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第24話 久々の先発

 月が替わった。

 荒木たちは竜運車を運転し苫小牧にある獅子団の練習場へと向かっている。


 二軍の正規選手は普段は合同練習には参加しない。怪我で別調整を言い渡された一軍の選手と同じく調整のみ行っている。

 ただし、定期的に監督から次回の合同練習に参加するようにという告知がされる。多くの場合、それは選手の入れ替えを意味する。


 ある程度人と竜の体がほぐれると、そこから組み分けをして実戦形式の試合を行う。

 その際に広沢が日野監督に呼ばれた。広沢はかなり悩んでいたようだが、最終的に何かを承諾したらしかった。


 班別の練習試合の内容から察するに、広沢が日野から言われたのは守備位置の変更らしい。これまで一貫して後衛で試合に出ていたのに、突然中盤として試合に出ていた。


 合同練習が終わった後、数人の選手が呼ばれる事になった。見付球団からも小川と伊東が呼ばれたのだった。



 日高に戻った選手たちはいつもの居酒屋『雪うさぎ』で打ち上げを行う事になった。

 どうやら日野の言い方は、小川も伊東も正規選手として呼ぶ方向というものだったらしく、乾杯後すぐに大興奮となった。


「今まであんなに呼ばれなかったのに、急にどうしちまったんでしょうね。あれがあの日野って監督の方針なんでしょうかね」


 伊東が早くも顔を赤らめて秦にたずねた。

 その辺りの方針の話というのは、なかなか選手にまでは聞こえてこない。見付球団の指導者の福富は必要な事すら選手に言って来ない事があるのでなおさらである。


 ただ、荒木は補欠席で他の球団の選手からいくつか情報を貰っている。その中には日野の考えというのもあった。

 どうやら太宰府球団から、昇格する選手に闘争心のようなものが欠けているという指摘を受けたらしい。他球団の選手と守備位置を奪い合いさせる事で、貪欲さのようなものを引き出そうとしているのではないかと苫小牧の指導者が言っていたらしい。


「なるほどね。だから金森や石井が正規選手から降ろされたりとかもするわけなんだ。前の岡田監督じゃあ考えられない行為だもんな」


 そう言って秦は麦酒を呑み干した。

 それにしても去年まで誰も正規選手に呼ばれなかったのに、それが一気に五人とは。


「昼間、日野監督から言われたんだけどさ、石毛がこの時期に一軍昇格なんだってよ。その代わりの選手が欲しいんだが、中盤はやれないのかって聞かれたんだよ」


 守備的な中盤をやっている鴻野(こうの)は、元々はもう少し攻撃的な選手らしく、石毛の位置に鴻野を持って行きたいらしい。そこで空いた鴻野の守備位置がやれる選手という事で広沢に白羽の矢が立ったのだそうだ。さらには太宰府球団から笘篠とましのという中盤の選手も呼ばれたらしい。

 そう広沢が麦酒を呑みながら情報を流すと秦が荒井を見てにやりと笑った。


「それって、この先の状況次第では岩下さんや荒井や池山、栗山にも機会が来るかもって事?」


 すると広沢は腕を組んで悩み始めた。出された名前の顔を一人一人見ていく。


「どうだろうな。空いてる守備位置の補充だろうから、現状だと岩下さんと栗山は難しいかもな」


 ただこの先も何があるかわからないからと付け加え、少し気落ちした岩下と栗山を励ました。


「そんな事言うなら、さっさとお前が一軍に昇格すれば良いんだよ。そうすれば少なくともお前の座っている席は空くんだからさ」


 岩下に指摘され、広沢は顔を引きつらせた。

 お前もだと指摘され、とんだとばっちりだと呟いて荒木は顔を背けた。



 そこから四試合、荒木は途中出場のみに終わった。

 代わりに正規選手に選ばれた伊東が使われた。それまでの石毛の守備位置には鴻野が入り、鴻野の守備位置には広沢が入っている。広沢、金森と両方が抜けてしまった後衛には小川と蓬莱が入っている。

