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第18話 公式戦が開幕

 三月になり、いよいよ二軍の公式戦が開幕となった。


 獅子団の選手として登録された広沢は、生活のほとんどが獅子団の活動となっている。

 試合前には調整練習があり、そこで徹底して獅子団としての戦術を学び、選手としての指導を受ける。週に何度か寮に帰って来て、今週はこんな感じだったと寮の人たちに報告してくれた。


 試合の日は、寮の人たちは試合の映像に釘付けとなっている。

 それまで一緒に下積みしていた人がこうして晴れの舞台で活躍している姿を見てしまうと、否が応でもやる気というものは溢れ出てくるというもの。日々の竜の世話や調教、合同練習にも自然と熱が入る。


 皆思いは一つ。

 いつか自分もあの場所に立ってやる。そして一軍に上がって華々しい活躍をしてやる。

 最終目標は見付球団の瑞穂一!


 ただ、熱は入るのだが、それが結果として現れるかというと、そればそれで別の話。広沢以降、誰も獅子団の公式選手としては呼んでもらえなかった。

 相変わらず、合同練習が終わると、みんなで荷物をまとめてぞろぞろと帰るだけ。以前と同じように、まともな指導もしてもらえない。


 あの福富ふくとみという指導者を変えてもらえないものだろうか。少なくとも岩下たちが入団する前から、あの福富という人が指導者をしているのだが、これまでまともに指導をして貰えた事が無い。何度もちゃんと指導をしてくれとお願いしたのだが、指導するだけの価値が無いと言われて嘲笑われるだけ。

 選手たちは帰りの車の中で不満を漏らしていた。


「俺が一軍に行ったら、絶対あいつのクビを社長に直訴してやる!」


 そう言って窓の外の溶け残った雪が点在する景色を秦は睨みつけた。



 四月に入ると一軍も公式戦が始まる。

 二軍の選手にとって一軍の試合を見る事は義務である。

 普段の他の球技であれば酒を入れて、ああでもないこうでもないと言い合うのだが、その日は酒も呑まず、背筋を正して、全員で画面を前に応援する。


 開幕戦の相手は昨年三位の多賀城球団。会場は多賀城球団の本拠地、多賀城中央公園。


 前半から見付球団は押されっぱなしであった。

 相手は本拠地だからと、何としてでも先制点を取るんだと攻めに攻めてきた。

 だが見付球団は守備に定評のある球団である。その攻撃は、後衛の若松、杉浦の両選手によって、ことごとく跳ね返された。


 ただ跳ね返しはするのだが、すぐに相手に球を奪われてしまい、中々攻撃に移れず防戦となってしまう。中盤の渋井も大杉も徹底的に押えられ、先鋒の尾花へ全く球が届かない。


「ちょっと中盤が弱すぎますよね。なかなか尾花さんまで球がいかないんですもんね」


 少し苛々しながら栗山が指摘。伊東がそれに賛同。


「後衛の二人は完璧なんだけどなあ。中盤がなあ。これじゃあいつ点取られるかわかったもんじゃない」


 そう小川が言った時であった。

 後衛の杉浦がはじき出した球を多賀城球団の大石選手が拾って、再度大きく前線に打ち返した。

 寮の選手全員が「あっ」と声をあげる。

 その球が綺麗に多賀城球団の吹石選手の前に落ち、吹石選手は中央に向けて竜を走らせていたデービス選手へ。デービス選手は杉浦を引き付けて、山崎選手へ球を打ち出す。それをそのまま山崎選手が篭に叩き込んだ。

 先制点は多賀城球団であった。


 その後は一進一退という感じで前半が終了。


 寮の空気はかなり重かった。

 前半の三十分間、見付球団の攻撃の機会はほとんどなかったのだ。完璧に押えられたといって良い。


 そもそも昨年最下位だったのに、その昨年と出場選手がほとんど変わっていない。

 それまでいたダビド・オリベイラという外国人助っ人選手を解雇し、新たにロベルト・パウという外国人選手を採用したとかいう報道がされていたが、その外国人も出ていない。

 新たに監督となった関根監督はいったい何を考えているのだろう。これでは二年連続最下位は必死。寮ではそんな声があがっていた。


 後半戦が開始となった。

 中盤の選手を一人交代した見付球団であったが、完全に焼石に水であった。


 後半は見付球団からの試合開始だったのだが、早々に攻守が変わり防戦となった。

 何とか杉浦が防御するのだが、多賀城球団の山崎選手がそれを巧みに避ける。

 辛うじて若松が球を奪って防衛したのだがが、明らかに後衛二人には疲労の蓄積が見て取れる。


 結局、それからほどなくして山崎選手と交代した阿波野選手に一点を奪われしまった。

 そこで杉浦から青木に交代になったのだが、防戦一方という戦況は変わらず、数分後に三点目を決められてしまったのだった。


 試合終了間際にも一点を取られ、四対〇の完敗。


 開幕初戦の派手な敗戦に、日高の寮は意気消沈してしまった。

 しばらくは全員画面を凝視し、言葉も無いというような状況であった。


「中盤と後衛の連携が悪すぎるよ。せめてもう少し中盤が守備がやれないと。あれじゃあ若松さんがかわいそうだよ」


 小川の指摘に栗山と広沢が賛同した。


 荒木も見た感じでは駒不足だと感じる。

 なかなか見付球団の財力では、他所の球団から引き抜いて来るという事は難しい。逆に良い選手は問答無用で札束で叩かれて引き抜かれてしまう。

 その現状はわかるのだが、それにしてもここまで一方的な試合内容を強いられなければならないとは。


「こんな事言ったって知れたら問題になるかもですけど、後半角さんに代わって入った渡辺さんだったら、広沢さん呼んで守備三枚でやった方が良さそうに感じちゃいますよね」


 栗山の意見に伊東が面白いと言った。

 だがそれはちょっと無理があると小川が指摘。


「今日の尾花さんの感じじゃあ、守備を三枚にしちゃったら、いよいよもって球なんて来なくなっちまうよ。やっぱり俺は問題は中盤だと思うなあ」


 そもそも角にしても渡辺にしても、攻撃的な中盤で純粋に守備的な中盤という選手が今はいない。

 本格的な守備的な中盤の選手。その獲得が急務だと思うと小川は言った。


「外国人選手がそんな選手って聞いたんだけどな。いったいどうなっちまったのやら」


 缶の麦酒の蓋を開けて広沢が言った。

 小川が周囲を見ると、秦と伊東も麦酒を呑んでいた。小川も冷蔵庫に缶麦酒を取りに行く。


「パウでしたっけ? 今日補欠にも入ってませんでしたね。何かあったんですかね? 神のお告げが降りたとか言って帰っちゃったとか」


 伊東が冗談を飛ばすと、高野、池山、栗山の三人が一斉に笑い出した。

 そんな奴いたなあと言って広沢が大笑いした。


「もしかしたら、嫁さんが帰りたいって泣き出したとかかもしれんぞ?」


 そう広沢が冗談を飛ばすと、高野たちはさらに爆笑した。

 そんなのもいましたねと言って荒井が大笑いした。


「そういえば、球が飛んでくるのが怖くなったとか言って帰っちゃったやつもいましたよね」


 荒井の冗談に、いたいたと言って全員大爆笑であった。

 お酒が入っている面々は笑いが止まらない。


 散々笑った後で荒木がため息交じりで言った。


「そんなんに、うちの球団いくら払ったんでしょうね……」

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