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第7話 漕艇部へ

 翌日から荒木たち竜杖球部の十人は漕艇部に合流して同じ練習項目をこなす事になった。

 漕艇部の練習は、最初の三分の一が筋力作り、次の三分の一が船の用意と陸上での漕艇練習、最後の三分の一が水上での漕艇練習と片付け。

 とにかく尋常じゃないくらい筋力作りが厳しい。漕艇部員たちはすっかり慣れたもので、三年生ともなるとかなりの重い錘を持ち上げたり、引き寄せたりしている。二年生でもそれなり。一年生はまだ入部したところでそこまででは無いが、それでも十分練習に付いてきている。

 だが、竜杖球部の十人は全く練習に付いてこれなかった。これまで運動部として活動しているわけだから体力が無いわけではない。ただ筋力作りはそこまで本格的には行ったことがないのだ。


 最初こそ面倒でも顧問の言うように竜杖球部の面倒をみていた漕艇部の人たちであったが、一週間ほどすると露骨に邪険に扱い始めた。


「ったくよう。俺たちだって大会に向けて練習があるってのに、なんで竜杖球部の遊びに付き合わなきゃならんのだ」


 そんな声が聞こえてきた。わざわざ竜杖球部に聞こえるような声で。

 それに対し部内で一番気が短い伊藤先輩が抗議した。抗議と言っても、血気盛んな高校生。当然口ではない。

 伊藤先輩は発言者である弘田(ひろた)の胸倉を掴んでもう一遍言ってみろとすごんだ。


「なんだ、この手は? 何遍でも言ってやるよ! 何で俺たちが、老人みたいに杖ついて遊んでるやつらに付き合わなきゃいけねえんだって言ってんだよ!」


 おいやめろと藤井先輩が間に入って落ち着くように言うが、伊藤は全く落ち着く気配が無い。


「遊びだ? 俺たちだって夏の大会に向けて慣れない筋肉作りを頑張ってんだよ。訂正しろよ」


 だが弘田はそんな伊藤を鼻で笑う。


「俺たちは大会に優勝するために毎日船漕いで練習してんだよ。お前らなんか竜に乗ってるとこすら見ねえじゃねえか! よくそんなんで『夏の大会』なんて言えたもんだな!」


 弘田がそう言って煽ると、別の部員が今年の夏とは限らんだろと言って笑い出した。


「ああ、そうか! 夏って来年か! 全員留年すんのか、なるほど、そいつはすまなかった」


 げらげらと笑う漕艇部に、竜杖球部は全員拳を握りしめて睨みつけている。


「あん? そのひょろひょろの腕で喧嘩して勝てると思うならかかってこいよ」


 漕艇部部長の有藤(ありとう)が口元を歪めて人差し指をくいくいと曲げて挑発してきた。まさに一触即発。


 そこに、みんな頑張ってるかなと能天気な声を発しながら広岡先生が入ってきた。


「……お取込み中だったみたいね。また後で来まぁす」


 そう言って逃げ出そうとする広岡に、竜杖球部全員がちょっと待てと引き留めた。あんたは教師なんだから逃げるのはまずいだろうと宮田が冷静に指摘。


「だってぇ、私にどうしろっていうのよぅ! こんな大人数の喧嘩なんて止められるわけないし、もし報告なんてしたら誰かしら停学になって部は即廃部なのよ? 見なかった事にするのが一番じゃない」


 他に何か良い案があるなら教えてちょうだいと広岡は腰に手を当てて言い切った。

 ……若干居直りに見えなくもない。


「ふん、良かったな母ちゃんに間に入ってもらえて。あのまま喧嘩してたら大怪我して廃部だもんな! 竜杖球ってのはとことんだせえな!」


 漕艇部の有藤部長がそう言って広岡を笑い飛ばすと、再度竜杖球部の面々は拳を握りしめて漕艇部を睨みつけた。


 ぱしっ


 突然広岡が有藤の頬を引っ叩き、竜杖球部の部員は驚きで口をぽかんと開けた。


「誰が母ちゃんよ! 誰が! 私はまだ(かろうじて)二十代なのよ! せめてそこは姉ちゃんでしょうが! ほんと口が悪いわね! 山内(やまうち)先生の指導はどうなってるんだか」


