第13話 広沢が抜擢された
各球団は地元に竜の調教施設を持っている。
各人三頭から五頭の竜を所有しており、そこで選手たちは調教を施し、試合当日に出場登録された選手の竜が球場へと輸送される。
そこで利用される竜たちは競竜で活躍しながらも繁殖入りできなかった竜たちである。一頭一頭競竜時の名前が付けられていて、試合の際には選手の名前と一緒に竜の名前も公表となる。
当然、良い活躍をした竜は払下げも高額である。そういう竜は資金力のある球団、高給の選手へとまわされる事になる。
竜杖球の球団が、なかなか強弱が変わらないのはそういうところもあるのだろう。
調教を選手が行うという事は、竜の状態を最高に保つのも選手の大切な練習の一つとなる。それだから、新入団選手はそれに慣れる為に北国の牧場へと送られるのである。
残念ながら二軍の選手には自分用の竜がいない。いるのは二軍用の竜だけ。それ以外に牧場にも竜杖球用の竜がいるのだが、それらは全て一軍の選手たちが放牧してきた竜たちである。
当然の事ながら、一軍の選手用の竜は放牧の調整以外の事をするのは許されていない。
さらに言えば、二軍用の竜も勝手に使って練習する事は許されていない。
見付球団では一人の選手に対し竜は四頭用意されていて、どの選手も一頭を放牧に出し三頭を球場に連れて行く。
竜杖球は七人で行うのだが、うち一人は守衛で竜に乗らない。交代枠は三枠だが、補欠は七人まで球場に入れる。その補欠もだいたいの場合一人は守衛なので、竜に乗る選手は十二人である事が多い。
つまり、一試合で一球団あたり竜は三十六頭程度用意されるという事になる。
だが二軍用の竜は十五頭しかいない。
その為、合同練習の際、荒木たちは毎回同じ竜で参加している。怪我をした際の替えの竜もろくにいない。
この辺りは伊達に東国六球団で最も資金力が低いわけではない。切り詰められるところから切り詰められた結果である。
だがそのせいで、見付球団の選手たちは合同練習で明らかに精彩を欠いているように見えてしまう。このあたりの事情は沖縄球団も同様のようで、見付球団と同じような境遇となっている。
二軍の公式試合開幕に向けて、最初の合同練習が行われる事になった。
練習は最初合同で選手の体をほぐす事から始まる。その後、竜の体をほぐすように乗り運動から始まり、軽く竜を走らせる。
人も竜も体が温まったところで、選手をいくつかの班に分け、実戦練習が行われる。この際、班は所属球団の選手が混合で入るように分配される。
毎回この班決めというのは異なるのだが、事前に色々と監督側も考えているらしく、良い選手が固まらないように、かなり均衡が取れるようになっている。
ただし、初回の合同練習は新入団選手の実力がわからない。そのせいで、とんでもなく強い班ができる事がある。今回でいえば、広沢の班がまさにそれであった。
広沢は新入団の池山と同じ班になった。太宰府の選手としては、中盤の石毛と、二年目の石井という先鋒が入っていた。
練習試合が終わった時点で広沢に残るようにと指示が出た。
昨年末、それまで試合に出ていた選手が一軍昇格を果たしており、その穴埋めに広沢が選ばれる事になったのだった。
広沢以外にも、苫小牧球団から数名、沖縄球団からも数名選ばれる事になった。
寮に帰って来た広沢は同僚たちから大いに祝福される事になった。
まずは何を置いても祝賀会という事で、いつもの居酒屋『雪うさぎ』へと繰り出した。
乾杯すると皆大喜びで生麦酒を一気に飲み干した。
見付球団から二軍の試合に呼ばれるのはいつ以来の事であろう。
恐らくは三年前の尾花以来。何にしても快挙以外の何ものでもない。
「広沢さんも尾花さんみたいに今年の夏には一軍招集ですかねえ。それまでちゃんと出場を勝ち取ってくださいよ!」
そう伊東が煽ると、広沢は伊東の背をぱんぱん叩いて喜んだ。
やっぱり推測通り広沢にお声がかかったと秦もニコニコしている。
「今年から新しく来た調教師の人、あの人結構優秀だな。まだ調教始めて数回だけだけど、前より竜の動きが良い気がするもんな」
どうやらそう感じていたのは広沢だけじゃないらしく、その場の全員が頷いた。
調教師は竜の体調を見て調教の計画をたてる職業の人である。どこの球団も引退した調教師が球団に再雇用されて任に就いている。
竜の状態は直接試合での活躍に関わってくる。
その為、どこも調教師は高給取りで、基本的には監督と同程度の給料をもらっている。
ひとえに『引退した調教師』といっても年齢で辞めた調教師もいれば、成績不振で辞めた調教師もいる。
瑞穂の競竜界は、竜杖球の一軍、二軍と同じような感じで、四軍制度を敷いている。
上から伊級、呂級、八級、仁級。
それぞれ、伊級は翼竜、呂級が駆竜、八級が走竜、仁級が伏竜を扱っている。なお、竜杖球で扱うのは呂級の駆竜である。
そんな関係で、基本的にはどこの球団も引退した呂級の調教師を再雇用している。
呂級といっても上から二番目の級である。八級、仁級の調教師に比べたらその調教手腕は圧倒的である。
多くの場合、良い成績で高齢で辞めた調教師が一軍の調教師、若くて成績不振で辞めた調教師が二軍の調教師となる。
「赤坂さんでしょ。話に聞くところでは、成績不振で下に落ちそうになったから辞めたとか言ってましたけどね。前任の淡河の爺さんより圧倒的に良いですよね。あの爺さん、何言ってるかわからない時があったし」
そのくせ調教が強すぎるだの、もっと長く追えだの、後になってから怒鳴られたと小川が笑い出した。
総入れ歯だったから本当に聞き取りにくかったと秦も爆笑している。
「あの調教師さんなら、もしかしたら、太宰府の人たちにも見劣りしない竜に仕上げてもらえるかもしれんな。そうしたらさ、獅子団も成績が上がるかも」
嬉しそうに広沢が言うと、三年連続の五位はちょっとと片岡が渋い顔をした。
二軍には六球団あるのだが、昇鯉団がとにかく弱く、ここ数年連続で最下位である。
だが獅子団も全然それを笑えない。何故ならここ五年の成績は、五位、五位、四位、五位、五位なのだから。
「俺、あの調教師さんと一回一緒に飲みたいって思ってるんだよね。どんな経緯でここに来る事になったのか聞いてみてえんだよ」
年齢的には五十代といったところ。どう考えても調教師としてはまだ中堅くらいに感じる。少なくとも引退するような歳ではないはずである。しかも呂級まで行って。
それをあっさり辞めて竜杖球の調教師になるなんて、どう考えても普通の話じゃないと岩下は言った。
「じゃあ、今度俺誘ってみますよ。一緒に苫小牧まで呑みに行きませんかって」
そう伊東が言うと、秦と広沢が同時に、それはただ単にお前が苫小牧に呑みに行きたいだけだろうと指摘。
伊東は笑って誤魔化したが、たまには良いじゃないかと岩下と片岡が言い合った。
「俺たち選手は俺たちだけで活躍できるわけじゃないんだ。裏方さんあっての俺たちだぜ。今回こうして広沢が二軍の試合に呼ばれたんだから、その感謝くらいは盛大にやろうじゃんか」
そう岩下が提案すると、皆そうしようと言って盛り上がった。
よろしければ、下の☆で応援いただけると嬉しいです。