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第28話 選ばれたのは栗山

 一軍昇格を果たし、広沢が寮を出て行く事になった。


 竜杖を『竜杖の間』に収め、寮母の砂押すなおしたちと写真を撮り、砂押たちを招いて激励会を行った。

 その中で広沢はしきりに、荒木に向かって見付球団を一緒に盛り上げていこうと声をかけた。


「荒木が昇格してくれば、間違いなく見付球団は今のぐずぐずの状況から脱出できる。尾花おばなさんだけじゃダメなんだよ。鈴木さんや松岡さんはもう得点力が低すぎる。荒木と尾花さんが交互に出れば相手は対処できないはずなんだ」


 尾花将方(まさのり)は絶対的な見付球団の得点王である。

 速度、竜杖の正確性、乗竜術、守備、どれをとっても及第点以上。良く言えば万能、隙が無い選手といえる。

 だが、悪く言えば突出したものが無い。


 守備陣には絶対的な守護者として若松選手がいる。

 巧みな指示で、相棒がすみ選手でも杉浦選手でも青木選手でも安定した守備力を見せている。

 だが、守っているだけでは試合には勝てない。点が取れなければ良くて引き分け止まりである。


 そこで見出されたのが尾花だった。


 尾花が一軍に昇格してからというもの、歴代の監督は尾花をどう活かすかに頭を悩ませてきた。

 布陣を変えてみたり、先鋒を二人にしてみたりと、色々な手を打ってきたが、ここまで唯一成功と言って良い対処が渋井の起用だけ。結局誰もが尾花を活かす事ができず、最近では選手の高齢化が顕著となってきて、成績も年々悪化の一途をたどっている。


 新たに監督となった関根は、現状の選手層を見て若返りを掲げた。

 当初は二軍選手の積極昇格の事だと思われていた。だが結局盛夏を迎えてそれが一軍の中での若手の起用を意味していた事がわかった。

 結局はあの関根という監督も、二軍指導者の福富の説明を鵜呑みにしてしまっている。


 嘆願書が受理されれば、別の人がやって来て、二軍の状況は変わるかもしれない。

 広沢が一軍でやれるという事を示せば、関根監督の福富を見る目が変わるかもしれない。


 激励会は全員でそんな事を言い合ったせいで妙に盛り上がってしまって、かなり夜遅くまで続いた。



 広沢が抜けて、初の合同練習の日を迎えた。


 苫小牧の会場へ向かうと、広沢が昇格したんだってと他球団の選手たちから声をかけられた。

 当然その裏には、その補充の選手が誰になるかという事が一緒に話題として付属する。

 偶然なのだろうが、同時に苫小牧球団の竹本選手、沖縄球団の蓬莱選手も一軍に昇格になったらしく、一気に三枠が空いた事になる。


 三枠、しかもそれぞれ守備位置は先鋒、中盤、後衛と一つづつ空いた事になる。

 その補充候補を選ぶとあって合同練習は異常に熱を帯びたものとなった。新入団選手ももう入団から半年が過ぎており、そろそろという雰囲気もある。


 合同練習が終わると、新たに何人かの選手が次の正規選手の練習に呼ばれる事になった。


 日野監督の密約の事はすっかり漏れていて密約でも何でも無くなっている。

 恐らくは安部、鴻野を休ませる時の補欠として荒井が呼ばれるだろうと見付球団の選手の間では言われていた。なぜなら日野は正規選手として使うとは言っていなかったから。

 だが呼ばれたのは栗山であった。



 数日後、正規選手の練習に前回呼ばれた者たちが参加した。

 いつもであれば調整程度で終わるのだが、この日は軽く実戦形式の練習を行う事になった。


 日野監督の中で中心選手というは決まっている節がある。

 先鋒の荒木、中盤の安倍の二人がそれである。その二人がそれぞれ別の班に入ったのだから間違いないであろう。これまではそこに荒木の代わりに広沢が入っていた。


 今回一軍昇格した竹本は中盤もやれる選手だった。そのため、明らかに中盤の札が少なくなった感がある。もしかしたら中盤を二枚取るかもしれないと選手たちは言い合っている。


