第20話 俺の事を応援して
拉麺を食べた後、荒木は二風谷に向かって車を走らせた。
美香は日高には来た事が無いらしく、全然知らない景色だから、まるで外の世界のようと大喜び。
「こんな事言ったら気分を害しちゃうかもだけど、正直、東国生まれの俺からしたら、北国の景色ってどこも同じに感じちゃうんだよね。広大な自然が広がっているという景色ね」
伊達町と日高市の差がいまいちわからないと言って、荒木は恐る恐る美香の顔を見た。少し驚いた顔をし、全然違うと言って美香がくすくす笑い出す。
「確かにこの辺はね。伊達と一緒で竜産牧場だらけだもんね。だけど北府は全然景色違うし、苫小牧だって全然違ってたでしょ?」
美香はそう言うのだが、正直苫小牧も栄えているというだけで、山があって海があってという風光明媚な景色には変わり無い気がしてしまうのだ。
雪のせいかもと言うと美香はパンと手を叩いた。
「そうなんだよね! 荒木君の御実家って冬になっても雪が降らないんでしょ? 雪かきなんてしないでも良いんだよね? 良いなあ。羨ましい。どれだけ暖かいのか一度行ってみたいな」
実家に行ってみたいという美香一言が荒木の鼓動を少しだけ早くさせる。
何となくだが、見付で美香と甘い生活を送る風景を思い描いてしまった。そんなつもりで言ったわけじゃない事はわかってはいるのだが。
「こんな事言うとびっくりするかもだけど、うちの辺りはここより寒いと思うよ。雪が降らないというと南国みたいな印象かもしれないけど、寒風が吹きすさぶから気温以上に体感温度が低いんだよ」
こっちに来て気温ほどには寒くないと感じたと言うと、そうなんだと美香は少し大きな声を発した。
「雪の舞う日と吹雪の日の違いみたいな感じなのかな。良いなあ。まるで異国の話を聞いてるみたい。いつか行ってみたいな」
窓の外の青々とした景色を見ながら、美香はうっとりとした目をする。その表情に、荒木はたまらなく愛おしいものを感じていた。
夫婦岩の前で二人で写真を撮り、二人で一緒に携帯電話の待ち受けにした。照れくさそうにする荒木に、美香はこれで寂しくないと言って微笑んだ。
陽が落ち、辺りが暗くなってくると、再度日高駅に戻ってきた。
荒木としては、このまま美香の家に転がり込みたい気持ちで一杯である。よしんばあの夜のように……
夕飯を駅の近くの焼肉屋に食べに行く事になった。
そこで美香から語られた話で、荒木の下心が綺麗に失せてしまった。
――美香から語られた事。それは昨年の夏から荒木と再会するまでの話であった。
福田水産高校の人たちが来れなくなった。その報を聞いた両親は、この改装資金をどうしようと悩んだ。
安達荘の稼働時期は竜が羽化する春休みの時期に集中している。それを過ぎればもうほとんど利用は無い。
その春休みの稼ぎがほとんど無くなってしまったのだった。
父はそこから知り合いの船に乗って漁に出る事になった。母も牧場に働きに出る事になった。美香は高校を卒業して、進学せずに水産加工会社で働く事になった。
そんなある日の事だった。安達荘に借金取りがやってきた。
借りていたお金の利子が返せないという事で、差し押さえに来たというのだ。
散々に家探しされて、安達荘の権利証を奪われてしまった。その時にどさくさ紛れに美香の下着や制服も持っていかれてしまった。
それから数日後、弁護士という人が来て立ち退きを通達してきたのだった。
漁から戻った父はその事を知り自殺を図ろうとした。生命保険でなんとか借金を返してくれと書置きをして。だが、母に見つかった。
母は美香はを呼び、借金を三頭分し別々にお金を返していく事にしたと通告。
私たちの借金をあなたにまで払わせるのは心苦しいと母は泣きながら言った。
