第29話 栗山の奮戦
栗山たちが呼ばれた最初の試合、その対戦相手は現在二位の龍虎団であった。
龍虎団の主軸は『北国の雄』函館球団、それと東国の稲沢球団、そこに西国の霧島球団と南国の高雄球団が参加している。
とにかく圧倒的な選手層を誇っている。
函館球団も稲沢球団も優勝争いをするような球団であり、観客動員数も多く資金力も豊富。
高校の全国大会に出場したような選手が毎年のように入団している。
郡大会の優勝校の選手を吟味している見付球団とはえらい違いである。
幕府球団と台北球団が主軸となっている襲鷹団も似たような状況ではあるのだが、一つだけ決定的な違いがある。
龍虎団は選手の育成も上手なのだ。
その為、襲鷹団と違って新入団選手が初年度から活躍する事が多い。今年も白井、仁村、山本、藤王と四人も新入団選手が活躍している。
新入団選手が活躍するという事は、それだけ若い年齢で一軍に昇格しているという事である。
そうなれば一軍の平均年齢もその分若くなる。
若い選手たちが活躍すれば、瑞穂代表に呼ばれる選手も増える。
瑞穂代表として活躍すれば、それがそのまま観客動員にも繋がるという事である。
四台の竜運車に乗り込み、荒木たちは会場となる函館の球場へと向かった。
見付球団の恥ずかしい台所事情でしかないのだが、二軍の竜は全部で十六頭しかいない。今回、伊東、小川、荒木、栗山と四人が三頭づつ竜を運搬しているため、牧場には四頭しか竜が残っていない。
小川と伊東が正規選手になった時からその状況が続いており、二軍の試合が近づくと、寮では調教する竜がおらず、かなり暇になるらしい。
前の日の晩、寮にいる荒井が高野たちとどこに遊びに行こうかと話し合っていた。
翌日、試合前の打ち合わせで先発選手が発表となった。
守衛が秦、後衛が小川、加藤、中盤が栗山、安部、鴻野、先鋒が野口。
今回選抜した三人をさっそく実戦で試してみると日野監督は説明した。
「荒木どう思う? ここまで龍虎団を見てきて。今回選ばれた三人、どこまでやれると思う?」
選手控室でひそひそ声で小川にたずねられ、荒木は隣の栗山をちらりと見る。
「あまり大きな声では言えませんけど、合同練習を見る限りでは野口、加藤の二人が通用するとは思えませんね。特に加藤さんは難しいんじゃないでしょうかね」
荒木の言及の中に自分が入っていない事に不安を感じ、栗山が自分はどうかとたずねた。
「身内贔屓するわけじゃないけど、笘篠とお前ならお前の方が少し上だと思う。ここまで見てきて龍虎団は中盤が弱いっぽいからなあ。お前の動き次第では……」
中盤が弱いという事は中盤以外は層が厚いという事になる。要注意の選手はいるかと栗山は重ねて質問した。
「鹿島って先鋒と、彦野って後衛かな。あと出てくるかわかんないけど仁村っていう先鋒も。多分今回も中盤二枚先鋒二枚で来るだろうから、お前も少し守備に重点置いた方が良いかもな」
そう荒木は言ったのだが、これは全て『見ている限りでは』という注釈付き。残念ながら、ここまで荒木は龍虎団戦に出場した経験が無い。
「そんなの相手に俺、加藤と防衛線保てる自信がねえな。せめて佐々木なら」
小川が小声でそう言ったところで、係員がやってきて選手入場をお願いしてきた。
前半戦が開始となった。
荒木が『出て来たら』と言っていた仁村選手は先発から外れている。
ただ鹿島選手と彦野選手は出場しており、荒木が予想したように先鋒は二枚。その片方は山本という選手で、恐らくは新たに選抜となった選手。
相手の打ち出しから試合が開始。
鹿島選手が一旦後ろに下げた球を中盤の一人木村選手が受取り、もう一人の中盤尾上選手へ。
それに対し、安部と栗山が守備に当たる。
安部が球を奪い、栗山が前線に大きく球を打ち出す。
そこには野口がいるはずであった。
ところが野口は後衛の彦野選手の竜に進路を遮られ、押しのけられてしまい、まるで彦野選手に球を渡したような状況になってしまった。
彦野選手はもう一人の後衛二村選手に球を渡す。
二村選手が大きく前方へ球を打ち出す。その球を尾上選手が受け、鹿島選手へ。
小川は鹿島選手を押さえようと守備に入ったのだが、その前に鹿島選手は球を反対側にいた山本選手へと打ち出した。
鴻野と加藤が山本選手を守備しようとする。だが、山本選手は圧倒的な速さで竜を追い出し、二人を置き去りにして篭に迫った。
最初の打ち込みは秦が弾いた。
だが、その跳ね返った球を山本選手は冷静に押し込んだ。
「これじゃあ、まるで鹿島が二人に増えたみたいだな。最悪だ……」
荒木の隣に座った笘篠がそう呟いた。
荒木も完全に同感であった。
「鹿島だって今、襲鷹団の槇原、斎藤と得点王争いしてるような奴なのに。そんなのが二枚とか破壊力が半端ないよな」
荒木がそう呟くと、今日は何点取られるかわからんと佐々木がため息交じりで言った。
試合再開になる前に、小川は栗山と加藤を呼んだ。
何やら打ち合わせをすると、栗山が少し後衛よりに位置を変えた。
野口の打ち出しで試合再開となったのだが、球を受けた鴻野はすぐに反対側、安部の前方に球を大きく打ち出した。
安部がそれに追いつき、木村選手の守備を交わして敵陣深くに切り込んでいく。
そこに二村選手が詰め寄って来る。その前に安部は球を野口の前へ。
野口は球を篭前まで運んで打ち込んだのだが、守衛の中尾選手に弾かれてしまう。
その弾いた球に彦野選手が追いつき、大きく前方へ。
それを尾上選手が追ったのだが、その前に栗山が球を確保。鴻野の前へ大きく打ち出した。
ここまでで野口は駄目だと鴻野は感じていたらしい。
敵陣深くまで球を持ち込んだ鴻野は安部に向けて球を打った。
安部が追いついて篭に球を打ち込んだのだが、これも中尾選手に弾かれてしまう。
そこからは上手く中央の空間を栗山が確保し続けた事で、龍虎団はなかなか攻撃の機会を作る事ができず、一対〇で前半を終えた。
中休憩では、栗山は疲労で一言も発しなかった。
それもそのはずで、前半の途中から失点を抑えられたのは、栗山が獅子奮迅の活躍をしていたからである。
そんな栗山の姿を見て日野は一つの決断を下した。
「栗山、よく頑張ったな。笘篠、後半頼んだ。荒木、お前も後半入ってくれ。新入りの栗山がここまで守り抜いたんだ、この試合、何としてでも勝つぞ!」
そう日野が呼びかけると、選手たちは一斉に「おお」と叫んだ。
特に後半に入る事になった荒木と笘篠の鼻息が荒い。
「絶対に逆転してやる! お前の初陣を白星で飾ってやるからな!」
栗山の肩に手を置き、力強く言い放って笘篠が控室を出て行った。
安部も栗山の肩を叩いて控室を出ていく。
鴻野、加藤も栗山の髪をくしゃりとして控室を出て行った。
荒木、小川、秦は栗山に向かって握った拳を見せた。
「頼みましたよ!」
栗山の思いが三人の背を強く後押しした。
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