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第14話 苫小牧まで飲みに行く

 赤坂調教師もできればどこかで選手たちの懇親会に参加したいと考えてくれていたらしい。伊東が誘うと二つ返事で了承してくれた。

 荒木たちは赤坂と共に電車に乗り苫小牧の繫華街へと向かった。


 北国は八つの郡からなっている。

北府、旭川郡、宗谷郡、網走郡、釧路郡、十勝郡、室蘭郡、函館郡。

荒木たちの寮がある日高は十勝郡で、以前、合宿に行った伊達町は室蘭郡。


 北国の国府は北府で、北府と函館市がとりわけ大きな都市である。港湾都市である苫小牧市は北国ではそれに次ぐ大きな都市となっている。

 十勝郡は日高山脈という南北に連なる山々で分断されており、郡府である帯広市から日高市まではかなり距離がある。そのため、荒木たちも近くの街というと、すぐ近くの苫小牧市を利用している。


 開拓時代の北国は今の函館郡の南部くらいしかなかった。その頃は北府も函館に置かれていた。北国では熊のような大型肉食哺乳類が闊歩しており、雪も深く、住環境としては厳しくて、なかなか開拓が進まなかった。

 その後、呂級の竜が送り込まれ、徐々に開拓地が広がっていく。北府まで開拓が広がっていく事になるのだが、その途中で開拓の拠点となったのが苫小牧である。


 そんな関係から北国の発展と共に苫小牧も栄えていった。

 人が集まれば、そのための施設も集まる。施設が集まれば繁華街ができる。当然、その中には歓楽街もある。

 今ではお金に余裕さえあれば、朝から翌朝まで遊べる街となっている。



 荒木たちは事前に予約しておいた歓楽街にある一軒の飲み屋に入った。

 大衆酒場というには少しだけ小綺麗な佇まいの店ではあるが、正直、日高で呑んでもあまり変わらないのではと荒木は感じていた。


 だがお品書きを見て考えは変わった。

 いつも行く居酒屋と違って、なんだか料理がお洒落。焼き鳥一つとっても、平皿にただ並べて置かれているだけでなく、乳草の上に置かれていて、横には小さな赤茄子が添えられている。いつもなら練り辛子が置かれている場所にである。


 どうやら事前にある程度色々と注文していたらしく、席に着いて人数に変更が無い事を告げると、最初に麦酒が運ばれ、次々に料理が運ばれて来た。

 残念ながら池山たち未成年者は麦茶である。


 全員を代表して乾杯の音頭を広沢が取ると、皆一斉に料理に箸を伸ばした。

 何の魚の刺身かはわからないが、とにかく美味。帆立の貝柱の刺身は絶品。北寄貝も旨いし、海老も旨い。


 ある程度酒宴が進むと、宴席の話題は赤坂の事になった。


 ――赤坂は『渓谷会』という会派に所属する調教師だったらしい。

 競竜には二四の『会派』と呼ばれる竜主集団があり、その会派が調教師を専属のように抱えて竜を預けている。


 競竜は下から、仁級、八級、呂級、伊級と四つの級がある。それとは別に呂級と伊級の交流の級として止級がある。最近聞こえて来た話では、呂級、伊級、止級の扱いは少し変わるかもしれないという事であったが、まだそこまでなってはいない。


 昇級制という事は、昇級の早さである程度その人の実力が測れてしまうという事になる。昇級が遅ければ期待薄、逆に早ければ期待大という事になるだろう。


 赤坂は調教の腕は一級品であった。だが残念ながら厩舎運営が壊滅的に下手だった。

 厩務員の対立を解決できず、毎年のように厩務員が辞めていく。新たに採用しても、数年で辞めていってしまうという状況であった。


 専属騎手がいたのだが、とにかく腕が悪かった。同じ渓谷会の調教師から、別の騎手を契約しろと言われたのだが、なかなかそういう判断が下せず、なかなか勝ち星を稼げずにいた。


