第11話 お前は俺がしごく!
洞爺湖の観光には行ったものの、三人の口数は少なかった。
室蘭で食事をとる事になったのだが、どうにも気分が重い。せっかくの旅行が台無しだと広沢は考えたらしい。
「元気出せよ、荒木。こんな事言ったらあれだけど、お前にはまだ美香って娘を探す手段があるんだから。お前が活躍すれば良いんだよ。そうすれば美香って娘もお前の事を知るようになる。きっと球場にも来てもらえるよ」
確かに広沢の言う事はわかる。
活躍すればお金も貰える。借金を肩代わりしてあげる事もできるかもしれない。
少し希望を見出した荒木は、それまでの暗く沈んだ顔では無く、わずかだが微笑みを湛えた顔になった。
「でも広沢さん、こいつ地元にも女がいるんですよ? その美香って娘もその地元の女見て身を引くんじゃないですかね? まあそうなっても、二股かけたこいつの自業自得ですけど」
そう言って小川はげらげらと笑い出した。
そういえばそうだったと広沢も笑い出した。
一人荒木だけが笑顔が引きつっている。
旅行から帰った荒木は、それまでよりも牧場の仕事に熱が入った。
さらには合同練習でも貪欲に自分を主張した。
その甲斐あってか、夏も終わり頃になると見付球団の指導員である福富が荒木を指導してくれるようになった。
とにかく竜を速く走らせられる、そして竜杖の使い方が巧み。
一見すると先鋒選手として申し分無いように思える荒木だったが、実は一つ欠点があった。
壊滅的に守備が下手。
確かに高校時代も攻撃に専念しろという指示ばかりで、守備など満足にした事が無い。それがこれまで荒木が目をかけられなかった大きな理由であった。
攻撃力は申し分ない。むしろ破壊的と言ってもいい。
だが中盤をやれる程度の守備力が無いと試合では使いづらい。
見付球団の二軍選手十人の中で唯一の後衛である小川選手に、守備の基本の『き』から教えてもらっている。
徐々に守備を学んではいったものの、そこはやはり天賦のものがあり、ちょっと守備がやれるようになったという程度までしか上達しなかった。少なくとも職人選手の域にまでは全く達していない。
夏が過ぎ秋も深まったところで、谷松、原田二人の選手が見付球団の本社から呼び出しを受けた。入団時の契約である五年を過ぎようとしているのだ。
二人ともこの五年で一度も二軍の正規選手としてのお呼びはかかっていない。少なくとも現役の続行は絶望的であろう。
これまで十人の牽引役であった二人が抜け、夕飯の席はまるでお通夜会場のようであった。
「毎年の事ながら、この時期は本当に心が苦しいよ。俺ももう四年。来年は俺たちの番って思うとたまらないよな」
片岡選手がそう言って岩下選手に話しかけた。岩下は何も言わなかったが、恐らく思っている事は同じであろう。
「ですけど、ほら、去年の渋井さんみたいな例もありますから。希望は持ちましょうよ」
そう秦が声をかけると、広沢、小川、伊東が頷いた。
昨年、渋井選手が同じように本社に契約更改で呼ばれて行った。
同期入団の尾花選手は三年目で一軍に上がり、その時点で五年目の選手は渋井だけであった。恐らくは解雇だろうから、人生の再出発を皆で祝ってあげようなどと言い合っていた。実はその時点で三年連続で契約満期退団する者が出ていたのだった。
渋井自身もそう覚悟していたらしい。ところが本社で言われたのは別の事であった。
まさかの契約切れすれすれでの一軍昇格に不覚にも涙が零れたらしい。渋井の一軍昇格を聞いた一同は飛び上がらんばかりに喜んだ。
他所の球団では自分以外は全員敵だと教え込む球団もあるらしい。聞いている限りでは東国では幕府球団と多賀城球団がそういう雰囲気らしい。
それに比べて見付球団の寮は非常に暖かい。
同じ獅子団の太宰府球団の選手から言わせると『ぬるい』という事だが、荒木はそれを『暖かい』と感じている。
同じ球団に所属する仲間が一緒にやっていけなくてどうするんだ。それが団結というものだろうと。
三日後、谷松、原田両選手は日高の寮に帰って来た。
どうでしたかと誰かが聞く前に谷松が世話になったと一同に言った。原田は送別会を開いてくれと岩下にお願いした。
寮の方に夕飯を断って、寮の近くにある居酒屋『雪うさぎ』に向かった。
生麦酒で乾杯した後で、まず谷松が挨拶をする。
残念ながら二人とも契約終了であった。
色々と二人で相談した結果、二人は球団の支援で大学に行く事になったらしい。大学の教育学部に行き、体育教師を目指す事になったのだそうだ。
これは本社に向かう移動の間に二人で相談した事であった。
もしこのまま契約終了だとしても、雇用支援が球団から受けられる。それなら竜杖球を広められるような活動をしたいと希望しようと。
「だけど、今日の今日でクビってわけじゃない。俺たちは二人で考えたんだよ。今日から退団までの間、お前たちを徹底的に指導していこうと思う。お前たちの事はこれまでよく見て来たからな」
谷松がそこまで言うと、原田がビシッと荒木を指差した。
「特に荒木! お前は俺がしごいてやる! 徹底的にだ! お前は先鋒としての守備がまるでなってねえ! それを体に叩き込んでやるからそのつもりでな」
よろしくお願しますと荒木が頭を下げると、原田はふんと鼻を鳴らす。
「見付球団を瑞穂一の球団にするんだよ! お前たちの手で! 俺たちにはできなかったが、その思いはお前たちに託していく! だから、もし駄目でも腐らず、お前たちも後に続く者たちに思いを託していけ!」
原田の檄に、全員胸に熱いものをたぎらせる。
皆一斉に麦酒に手を伸ばす。
その熱い炎に燃料をくべるかのように、麦酒を喉に流し込んでいった。
翌日から荒木と荒井が交代し、原田、片岡、秦、伊東と一緒に牧場に向かう事になった。
この五人の内、秦が守衛、他四人が先鋒である。
行きの車の中でも原田の指導があり、それに片岡が意見をぶつけた。
時には秦が守衛の視点から意見を言う事もあった。
牧場での竜の世話が終わっても、そのまま帰らずに竜を前に乗竜の談義。
時には放牧場で位置取りを指導しあったりもした。
荒木も荒木で、片岡と伊東に竜を早く走らせるコツを教えた。
片岡も伊東も難しいとは言いながらも、次の合同練習が楽しみだと言い合った。
こうして、谷松と原田の最後の二か月はあっという間に終わりを迎えた。
荷物をまとめる二人を八人がじっと見守る。
思った以上に荷物が少ない。それが八人の印象であった。
事前に大きな荷物を実家に送っているのだろうが、それにしても少ないという印象であった。
二人はお世話になったお礼にと、自分の竜杖に署名をして寮のご夫妻に贈った。
これはこれまでこの寮を利用した全員がそうしてきた事である。
寮には歴代の選手の竜杖で一杯になっている、ある意味お宝部屋がある。
その二本もそこに入れられる事になった。
「見付球団を瑞穂一に!」
二人は拳を握って寮に残った八人に思いを託した。
八人も同じように『見付球団を瑞穂一に!』と声を揃えて二人の新たな門出を祝したのだった。
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