第27話 美香に報告
丸山さんから言われた事を寮に戻ってそのまま伝えた。
新入団の三人は黙っていたが、残りは何たる言い草かと激怒。
選手なんていくらでも人生を狂わせても構わないが、指導者の生活は守る必要がある。丸山の言った事を選手たちはそういう風に受け取った。もしそれが球団の正式な考えであるのなら、もはや他球団への移籍を要望するしかない。球団にとって大切なのは選手なのか指導者なのか。
翌日、丸山から嘆願書が送付されてきた。
本文には広沢が語った福富に対する糾弾の内容がちゃんと書かれており、その左側に広く隙間が取られ、鉛筆で大きく丸が書かれている。そこに著名し印を押せという事であった。
嘆願書には全員が著名し、封筒に入れられ広沢に託される事になったのだった。
丸山との面談の翌週、荒木は車で美香と出かけた。
目的地は鵡川にある博物館。そこに今では絶滅してしまった大昔の竜の化石があるらしい。
恐竜は現在も生き残っている。競竜場ではその竜を調教して競争させているし、竜杖球でも恐竜に乗って球技を行っている。
ただ、今生き残っているのは大昔の恐竜の種類からしたらごく一部なのだそうだ。現在の恐竜は牛や馬とほぼ同じ大きさである。大空を羽ばたく伊級の竜ですら、翼を閉じれば同じくらいの大きさである。
だが、博物館にあった骨はその何倍もの大きさであった。
八級の竜のように二本足で歩く竜もいる。
止級の竜のように大海原を泳ぐ竜もいる。
だが二本足の竜は八級の竜と異なり、まるで鰐のように大きな口をしている。止級の竜に至ってはまるで蛇のように首の部分が長い。
美香は事前に少し調べて来てくれたらしく、これがこうで、あれがこうでと説明してくれた。
だが、荒木としてはにわかには信じられなかった。今と違い、太古には巨大な恐竜がいたという事は当然学校の授業では習った。だが現にいつも竜には乗っている。それだけにかつてはこんなに大きかったのだと言われてもピンと来ないのである。
「なんでこいつら絶滅しちゃったんだろう。他の奴らは生き残れたのに」
素朴な疑問を荒木は口にした。
それについては色々な研究者が色々な事を理由として挙げている。
巨大が隕石が落下し地球に長い冬が来たんだとか、いやいやその隕石によって巨大津波が発生し、それに飲まれてしまったのだとか。突飛な説では、それによって地球の磁場が逆転してしまい、環境に慣れず滅んでしまったなんて言う人もいる。
ようするに大昔の事すぎて、全ては仮説の域を出ないという事なのだと思う。
「でも生き残った竜もいるんだよね。しかもこうしてみると、圧倒的に小型の竜が生き残ってるんだよね。きっと何かあるんだろうね。食べ物が減っちゃったとかね」
美香が微笑みかけると、荒木は食べ物かと呟き、巨大な恐竜の化石を仰ぎ見た。
「そんな話してたらお腹空いちゃったね。拉麵屋に行こうか」
そんな荒木に美香は飽きれた顔をし、「もう」と一言発し、拗ねたような顔をした。
車に乗り込むと荒木は何故か車をなかなか発進させなかった。
どうしたんだろうと美香が顔を覗き込むと、荒木はじっと前を見つめていた。前に何かあるのかなと思ってみてみるのだが、恐竜の模型が設置されているだけであった。
「先日、一軍の人が来たんだよ。で、来年から一軍に上がれる事になったんだ」
前方の恐竜の模型を見つめたまま、呟くように荒木は言った。
最初美香は何を言い出したんだろうという顔でそれを聞いた。
だが徐々にその内容が理解できると、「えっ」と驚きの声をあげた。
「やったじゃない! 応援団一号としてこんなに嬉しい事って無いよ。荒木君ならいつか必ず一軍の舞台で活躍する日が来るって信じてたけど、こんなに早くだなんてね。さすが荒木君だよね」
期待していたままの美香の反応に荒木の頬はだらしなく緩んだ。
それをきりりと引き締め、美香の顔に近づけていく。
美香もはにかみ、そっと目を閉じる。
荒木も距離を確認しながら顔を近づけていく。
くぅぅぅ
美香のお腹から可愛い悲鳴が発せられた。
荒木が目を開けると、美香は瞳を固く閉じたまま、唇を噛みしめ、真っ赤な顔で恥ずかしさを堪えていた。
「ごめん、ごめん。拉麵屋に行くんだったよね。俺が悪かったよ」
車を発進させた荒木の隣で、美香は両手で顔を隠し、泣き出しそうになるのを懸命に我慢した。
拉麵屋に着くまで美香はそのままの状態であった。拉麵屋でもまだバツの悪そうな顔で荒木から顔を背け続ける。拉麵を食べ終えると、何やら拗ねたような顔で無言で車に乗り込んだ。
「美香ちゃん。あれからおじさんとおばさんの消息って何か掴めたの?」
荒木が唐突にそうたずねると、美香はびくりとして荒木の顔を一瞥。
その後ふるふると横に頭を振り、俯いてしまった。
「あの日からね、お父さんもお母さんも、携帯電話を解約しちゃったらしくてね、連絡先もわからないの。親戚のおじさんやおばさんにも連絡してみたんだけど、何も連絡は来てないって……」
美香は肩を震わせて、泣き出しそうになってしまった。そんな美香の肩に荒木は手を回し、そっと抱き寄せる。
「そっか。じゃあ早く美香ちゃんの両親が見つかるように、もっともっと俺が有名にならなきゃだね。とびきり有名になってさ、記者に何か聞かれる度に、御礼が言いたいから連絡くださいって呼びかけてやるんだ」
美香に語り掛けるように言ったのだが、美香は俯いたままであった。
「大丈夫。おじさんとおばさんはきっと俺が見つけてみせるから」
か細い声で美香は「うん」と頷き、荒木に身を委ねた。
別れ際、美香はじっと荒木の顔を見つめた。どうしたのだろうと思っていると突然ぎゅっと抱き着かれた。
「私、来年になったら荒木君を追って見付に行く。荒木君の事を近くで応援し続けたいから」
「迷惑かな?」と上目遣いで美香がたずねる。そのなんとも愛らしい表情に荒木は胸の鼓動を早めた。
何かしら返答を用意したはずなのだが、一瞬で飛んでしまったいる。
壊れた玩具のようにこくこくと頷く荒木を見て、美香は微笑んだ。
じっと荒木の顔を見つめ瞳を閉じる。
荒木も生唾を飲み込み、徐々に徐々に美香に顔を近づけていく。
唇が触れ合うとぎゅっと美香を抱き寄せた。
美香もそれに身を委ねる。
荒木が腕の力を弱めると、今度は美香が背に回した手に力を込めた。
その後、二人は日高の繁華街へと消えていった。
荒木が寮に戻ったのは翌朝。
選手たちは全員まだ寝ており、荒木はなるべく足音を立てないように、そろりそろりと自分の部屋へ帰った。
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