例え離れ離れになっても私たち三人は家族だから。いつかまた一緒に暮らしましょう。そう言った時の母はもう号泣だった。
その後両親がどうなったのかはわからない。美香は水産会社を辞め、苫小牧に行って夜の店で働く事になった――
「じゃあ、おじさんとおばさんが今どこでどうしてるのかはわからないんだ……」
荒木の問いに美香は小さく頷いた。頷いた後でそのままうつむいてしまった。
右耳にかかっていた髪がぱらぱらとほどけて美香の顔を隠す。
焦げた肉汁の煙が二人の間に寂しく立ち上る。
「でもね、今の家を契約する時に戸籍を印刷してもらったのね。そこではお父さんもお母さんも生きてる事になっていたの。だからまだどこかにいるとは思うの」
生きてさえいればいずれ会える日が来ると思うと美香は気丈にも笑顔を作った。
そんな美香を強く抱きしめてあげたい気持ちが込み上げてくる。
荒木が新たな肉を鉄板の上に数枚置く。
じゅうという魅惑的な音が二人の間で奏られる。
「俺さ、頑張るよ。頑張って一日でも早く一軍に昇格してみせる。その時にさ、報道に俺言うよ。今があるのは安達荘のおかげだって。だからお礼が言いたいから連絡くださいって」
そうすればきっと美香ちゃんの両親の事は報道が探し出してくれる。そうなれば美香ちゃんもまた御両親と一緒に住めると思うと荒木は言った。
だが、美香は困惑した顔をして黙ってしまった。
「だから、ね。美香ちゃんは俺の事を応援してくれたらそれで良いから」
真っ直ぐな目で言う荒木に、美香が頬を赤らめる。
軽く唇を噛んで、はにかんだような顔をする。
「わかった。じゃあ私が荒木選手の応援団第一号だね!」
満面の笑みを向ける美香に荒木は照れて後頭部を掻いた。
美香との再会は、どうやら荒木の運勢を大きく上向かせてくれたらしい。
そのわずか翌週の出来事であった。
獅子団は開幕から連敗続きで、これまで監督を務めていた岡田が解任となった。代わってこれまで太宰府の指導者だった日野という人物が監督となった。
さらにそれに合わせるかのように工藤という太宰府の先鋒の選手が一軍に昇格。その代わりの選手をという事で、急遽五人の選手が選抜される事となった。そこに伊東と荒木が入る事になったのだった。
さらに足りていない後衛の補充候補として小川が、守衛の補充候補として秦が呼ばれる事になった。
これまで見向きもされなかった見付球団から一気に四人の選手が候補として呼ばれる事になったのだった。
ただ、一人の先鋒枠に五人だし、守衛も一枠に三人が選抜されている。その選考は正規選手との練習の結果で選ばれるという説明であった。
合同練習の二日後、荒木たちは苫小牧郊外にある獅子団の練習施設へと向かった。
そこで日野監督から通告されたのは、次の試合までの練習で決めるという事であった。機会はわずかに二回。
すでに合同練習の会場から苫小牧の練習場に竜は送られている。
その竜を駆って、荒木は一回目の練習でも二回目の練習でも実践練習で二得点を叩き出した。
荒木の竜を駆る速度に正規選手たちが舌を巻いた。
実戦練習が終わった後、日野は新たに赴任してきた太宰府球団の指導者と見付球団の指導者の福富の三人で密談を行った。日野が何か苦情を言ったらしく、福富がペコペコと頭を下げている。
練習が終わった後にはちょっとした会議がある。
合同練習の場合は、見付球団の指導者の福富が主催なのだが、正規選手の会議は監督が主催である。
そこで正規選手たちの前で荒木の採用が発表されたのだった。さらには秦も採用という事になった。
残念ながら伊東と小川は採用から漏れてしまったのだが、伊東も小川も自分の事のように二人の採用を喜んでくれた。
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