 竜杖球部の面々は、口にこそ出さなかったが、怒るところはそこなのかよと思っていただろう。


 有藤は顔を真っ赤にして激怒し、広岡の首に手をかけて壁に押し付けた。完全に自我を失い、犯してやると言って広岡の首を持ち上げ出してしまった。他の漕艇部の部員が止めろ止めろと言って有藤を取り押さえようとするが、有藤は全く聞く耳持たず広岡の首を絞め続けている。


 その有藤の右肘を荒木は下から持ち上げるように押し上げた。荒木の右手は広岡の首を押さえている有藤の右手首を掴んでいる。そのせいで有藤は右肘を変な方向に曲げられる形となり、広岡の首から手を離した。


「先輩、うちの顧問が叩いた事は部員の俺たちが謝りますよ。先輩だって散々うちらを中傷したんだから、お相子でしょ。それに、こんな丘程度しかない胸犯したって面白くないんじゃないですか?」


 有藤は鼻で笑うと左手を広岡の首から離した。広岡はこほこほと咳込んで、少し喘鳴もさせている。

 そろそろ次の練習に行きましょうと言う荒木に、有藤も少し馬鹿馬鹿しくなったようでその場を離れようとした。


 だが、後ろで再度パチンと何かを叩いた音が鳴り響く。


「ちょっと荒木君! 今のどういう意味よ! 何よ『丘程度しかない胸』って! 見た事も無いくせに、よくそんな事が言えるわね!」


 叩かれた背中を押さえながら、そんなに言うなら見せてみろと荒木。見せるわけないと胸を押さえて睨む広岡。見せろ見せろと大合唱の竜杖球部の面々。そこに乗っかる漕艇部の面々。

 全員の視線が広岡の胸に注がれる。


「お前ら何遊んでるんだ! 筋肉作りが終わったならさっさと次の項目に移らんか! 広岡先生も生徒たちと遊んで部活の邪魔するんなら竜杖球部の受け入れを拒否しますよ!」


 山内先生の怒声が調整室に鳴り響いた。硝子窓がびりびりと音を立てる。


「……何で私が悪いみたいになってるのよ」


 納得いかないと言って、叱られた生徒のようにぶつぶつ文句を言う広岡を山内はじろりと睨みつけた。


「お前ら竜杖球部に言っておくけどな、うちらはお前たちが漕艇部の練習に慣れようが慣れまいがどうでも良いんだよ。お前たちがここで何を掴んでいくかが問題なんだぞ。一人一人その事をよく考えろ」


 山内は諭すように荒木たちに向かって叱りつけた。

 広岡はこれまで部員には何も説明してくれていないのだが、どうやら山内には何かしら説明をしているらしい。そして山内も意図を理解して自分たちを受け入れてくれているという状況らしい。

 普段はどこか女子大生気分の抜けきらない、あんなお茶らけた感じではあるのだが、恐らく広岡は自分たちからは見えないところであちこちに頭を下げてまわっているのだろう。



 その日、そこから荒木は広岡の事を考えながら部活を行い続けた。

 よくよく考えたら、顧問の教師が生徒をまともに指導しなくてはならないという事はないのだ。教師の仕事は日中の授業であって、部活はあくまで活動の一環に過ぎない。

 広岡からしたら、女子篭球部で顧問をしているのだから、竜杖球部は兼務でも良かったのだ。どうせ夏の大会には登録人数不足で参加は困難なのだから。女子篭球部からしたら実に迷惑な話であろう。


 自分たち竜杖球部は全員まだどこかで夏の大会には参加できないのだろうと思っている。そんな状況にも関わらず女子篭球部を別の先生に委ねてまで竜杖球部の顧問を引き受けてくれた。もしかしたら今大会出場ができると信じて動いているのは広岡だけかもしれない。


 何か考えがあるようだし、その為の何かを考えていると本人は言っている。前回といい今回といい、自分たちと絡んではどこか損な目に遭っている広岡だが、一体何がそこまであの先生を動かしているんだろう。


「よくわかんねえな……」


 そう呟き、荒木は櫂を持つ手に力を込めた。

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