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第8話 気晴らしに旅行に行こう

 あれだけうず高く積もっていた雪は綺麗さっぱり消えて無くなったが、白き氷の精はまだまだ北の大地からは完全には去ってくれてはいない。ただ着実にその頻度は落ちている。


 荒木たちは相変わらず、牧夫なのか竜杖球の選手なのかよくわからない生活を送り続けている。

 最初はこんな事をしていたら気が付いた時には取返しのつかない状況になっているのではという焦りもあった。この先どうなってしまうのだろうと不安もあった。だがそれも徐々に薄れていった。


 入団初年度で一軍昇格したという選手の話を一人も聞かない以上は、焦ったって仕方がないと思うようになった。

 岩下選手から若松選手の話を聞いたのも大きかった。


 若松選手は育成枠という事で契約し、大学に四年行った後で正式入団し北国に送られた。そこから一年、一切二軍の試合に呼ばれる事はなかった。

 獅子団の太宰府優遇は別に今に始まった事ではなく、その頃から何ら変わらない。


 しかも当時から見付球団は得点力不足にあえいでおり、一軍から要請が来るのは先鋒と中盤の選手ばかり。

 一軍からの要望が『点の取れそうな選手』となれば、二軍の指導者もそういう選手の育成に力を入れるというものである。

 後衛の若松選手はろくな指導もされなかった。


 ところが入団二年目、その雰囲気が大きく変わった。

 監督が変わったのだ。


 五点とっても六点取られるのでは意味が無い。一対〇でも勝ちは勝ちだと豪語した監督によって、二軍だけじゃなく他球団からも後衛の良い選手を探す事になった。

 そこで真っ先に白羽の矢が立ったのが若松だった。


 一軍昇格からの即先発。

 大活躍からの不動の先発。

 そして瑞穂代表入り。

 流れるように栄光の階段を駆け上がり、今や見付球団の顔となっている。


 今自分が陽の目を見ないのは球団の方針の為。

 きっとそのうち流れは変わる。

 だからじっとその日を待とう。

 そう思うようになっていた。



 そこからさらに月日は流れた。


 牧場で牧夫のような生活を送りながら、荒木は自動車学校に通い運転免許証を取得。竜の羽化と産卵季節も終わり、牧場もひと段落したという事で、休みを貰って荒木の運転で夏の北国を満喫しに行こうという事になった。


 荒木、小川、広沢の三人で小川の車に乗り込み、苫小牧、室蘭、最後は洞爺湖に行って帰って来るという食い倒れ旅行である。

 宿に関しては広沢が取ってくれて、三人でここでこれが食べたい、あれが食べたいとわいわいとはしゃいだ。


 とにかく北国は広い。

 左手に海原を見ながら、車の窓を全開にして、入り込む少し冷ややかな風を楽しみながら、三人はひたすら西に進路を取った。


 お昼には苫小牧に到着。

 苫小牧といえば海鮮、特に北寄貝だと言って、三人は寿司屋で北寄貝の寿司に舌鼓。そこから少し南下し登別の温泉宿で一泊する事になった。



 その日の夕食での事。

 生麦酒を片手に食事を突いていた。

 すると小川が、実は荒木が入ってくると知って、自分は酷く驚いたという話をしたのだった。


 小川は浜松の秀優しゅうゆう学園出身で荒木の一歳上。荒木たち福田ふくで水産高校とは別の組に入り、そこで優勝して郡代表となった。

 当然、花弁学院との乱闘の話は知っている。


 昨年まで全くの無名校が決勝に進出したというだけでも驚きであった。

 それが決勝で強豪花弁学院に先制していたと聞く。

 最終的には乱闘騒ぎがあり、福田水産は棄権を余儀なくされたと聞いた。


 そこまで聞いた広沢はそんな事があったのかとかなり驚いた顔をした。

 広沢は鞍ヶ池高校の出身で、もうその頃北国に来ていた。母校が福田水産とかいう無名の高校に敗れたというのは高校時代の知人から聞いて知ったのだそうだ。


 そんな事よりも、その二月後、福田水産に職業球技協会の名物会長である渡辺会長が謝罪に訪れたという報道があった。広沢としてはそっちの方に気を取られていた。


「その無名校を一躍強豪校にのし上げたのがこの荒木なんですよ。俺も当時は福田水産の十番としか名前知りませんでしたけどね」


 小川は広沢にそう説明した。

 そうなると広沢には一つ疑問が浮かぶ。

 なんでそんな選手がうちの球団に入ったのか?

 どう考えてもそこまでの選手であれば、幕府球団や稲沢球団からお声がかかりそうなものなのに。


「そこなんですよね。だからうちに来るって聞いて俺は驚いたんですよ。幕府や稲沢からも当然お呼びはあったんだろ? なんでうちだったんだ?」


 小川の質問には答えず、荒木は当時福田水産でどんな事があったのかから語った。

 竜もおらず、校庭も使わせてもらえず、漕艇部で竜に乗る感覚を覚えた話、送球部で連携を磨いたという話、それだけだと実際に竜が操れないので春休みを使って牧場に合宿に来たという話。

 そして、問題の花弁学院との一戦。そこで頭骨を砕かれて救急車で病院に運び込まれた選手が出たという話をした。


「あそこな。俺も二年の時に対戦した事あるんだけど、審判が見てないと思うと竜杖で殴ってくるんだよな。うちもそこで怪我人が出たよ」


 広沢も少し苛つきながら当時の話をした。

 小川は対戦の経験が無いらしく、酷い話だと相槌を打っただけであった。


「でもすげえな。その顧問の先輩って人。羽化の季節に牧場の人手が足らないってのは北国じゃあ有名な話だけど、高校生を働き手として受け入れちゃうんだな。しかも合宿だって名目で」


 秀優学園では考えられない話だと言って、小川はゲラゲラ笑い出した。

 鞍ヶ池でも考えられないと言って広沢も大笑いであった。


「そういえば、確かここから少し南に行ったところが室蘭なんですよね? じゃあその合宿してた伊達町ってそこからすぐ北西のところですね。そこのお世話になった民宿の人に卒業したら会いに来ますって言ったんですよね」


 安達荘というぼろぼろの民宿と、土井牧場の土井さんに会いたい、お世話になった伊原牧場にも寄ってみたいと荒木は嬉しそうに言った。

 洞爺湖に行く時間が無くなるからどれか一つにしろと小川に叱られ、ならばと荒木は安達荘を選んだ。合宿先として本当にお世話になったからと。


 そこから荒木は合宿での話を始めた。

 とにかく顧問の広岡という先生が奔放で、自分たちをそっちのけで毎晩夜遅くまで酒盛りをしていた。しかもその飲み代は自分たち部員が労働したお金。さらに教頭も来ていて、同じように酒盛りに参加していた。

 そんな荒木の話に広沢と小川は終始大笑いであった。


「別に隠す話じゃないと思うから言っちゃいますけど、実はその広岡先生って、若松選手の奥さんなんですよ!」


 そう言って荒木はゲラゲラ笑うのだが、小川と広沢は嘘だろうと言って目を丸くして驚いている。世の中は意外と狭いもんだと広沢は呟いた。


「それが一番の驚きではあるけど、あの若松選手が貧乳好きだってのも驚きだな。いやあ、あれだけの人なんだからもっとこう色々と選べただろうにな」


 そう言うと小川は自分の胸に手で山を作った。それを見て荒木も広沢も爆笑であった。


 宴もたけなわという事で、そこから三人はもう一度温泉に入り、初日の日程を終えたのだった。

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