 それでも呂級までは上がったのだが、思った以上に年数がかかってしまい、会派からの評価はすっかり落ちてしまっていた。そうなれば、良い竜も預けてもらう事はできない。


 呂級昇級の年、成績が最下位に沈み、翌年も下から二番目。八級に降級する事になってしまった。それで心の折れた赤坂は、潔く厩舎の解散を選択したのだそうだ。


 どこか伊級の調教師のところに行き、副調教師にでもしてもらえたら。そう赤坂は会派の担当と話していた。

 ところがそんな赤坂に会派は別の道を紹介してきた。それが見付球団の調教師であった。


 現在、淡河おごう調教師という方が一軍の調教師をしているのだが、高齢で後継者を探している。淡河の代わりになる調教師がいたら紹介して欲しいと球団から相談を受けていたらしい。


 赤坂としては非常に悩んだ。

 一軍の調教師ならまだしも、二軍の調教師では給料も知れている。それよりは伊級調教師の下で副調教師をした方が金は良い。


 調教師を廃業してから、赤坂は同じ会派の呂級調教師の手伝いをして食い繋いでいた。そこに客人が訪ねて来た。

 その客人の名刺に赤坂は目を疑った。その名刺に書かれていた名前、それは『見付球団代表取締役社長 松園忠典』であった。


 松園は赤坂に現在の見付球団が置かれた状況を滔々と語った。そしてそれが終わると、球団をこうしたい、ああしたいと熱く語った。最後に、その目標達成のためにはあなたの力が必要なんだと説いて手を取った。


 翌週、赤坂は詳しい話を聞こうと見付球団の事務所へと向かった。

 期待などできないと思っていた給料だったが、思っていた以上に高額だった。

 通された会議室の壁のヒビ割れを見れば、この球団の財務状況はお察しである。恐らくは球団からしたら上限ぎりぎりの値段だったのだろう。


 『金額はそのまま相手の評価』とはよく言うけれど、それだけじゃない何かがあるかもしれない。そう感じた赤坂はその場で契約書に署名した――



「だからね、選手の皆さんには頑張ってもらって、球団を裕福にしてもらいたいんだよ。その為には俺も頑張って皆さんの足となる竜を鍛える計画を練るから。だからお互い手を携えて頑張って行こうよ」


 見付球団を瑞穂一に。

 赤坂の檄に選手たちは一瞬黙ってしまった。

 酔って変な事を言ってしまったかなと呟く赤坂の手を広沢が掴む。その目は真剣そのもの。

 さらには隣に座った秦がその手の上に自分の手を乗せる。さらに反対に座っていた伊東が同様に自分の手をその上に乗せる。


「やれる! 絶対やれる! まずは赤坂さんを信じて竜を鍛えよう。そして二軍の試合に出る。そして一軍に上がる。俺たちならきっとやれるよ!」


 そう言って秦が一同を見渡すと、皆、キラキラした良い目をしていた。


 万年低迷球団、東国のお荷物、赤貧球団、散々に言われている見付球団だが、少なくとも今この場所だけは瑞穂一になれるという希望に満ちていた。



 会計を済ませ、お店を出ると、もう時刻は終電間際となっていた。恐らく終電までは一本か二本。

 乗り遅れたら大変だと言い合って、皆、苫小牧駅へと急いだ。

 そんなに早く歩いたら気持ち悪くなりそうと赤坂が泣き言を言い出している。


 駅前大通りを抜けて駅に向かって北上。

 すると、右の細い路地から男の怒鳴り声が聞こえてきた。


 何が気になったのか、荒木は足を止めた。


 男は明らかに夜の店の店員風。ぴっしりとした黒い服に身を包み、髪を整髪剤で固めている。細長い顔に切れ長の目とどこか反社の雰囲気を漂わせている。


「ふざけんなよ! お前借金があるんだろ? だったらわけわかんない事言ってないで客に特別接客しろよ! 未成年で摘発の危険犯して雇い続けてやったんだから、ちゃんと恩を返せや!」


 どうやらその男に叩かれたらしく、女性は頬を押さえて地面に座り込んでいる。その服装は大きく腰まで切れ込みの入ったスカートに、両肩部分に布地の無いまるで筒のような服と、どう見ても男性客相手の店の店員という風。


「私……そういう事は無いっていう契約で……」


 女の言葉を遮るように男は再度頬を叩いた。


 その姿をじっと見つめる荒木に、遅れていた赤坂が追いついた。


「おい、荒木君、帰りの電車無くなっちゃうぞ」

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