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第8話 今度は水泳部

「はい、注目! じゃじゃん! 今日はみんなに良いお知らせがあります!」


 部室に入ってくるなり、広岡先生はそう言って部員の耳目を集めた。


 漕艇部での一か月間の練習が終わり、久々に竜杖球部の部室に帰ってきて、やっとあの地獄の筋肉作りの毎日から解放されたと皆ぐったりしている。そんなどこか気怠い雰囲気の中、場違いな雰囲気の人が現れたのだった。


「今度はどこの部に行くの? 華道部? それとも応援部?」


 宮田が間髪入れずに指摘をした。

 川村は応援部が良いと大笑いした。短いスカートでふわふわの玉房をしゃかしゃか鳴らすやつを近くで観たいと。

 良いですねと言って大久保と石牧の二人が乗ってきた。


「そんなわけねえだろ。広岡ちゃんだよ? このくっそ寒いのに川で漕艇させられたんだぞ? 今度は水泳部とか言ってくるに決まってんだろ」


 伊藤が何を期待しているんだかと馬鹿馬鹿しいとでもいう態度で言った。それに戸狩と杉田はそんなの冗談じゃないと怒り出してしまった。


「まあ、どこでも良いっすけど、次どっかの部に行けって言われたら広岡先生にも参加してもらいましょうよ」


 先月一か月どれだけしんどかったか、そう言って荒木はじろりと広岡を見た。広岡は明らかに笑顔が引きつっている。


「良いねえ荒木。それだったら水泳部でも良いや。柔道部とかも面白そうだけどな」


 藤井がそういってゲラゲラ笑うと、大久保と石牧が広岡を舐めるように見た。そのせいで広岡は不快感を感じて手で胸を押さえた。 


「おいおい、みんな、まずは広岡ちゃんの話を聞こうぜ。広岡ちゃん、まだ何にも言ってないんだからさ」


 浜崎部長が全員をなだめると、部員たちは広岡に注目した。ここまでの部員たちの会話で広岡は完全に心が挫け、通達する勇気がかなりまで失せてしまっていた。特に荒木の一言がきつかった。


「あの、実は、その……水泳部に……」


 広岡がおどおどとしながら言うと、部員たちからため息が漏れた。


「今何月だと思ってんだよ! もっと暑くなってからじゃ駄目だったのかよ! 絶対広岡ちゃんにも冷たい水の中で泳いでもらうからな! 水泳部が泣いて喜ぶような際どい水着で泳いでもらうからな!」


 伊藤に怒声を浴びせられ、広岡は涙目になっている。今にも泣き出しそうな顔で「だって、だって」と繰り返し呟く。


「まあまあ、広岡ちゃんだって今週末際どい水着買いに行くって言ってくれてるんだから、もうそれくらいにしてやれよ。きっとあれだぞ、絵でしか見た事ないような貝殻を鎖で繋いだようなやつだぜ」


 川村が広岡から視線を反らしげらげら笑いながら言うと、大久保と石牧が広岡を凝視した。広岡は胸を押さえて後ずさる。


「まあ広岡先生だと帆立の殻が貼りついてるようになるだけでしょうから、あんまり水泳部は喜ばないかもしれないですけどね」


 荒木の嘲笑に部員がどっと沸いた。一人広岡だけが怒りでわなわなと震えている。


「じゃあ、広岡ちゃんの干し貝柱のために水泳場に向かうとするか」


 浜崎部長がげらげら笑いながら言うと、大久保が色はともかく大きすぎでしょと言って笑い出した。どうやら最後の大久保の発言は一線を飛び越えてしまっていたらしい。広岡は真っ赤な顔で竜杖をぶんぶん振って部員たちを追いかけた。



 当然、いきなり水泳と言われても、水着なんて持参しているわけがない。しかも三月である。こんな時期に水泳をやってるのなんて水泳部員くらいなものである。自然、初日は筋肉作りとなった。


「結局、行く部が変わってもこの部屋で筋肉作りは変わらねえのな」


 調整室は学校に二つしかなく、体育館の隣と水泳場の隣にある。雨が降った時には、外で活動している運動部でこの二つの調整室は取り合いとなってしまう。そういう点で漕艇部は実に賢く、晴れた日に使用して、雨の日は特別な練習をしている。


 水泳部に天候は関係無いのだが、雷雨だけは危険という事で調整室を使用する。その時用に筋肉作りの練習項目があり、それを顧問の梶本(かじもと)先生が持ってきてくれた。


 梶本は体育の教師で年齢は三十代中盤。背が高く体育教師らしく筋肉質。顔はそこそこなのだが、体育教師独特の爽やかさと暑苦しさが混在している。ちなみに独身である。


「広岡先生もたまにはどうですか。筋肉がつくと体が疲れにくくなりますよ。女性だと太りづらい体質になったりするんですよ。まあ、広岡先生は今でも十分細身ですけどね」


 はははと爽やかに笑う梶本に、広岡は少し照れながら、じゃあやってみようかななどと言い出した。部員たちはそんな広岡を見て、ここがからかいどころだと感じたらしい。


「広岡ちゃんも一緒に泳ぐんだから、脱いでも大丈夫なように鍛えた方が良いんじゃないの?」


 藤井が足を開閉して重りを持ち上げる機械で腿を鍛えながら言う。梶原が過剰に反応し、そうなんですかと言って広岡を凝視した。広岡はぶんぶん首を横に振る。


「広岡ちゃん、貝みたいな水着買うんだから、俺のやってるやつで胸筋鍛えといた方が良いんじゃねえの?」


 川村が棒を外から内に挟む機械で胸部を鍛えながら言う。梶原は少し頬を赤らめ、本気ですかと言って広岡を凝視し続ける。その視線は先ほどより少し下に下がっている。この子たちの与太話を信じないでくださいと広岡は口を尖らせた。


「ほら、梶原先生だって期待してるよ? 脱いだ時ぽんぽこだと恥ずかしいから、こっちで一緒に腹筋鍛えようぜ」


 戸狩がそう言ってからかうと、梶原は皆ああ言ってますけどと真顔で部員たちを指差した。


「私は水着にもならないし、泳ぎもしません! 梶原先生も真に受けないでくださいよ」


 広岡が全否定すると、宮田がぼそりと干し貝柱だもんなと呟いた。すると梶原は貝柱って何の事ですかと真顔で広岡にたずねた。


「知りません! それより水泳部の指導に行かなくても良いんですか? 生徒待ってらっしゃるんじゃないんですか?」


 急に本気で怒り出した広岡に、梶原はどうやら何か問題のある事を聞いてしまったらしいと察した。思わぬ長居をしてしまいましたと、そそくさと調整室を出て行った。


「今のはまずかったんじゃないの? 梶原先生、広岡ちゃんのが貝柱だって信じちゃったぜ? まあ俺たちも見た事無いから本当かもしれんけど」


 そう伊藤に指摘されたのだが広岡は無視した。この子たちに本気で反論すると馬鹿をみるとでも思っているのだろう。


 調整室は水泳場より少しだけ高い場所にあり、窓からは水泳場を見る事ができる。先ほどの梶原が笛を吹き、笛が鳴るたびに生徒が飛び込んでいく。その光景を広岡はじっと眺めている。


 竜杖球部の部員たちは自分たちに背を向けて水泳部を見ている広岡をちらちらと見ながら、もくもくと筋力作りに励んでいる。どうやらちょっとやりすぎたと反省しているらしい。


 竜杖球部の部員たちに背を向けたまま、広岡はぽつりとつぶやいた。


「……私の、そんなに大きくないもん」

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