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第21話 いざ試合会場へ

 元々、獅子団の先鋒選手は三人いた。

 一人は契約ぎりぎりまで二軍にいた太宰府の森。

 そしてもう一人も太宰府の選手で、入団三年目の工藤。

 そして苫小牧球団の選手でこちらも入団三年目の竹本。


 昨年末で森が一軍に昇格。

 その代わりに同じく太宰府の石井という選手が呼ばれた。石井は荒木と同じ入団二年目の選手である。

 太宰府で一人怪我人が出たらしく、急遽工藤が一軍に昇格する事となり、補充人員という事で荒木たち五人に白羽の矢が立った。


 監督の日野は前の岡田と違って太宰府球団の選手を優先する気は無いらしく、他球団の選手でも良い選手とみたら試してみるという方針らしい。それによって、獅子団全体の競争心のようなものを煽りたいらしい。


 二軍の試合は週一回。二軍は一軍と同じで全部で六球団ある。


 一軍では、自球場、相手球場と一球団に対し年間六試合づつ、合計で三十試合行う。そこで首位になった球団が四球団集まり、同じく自球場、相手球場と一球団に対し二試合を行って、その年の瑞穂一の球団を決める。


 野球や蹴球といった『曜日球技』もこの日程は同じで、最後の国対抗は『瑞穂戦』と呼ばれ、一年で最も盛り上がる。


 一方の二軍は北国の一軍の球場を借りて行われる。

一軍の試合日程は決まっており、その空いている方の球場に出向いて試合が行われる。

一軍が一球団に対し六試合行うのに対し、二軍は八試合、計四十試合行う。


 一軍と異なり優勝したからと言って何かあるというわけでも無く、そもそも若年選手のお披露目の意味合いが強いため、試合前の著名会以外これといって盛り上がる事は無い。

 盛り上がらないという事は集客が悪いという事である。


 以前荒木たちも観客として試合を観に行っているのだが、観客席で観客同士で野球の球を投げ合っているくらいには席に余裕がある。ようするにガラガラに空いている。


 この二軍制度というのは、何も竜杖球の発案というわけではない。元々は野球が東国で行っていた制度である。それを蹴球が真似して西国で行った。そこから曜日球技全体に広まっていった。


 野球、蹴球、闘球は高校生による夏の大会が非常に盛り上がる。そのせいで、そこで有名になった選手見たさに二軍の試合に足を運んでもらえる。

 だが、残念ながら竜杖球は高校生の大会が悲しいくらいに盛り上がっていない。近年で最も盛り上がったのが、三年前の三遠郡の決勝の暴行事件だというのだから目も当てられない。