 その振るった大鉈がなかなか機能せず、特に後衛の連携がなかなか上手くいかず、失点が増えてしまった。昇鯉団にこそ勝ったものの、獅子団は一勝三敗という体たらくであった。


 月が替わって最初の試合、一月ぶりに荒木に先発が回って来た。

 先発は守衛が大石、後衛が小川、蓬莱、中盤が笘篠、鴻野、安部、先鋒が荒木。


 広沢はこの試合は休息、秦も同様であった。

 どうやら日野監督は、七人の先発選手のうち同じ球団からは最大三人と決めているらしい。そうする事で実戦経験をより多くの選手に積ませる事ができ、結果的にそれが獅子団のためになると考えているのだそうだ。


 そう教えてくれたのは安部であった。

 自分たちも太宰府の選手だからって安泰じゃなくなった。その中で正規選手として選ばれたという事は、これまでと違い、ちゃんと実力を評価されたという事だから、こんなに嬉しい事は無いと安部は嬉しそうに笑っていた。


「荒木君! 頑張って!」


 鴻野、安部と三人で守備位置に付こうと竜を歩かせていると、観客席から黄色い声援が飛んできた。観客席は競技場を挟んで向こう側なのだが、しっかりとその声援は届いた。

 この声の主は間違いなく美香のものだ!

 竜の向きはそのままに、慌てて観客席を見渡す。


 だがなかなか見つからない。

 これしかいない観客なのだから、すぐに見つかりそうなものなのに何で見つからないんだ。


 いた!

 一番前の席だから気付かなかった!

 ぶんぶんとこちらに手を振っている。

 職場の同僚だろうか。女性四人で来ている。


 お返しに荒木も竜杖を天に掲げる。すると女性四人は嬉しそうに歓声をあげた。


「何、何、彼女さん? ええなあ応援団が来てくれて。球渡すから、格好良いとこ見せたれよ」


 鴻野にからかわれ、荒木はふんと鼻から息を漏らした。

 きっと安部を睨む。


「前回はいいようにやられたけど、今日は岡田なんかちょちょいとひねりつぶしてやる!」


 荒木の荒い鼻息に、安部は思わず吹き出してしまった。気合十分だと笑いながら自分の守備位置に向かって行った。



 試合開始早々から荒木は積極的に動き、安部からの打ち出しに素早く反応し、岡田選手をあっという間に置き去りにし、開始早々に得点した……と思った。


 だが審判がその前に笛を吹いており得点にはならなかった。


 竜杖球にも蹴球や闘球と同じで防衛線という考えがある。敵の後衛よりも選手が敵陣に入っていてはいけないという規定である。

 今回荒木は安部が球を打ち出す前に、岡田選手たちの竜よりも敵陣に入ってしまっていたらしいのだ。


「馬鹿ちん! 勇みすぎだ! 鼻の下伸ばしとんなや!」


 そう大声で安部から叱責を受けてしまった。

 観客から笑い声がおきる。


 それを見てすぐに鴻野が近寄ってきた。


「安部のいう事は気にすんな。今のは岡田が引っかけてきただけ。次は引っかかんなや。一拍遅らせるくらいでも君やったら岡田を振り切れるはずや」


 荒木は無言で頷いた。



 猛牛団は強い。

 そして岡田選手と木戸選手に見るように守備が固い。

 前回戦った時に思っていたが『猛牛』というより印象は『大亀』。全体的に動きが遅い。


 初回の攻撃こそ防衛線越えで指導を受けたが、そこから先制点を入れるまでは、さした時間を要さなかった。

 どうやら岡田選手は前回と異なり、守備よりも防衛線を上げる事を意識しているらしく、竜の向きが敵陣に向いている。そのせいで、鴻野が指摘したように、そこにさえ気を付ければ後は無人の野を行くが如しであった。


 前半ニ十分過ぎで相手の監督もやっとその事に気付いたようだが、もうその時点では荒木が三点目を叩き込んだ後であった。


 後半に荒木は竹本と交代となった。

 そこから猛牛団は反撃に出たのだが、前半の三点は重く、終わってみれば四対二。

 獅子団は久々の勝ち星をあげたのだった。

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