団戦 入場券』と書かれている。場所は苫小牧総合運動公園。一枚一枚の値段は驚くほど安い。


「もっと前もって言ってくれたら職場の人とか誘えたのに……土曜日のお昼って一番忙しいんだよ?」


 美香にちくりと言われ、荒木は少し心が挫けそうになっている。

 そんな荒木を美香はくすりと笑う。


「だから多分私だけになっちゃうけど大丈夫かな?」


 入場券が二枚無駄になっちゃうかもしれないと美香は申し訳なさそうに言う。

荒木はぱっと顔を明るくした。


「美香ちゃんだけ来てくれれば、後は俺どうでも良いよ! 逆にもっと来れるんなら言ってよ。その枚数分事務所に行って貰ってくるからさ」


 嬉しそうに言う荒木に、美香はわかったと言おうとした。

 言おうとして最後の一言が引っかかった。

 『貰う』?


「ああ、それ販促用の余ってるやつだから。美香ちゃんも何回か来て知ってると思うけど、その、ほら、いつもガラガラだからさ。入場券余りまくってるんだよね」


 そう説明した荒木を見る美香の目は実に空虚であった。

 ……だったら何で今まで私は自腹で応援に行っていたのだろうと呟いたのだった。



 今期の襲鷹団はとにかく強い。

 襲鷹団の構成球団は、網走球団、幕府球団、徳島球団、台北球団。

 元々、高校の夏の全国大会で頻繁に決勝に残るのは東国と北国の高校である。優勝回数という点で見たら幕府の代表が圧倒的な回数を誇る。

 次いで北府と函館郡。


 幕府は全国の郡の中で唯一二校代表が出場する。そしてそのどちらもが毎回強豪校なのである。

 その強豪校の中心選手が毎年必ず一名以上幕府球団に入団している。

 有り体に言えばその学年の最も優秀な選手が毎年幕府球団に入団するという事である。

 そのため幕府球団はしばしばその一流選手ばかりが入団する状況を揶揄され『星雲軍団』と渾名で呼ばれる。その星雲軍団の新星たちが所属するのが襲鷹団なのである。


 もちろん、優勝できなかった高校の選手や、優勝した高校でも幕府球団に入団しなかった選手にも優秀な選手は数多くいる。

 そういった選手は各球団に分散していくのだが、幕府球団からあぶれた選手は襲鷹団の他の球団に入団することが多い。特にそういう人材が流れるのが台北球団。そんな事情から台北球団は南国での優勝回数が圧倒的に多い。



 試合前の打ち合わせで、日野は明らかに緊張していた。

 ここまで全四十試合中二四試合を消化し、現在獅子団は三位につけている。残り十六試合。ここで襲鷹団に勝てるか否かはかなり大きな問題であった。

 今のこの選手たちであれば間違いなく互角以上の戦いができると思っている。


 確かに襲鷹団は強い。

 だがとてつもない欠点がある事がこれまでの対戦でわかっている。

 とにかく守備が弱い。攻守の均衡を大きく攻の方に傾けているのだ。それはここまでの得失点差を見ても顕著である。


 一点取っても二点、三点と取り返す。そうなると相手の士気の方が挫けてしまうのだ。


 今までだと原選手というとんでもない中盤の選手がいて、その選手一人に良いようにあしらわれてきた。だが、原選手は昨年一杯で一軍に昇格となった。

 ところが代わって入った川相という選手が同じように中盤を完全に支配している。


 槇原、山内という圧倒的な得点力を持った先鋒。今年はそこに斎藤という先鋒も加わっている。最近では水野という選手まで出ている。

 本当にどれだけ後ろに札を隠し持っているのかと問いたくなる。


 だが一方で未だに後衛は吉村、山田という二人の選手に頼りっぱなしなのだ。

 守衛も村田という選手から長く変わっていない。

 荒木という先鋒、笘篠、栗山という中盤を得た今であれば間違いなく互角以上にやれるはず。


 日野は二枚の紙を用意していた。

 選手たちの表情を見て、そのどちらにするか決めようと思っていた。控室に入り、すぐに熱い熱気のようなものを感じ、日野は片方の紙をくしゃりと丸めてポケットにしまい込んだ。


「今日の先発を発表する。守衛は大石、後衛は小川、佐々木、中盤は栗山、安部、鴻野」


 そこまで言って日野は一呼吸置いた。

 ここまではほぼ予想通り、だが問題は最後に残った先鋒である。


「先鋒は荒木。先発はこの七人で行く! 今日の試合勝ちに行くぞ!」


 全員立ち上がり、一斉に「おお!」と叫んで気合いを入れる。

 その気合いで入口の扉の窓硝子がビリビリと悲鳴をあげた。

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