 北国は広い。

 その為、試合の四日前、調整練習日の前日は丸々輸送の日となってしまう。

 早朝に牧場に行き、竜運車に愛竜を乗せ自ら運転して球場へと向かう。

 一試合で必要な竜は三頭。これが一軍であれば全て業者がやってくれるのだが、そこは二軍、全ては自前である。


 竜運車には四頭までしか載せられない為、広沢とは別の竜運車で球場へと向かった。秦は守衛で竜がいないので、荒木の竜運車に乗っている。


「工藤が抜けても、恐らく先発は石井だろうからなあ。どれだけ荒木に機会が与えられる事やら」


 聞く話によると、石井は西国代表の高校の先鋒だった選手らしい。攻めて良し、守って良し、竜杖の扱いも正確と、非の打ちどころの無い選手と専らの評判なのだとか。


「秦さんは良いですよね。どう考えてもあの金森って大卒の選手よりは秦さんの方が能力は上でしょ」


 その荒木の発言を秦は鼻で笑った。

 そもそも、その金森が守衛として駄目だから自分が呼ばれたんだと言って。


「元々あの金森ってのは後衛の選手なんだよ。選手層の関係で守衛やってたってだけで。入団してからも守衛やってたんだけど後衛に戻るらしいぞ」


 つまりは秦は最初から先発の守衛として呼ばれていたのだ。



 調整練習が終わった後で、日野監督から翌日の先発の予定が発表された。

守衛が秦、後衛は金森、広沢、中盤は石毛、安部、鴻野、先鋒は石井。

 それまで後衛で先発として出場していた蓬莱が補欠となり、代わってそれまで守衛だった金森が先発となった事に、選手たちは一様に驚いていた。



「正規の守備位置じゃない、それもそれまで竜に乗ってなかった選手がいきなり先発だもんな。太宰府の選手ってだけであそこまで優遇されるんだな。蓬莱ほうらいだって沖縄球団の期待の後衛なんだぜ? それをあんな風に」


 さらに言えば苫小牧の佐々木という選手だっているのに、そこではなくて金森を抜擢する。これが太宰府贔屓じゃなくてなんだというのだと夕飯を食べながら広沢は憤った。


「あの金森ってのがどれだけやれるのかは知らんけども、そこそこ程度だったら俺に負担が来るんだよ! 勘弁してほしいぜ」


 左手をぶんぶんと上下に動かして広沢は不満を口にした。いささか食事中の仕草としては行儀が悪い。


「出れるだけ良いじゃないですか。俺なんて石井、竹本に次ぐ三番手ですよ? いつお呼びがかかるのやら」


 無駄足は嫌だと言って荒木は天井を仰ぎ見た。

 すると広沢は右手の人差し指をくいくいと曲げて、荒木に顔を近づけるように指示した。


「腐るのはまだ早い。あの石井ってのと年始から合同練習で一緒にやってるが、あれは思ったほどじゃねえぞ。竹本の方がまだ上だ。恐らくお前ならすぐに先発で定着できる」


 内緒話のように小声で広沢は喋ったのだが、驚いた荒木と秦は大声をあげてしまった。どういう事かと秦がたずねる。


「あの石井っての、確かに攻めて、守ってと一見一流選手のように見える。だけど諦めが早いんだよ。確かに技術は相当磨いたんだろう。だが闘争心みたいなもんが欠落してんだよ」


 大きく打ち出した時に、それに対して少しでも間に合わないと思えば全く球を追おうとしない。そのせいで敵が追いついてしまい反撃されるという場面が目立つ。あれを使うくらいなら竹本の方がマシ。広沢はそう評した。


「じゃあ、もし俺が活躍できれば、伊東さんや高野が呼ばれるなんて事も……」


 そこまで荒木が言うと、広沢は十分にありえる話だと言って頷いた。




 その夜、荒木は美香に電話をした。

 そこで二軍の試合に出れる事になったと報告した。


「そうなんだ! 凄いじゃない! 近くで試合する時には教えてね。私絶対に応援に行くから!」


 何せ私は荒木選手の応援団一号なんだからと言って美香はくすくす笑った。

 その笑い声に照れた荒木は鼻の下をこすった。


「ありがとう。でもさ、今凄く不安なんだよ。もし活躍できなかったらどうしようって。だからどうしても美香ちゃんの声が聞きたくなっちゃって」


 迷惑だったかなとたずねる荒木に、美香は少しの間黙ってしまった。

 その沈黙が荒木の心をさらに不安にした。


「そんな風に言われたら照れちゃうじゃない。大丈夫だよ。荒木君ならきっとやれるって。もっと自信持って。ね」


 美香の応援が荒木の心の雲を綺麗に吹き飛ばしてくれた。

 暖かなそよ風が吹き込んでくるのがわかる。

 不思議な事に先ほどまであんなに不安だったのに、今は絶対に活躍できると確信が持てる。


「ありがとう! 何だかやれる気になったよ! 帰ったらまたどこか行こうね!」


 そう荒木は力強く言った。

 すると、じゃあ試合のために早く寝なさいと言って美香はクスクス笑ったのだった。

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