 練習後の打ち合わせの中で日野から正規選手として残る人員の発表がされた。

 見付球団から選ばれたのは栗山。他の二人は苫小牧球団の加藤という後衛、沖縄球団の野口という先鋒。



「恐らくだけど、苫小牧球団も沖縄球団も広沢さんと同じ契約したなあれ。両方昇格って言われて同じ球団から後任を選ぶから片方だけって交渉したんだよ。じゃなきゃあんな人事になるわけがない」


 栗山の正規選手編入を祝う祝賀会を居酒屋『雪うさぎ』で行う事になった。

そこで最初に小川が言ったのがそれであった。


「じゃああれか、呼ぶだけ呼んで、使わずに落とすかもしれんって事か。まあ、あくまで『選びます』って約束だからな。『使います』とは一言も言ってないんだもんな」


 秦がからからと笑いながら策士だよなと日野監督を批評した。


「じゃあ俺、今回呼ばれたんですけど、すぐに呼ばれなくなるって事もあるって事ですか?」


 栗山が不安そうな顔で言うと、小川がほとんどの選手はその状態だと諭した。

荒木も伊東も頷いた。


「そういう意味では秦、お前だってわからんぞ。伊東も。現状、正規選手には少し見付が多くなりすぎてるからな」


 特に伊東は栗山と立場はほぼ変わらないと片岡が指摘。


 今回太宰府球団から金森が呼ばれており、金森は確定だと思われていた。だが残念ながら選ばれなかった。以前と比べ格段に動きが良いと荒木や荒井も言い合っていたのに。


「あの感じだと一月後、また選手変更するよ、あの監督。なんせ最下位だったのを襲鷹しゅうよう団、龍虎りゅうこ団に次ぐ三位まで押し上げたんだからね。何と言っても猛牛団に二連勝したのが大きかったよな」


 そう言ってから、小川は嬉しそうに荒木の顔を見た。

 鼻を掻いて荒木は小川から目を反らした。


「でもあの監督大したもんだよな。勝てないと思う襲鷹団、龍虎団は主力を温存しといてさ、勝てそうと思ってる昇鯉団と大鯨団は調整に使って、苦戦必至っていう猛牛団には全力で当たるんだもん」


 となるとそろそろ龍虎団に全力で当たる頃合いだろうかと伊東が言う。

 荒木の出来次第と小川が言うと、全員が荒木に注目した。


「どうなんでしょうね。俺は襲鷹団相手でもやれるって思いますけどね」


 照れながら荒木が言うと、こいつめと伊東と小川から肘で突かれた。


 そんな雰囲気の中、一人荒井が元気が無かった。

 荒木の気持ちもわからなくはないため、皆あまり触れないでいる。それがかえって荒井の気持ちを内に籠らせてしまっている。

 そんな荒井の肩を岩下がパンと叩いた。


「おい、荒井。何そんなシケたつらしてるんだよ。お前は落ちたとはいえ選ばれたんだぞ。俺たちみたいに歯牙にもかからないより良いじゃねえか」


 岩下の一言がさらに場を沈ませてしまった。確かに少し浮かれていたと皆が感じた。

 白けさせてしまったと岩下も思ったのだろう。岩下と片岡は椅子から立ち上がり、俺たちはもう決めたんだと言って拳を握った。


「荒井、高野、池山、これからは俺たちがみっちりお前たちをしごいてやる。残った数か月、去年の先輩たちが俺たちにそうしてくれたように。俺たちの手でお前たちを一軍選手に見合うように育てあげてみせる」


 その気はあるかと二人が三人にたずねる。

 荒井、高野、池山の三人は椅子から立ち上がり、よろしくお願いいたしますと大声で叫び頭を下げた。

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