第17話 連絡待ってるから
返済の日が近いという事で、雪降る中、荒木と美香は返済先の銀行に行き返済をした。
荒木の契約金の約八割。それが安達荘の負債額の三分の一という事なのだが、それにしてもなかなかの金額だ。
美香だけでなく、両親もこの額の借金を背負っているのだとしたら、いったい二人は今頃何をしているのだろう?
借金を代わりに返済した荒木には、それを美香に聞く権利はあっただろう。だが申し訳なさそうに俯く美香に、とてもではないがそんな気にはなれなかった。
美香の家に行きたいと荒木は再度希望した。話によれば少なくとも苫小牧に住んではいるらしい。しかもそれなりに駅に近いところに。
だが美香は、それだけは絶対に嫌と言って拒絶。
部屋の散らかりとかは気にしないと言ったのだが、それでもなお拒絶された。
昨晩が初めての行為だという事は荒木にもなんとなくわかってはいるが、こう強固に拒絶されてしまうと、別の男がいるのかもという気になってしまう。
美香から金を巻き上げている質の悪いヒモが。
「もしかして、家に誰かいるの?」
そう荒木がたずねた事で、美香もその事に気が付いたらしい。しまったという顔をする。その後で耳を赤く染めて俯いた。
「そうじゃないの。その……見られるのが恥ずかしいボロボロの借家なの……雨露が辛うじて凌げる程度の。だから、その……」
膝の上で指をもじもじさせて恥ずかしがる美香の姿から、恐らく嘘はついていないという事はわかる。
だが荒木は少しだけ美香を試した。
「ねえ美香ちゃん。俺さ、日高の寮にいるんだよ。美香ちゃんも日高に引っ越して来ない? そこで仕事探してさ。短期労働しながらやりたい事を見つけたらどうだろう?」
そうすれば休みの時には一緒に遊びに行けるじゃないか。そう荒木が微笑むと、美香は表情をぱっと明るくした。
少し恥じらいながら首を縦に振った。
「じゃあさ、引っ越しの日が決まったら教えてよ。引っ越し手伝いにいくからさ」
荒木の申し出に一度は嬉しそうにありがとうと言って微笑んだ美香だったが、すぐにふるふると首を横に振った。
「だ、か、ら、荒木君にあのボロボロの部屋を見られたくないんだったら! もう!」
拗ねた顔をする美香に、荒木はそう言えばそうだったと言って笑い出した。
じゃあ、部屋が決まったらさっき渡した電話番号に電話してと言って、荒木は日高に帰った。
日高に帰ると、先ほどまで降り続いていた雪は止んでおり、街の景色を白く塗り直しただけとなっていた。
寮に向かうと、小川と荒井が寮の周りの家の前を体力作りだと言って除雪していた。秦と伊東も近所の老人の家に雪かきに行っているらしい。
荒井が荒木が帰って来た事に気付いたらしく、小川に合図した。
雪かきの円匙を積もった雪にざくっと刺し、腰をぽんぽんと叩きながら、小川は荒木が来るのを待った。
「ずいぶんと遅いお帰りじゃねえか。どうやらあの娘とお楽しみだったとみえるな。口元に紅が付いてるぞ?」
小川の指摘に、荒木は露骨に焦った顔をし、口元を必死に袖でぬぐった。
それじゃあ楽しんで来ましたと報告しているようなものと荒井に指摘され、荒木はしまったという顔をした。
荒井に雪かきを任せ、小川は荒木と共に寮に入った。すると、寮の雪かきをしていた広沢も大広間にやってきた。
小川に珈琲を淹れるようにお願いし、広沢は荒木を正面の椅子に座らせた。
小川が三人分の珈琲を淹れて持って来る。
三人無言のまま、まずはその珈琲をすすった。
「あの娘なんだろ? 例の伊達町の民宿の娘ってのは」
少し嬉しそうな顔で荒木は頷いた。
その表情で、自分たちが別れた後、それなりに良い方向に話がまとまったのだという事を広沢と小川は察した。
「やっぱあれか、借金か。まあ、それしかねえよな。あの寒空の下、あんな際どい恰好してあんな風な男と揉めるって。で、どうしたんだ、あの娘とは?」
最終的に借金を肩代わりして返済した事を告げると、広沢も小川も腕を組んでうなってしまった。
気持ちはわかる。
荒木が高校時代から恋焦がれていた思いの女性だというのも理解はする。
だが、仮に両想いだったとして、それでも借金を肩代わりするのは駄目だと思うと小川も広沢も言った。
「あのな荒木、社会に出たらな、金ってのは住む世界を表す物差しなんだよ。お前はその娘に、俺とお前は住む世界が違うって事を示しちまったんだよ」
広沢の指摘に荒木は愕然とした。
そんな荒木に小川もため息を漏らす。
「相手は今頃、どうやってお前の前から逃げれるかって考えてると思うぞ。お前と一緒にいるための収入をどうやって捻出しようって考えて、借金を踏み倒せば自由になれるなんて考えてると思うなあ」
同情するような目で見てくる小川に、荒木は俯いてしまう。
だがすぐに顔を上げ、それでも良いと言い切った。
「もし美香ちゃんがそんな娘なら、あのお金は謝礼金って事で良いですよ。でも俺は美香ちゃんはそんな娘じゃないって信じてます。きっと携帯電話に連絡くれるって信じてます」
そこまで荒木が言っても、広沢は懐疑的であった。
お金の問題で荒木が変な集団と問題にならないと良いがと広沢と小川は危惧している。
実際にそういう話は、職業球技の世界では履いて捨てるほど聞く話だから。そういう事で身を滅ぼした例も、曜日球技の選手たちからはよく聞く話だから。
よくあるのはやくざ絡みと麻薬絡み。変にお金があるものだから、金蔓、太客だと思われるのである。
美香という娘がどんな娘かはわからない。だが、その娘が荒木の連絡先をそれなりのお金でそういう悪意のある者たちに売ったとしたら。
荒木が選手として潰されるだけじゃない。下手をしたら球団を巻き込む大騒動に発展してしまうかもしれないのだ。
「荒木、一月だ。一月その娘から連絡が無かったら、携帯電話の番号を変えろ。いいな」
荒木の目をじっと見て、そう広沢は指示した。
だが、荒木は困惑する顔をする。
「いや、あの……美香ちゃん資金の問題で、一月では引っ越しできないかも……」
荒木の返答に、広沢と小川は椅子からずり落ちそうになった。
椅子に座り直した広沢が、改めて真面目な顔を作った。
「それなら二月でも三月でも良いよ。いや、三月にしよう。そこまでに連絡が無かったらという事にしよう」
これは誰の為でもない、お前のためなんだと広沢は説得した。昨日一晩、赤坂さんも含めて十四人で出した結論がそれなんだと。
十四人の総意。
十四人もの人が自分の事を心配して出してくれた結論。
そう考えたら、荒木には拒む事はできなかった。
「わかりました。そうします。それでも、俺は美香ちゃんを信じてますから」
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