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第6話 卒業!

 うちの学校から職人選手が出る。それだけで校内の喧噪は凄まじかった。


 将来新聞を賑わす選手になるかもしれない、何か貰えば将来何かしら価値が出るかもしれない、将来何かあった時に便宜をはかってくれるかもしれない。

 連日荒木の回りは人だかりができていた。


 同じように史菜の周囲にも人だかりができていた。

 将来有名な放送員になるかもしれない。あわよくば電脳に出ている人と知り合いになれるかもしれない、そんな淡い期待で女子だけでなく男子にも取り囲まれている。


 史菜は結局、幕府の放送局に行く事になった。

『瑞穂球技放送』

 朝から晩まで瑞穂中の球技を報道する放送局である。


 本人としては不本意であったらしい。

 数ある勧誘の中から史菜は『三遠放送』を第一希望としていた。三遠郡だけの情報を朝から晩まで報道する地方放送局である。単に地元だからという理由で。


 だがよく考えなおせと担任から諭された。給料の桁が違うのだから全国放送、最低でも東国放送局にいくべきだと。

 ところが史菜は金より地元と意地を張った。

 頑として聞かない史菜に困った担任は、急遽相談があると言って家族を呼び出した。


 母も史菜の進路については詳しく聞かされていなかったらしい。単に放送局から勧誘があったから放送員になると聞かされていただけだった。


 担任から事情を聞かされ母は激怒。家から離れたくないなら自分が付いて行くからお金の良い放送局を選びなさいと、教師の前で史菜を叱りつけたのだった。

 史菜が地元の放送局を選んだのは、純粋に荒木が見付球団に入ると言ったからである。家を離れたくないというわけではない。


 渋々、妥協に妥協を重ねて史菜が選んだのが瑞穂球技放送であった。

 それすらも担任は良い顔をしなかった。

 普通の報道が主体の放送局に行って欲しい。そう言って、この辺りでは駄目なのかと別の放送局を推薦した。こんなにお金が違うんだぞと言って。


「そんなの単に先生や学校の見栄の問題でしょ? 私、先生や学校の為に放送員になるわけじゃありません。もし私がすぐに嫌になったら先生は責任取ってくれるんですか?」


 母親が来ているから言う事をきかせられると担任は考えたのだろう。

 だが史菜は真正面からその邪な思惑に対して拳を叩きつけた。

 母親も史菜の意見の方に同調。担任も引き下がるしかなかった。


 実は史菜が瑞穂球技放送を選んだのには理由があった。

 競技系の放送局はいくつもある。球技系に重きを置く局もあれば、競技選手を呼んで面白おかしい番組を放送する局もある。曜日球技はそれ専門の放送局を持っている。


 勧誘者が来た時、その説明の中で瑞穂球技放送だけが、もしこの競技を専門に担当したいというのがあれば、なるべく希望に沿うようにしていきたいと言ってくれていたのだそうだ。



 月日はあっという間に流れ、卒業式の日を迎えた。

 卒業式の後は卒業写真に著名を集めるのが瑞穂の多くの学校の風景である。当然のように荒木と史菜の前には大勢の同級生が列をなしている。さらには隣の学級の杉田にも。


 杉田は竜杖球の職業球団からの勧誘は無かったが、昨年の宮田のように、篭球の職業球団から勧誘があった。ただし即戦力という事ではないから大学で学びながら篭球をして欲しいという事であった。つまりはそれも昨年の宮田と同じである。


 それでも職業球団から勧誘が来た事には変わりは無い。

 杉田の首には襟締めが無かった。卒業式から帰ってすぐに早くも襟締めをしていなかった。史菜も襟締めをしていないし荒木もしていない。


 福田ふくで水産高校では昔から卒業する恋人から襟締めを貰うというのが風習となっている。

 実は昨年の浜崎たちも部室に来た時には全員襟締めをしていなかった。

 ……逆にこの時点で襟締めをしていると格好悪いという事で鞄に入れているという人もいるのだが。



 著名が終わるのを見計らったように石牧が荒木を呼びに来た。

 教室を出ると杉田と福島にばったり出会った。


「ったくよう。あんなに竜杖球頑張ったのに、なんで竜杖球からはお声がかからず篭球から勧誘が来るんだろうな。そういうのは篭球部のやつにしてやれよって思うよ」


 彼らは二年半もそれ一本でやってきたのに、片手間の自分が勧誘されたらバツが悪いと杉田は苦笑い。片手間なのにあれだけやれたというところを評価されたのではと言う福島に石牧も賛同した。


「勧誘者にもそう言われたよ。荒削りだが非常に高い素質を感じるってな。しかし、この海辺の町から来年は山奥暮らしとはねえ」


 杉田が篭球の職業球団から勧誘を受けたという話は聞いていた。だがどことまでは聞いてはいなかった。まさか、信濃郡の上田球団とは。大学も上田の大学に進学なのだそうだ。



 部室に着くと、すでに一年生は全員勢ぞろいしており、戸狩と大久保も来ていた。


 夏の大会以降、部員たちは篭球部と送球部での練習に加えて、漕艇部にも定期的に行っているのだそうだ。

 漕艇部の船の不安定さが竜に乗る感覚に近かった気がすると一年生たちが言い出し、武上先生が山内先生に頼んでくれたらしい。

 今年の夏の大会では東国予選にこそ行けなかったものの、漕艇部も成績が良かったらしい。

 東国代表となった部の頼みは断れないと『かりんとう』こと山内は快諾してくれたのだそうだ。

 武上と話をする時の山内は鼻の下がだいぶ伸びていたと貝塚はけたけた笑った。


 少し遅れて川上教頭と武上がやってきた。


 川上は部員たちを静かにさせると、荒木をちらりと見て、実は凄い報告があるから聞いて欲しいと言った。

 川上が話すのかと思いきや、説明を武上に振った。


「実は、来年から見付球団のご厚意で見付球団の練習場を使わせていただける事になりました! もちろん毎日というわけにはいかないし、他の学校との兼ね合いもあるんだけど、でも利用許可をいただく事ができたの!」


 武上が嬉しそうに報告すると、一年生たちは飛び跳ねん勢いで大喜びした。

 だが二年生の三人は少し複雑な顔をしている。そんな二年生に、嬉しくないのかと樽井がたずねた。


「嬉しいよ。当たり前じゃん。だけど、もしかして荒木さんが幕府と稲沢を蹴って見付球団に入ったのって、うちらにその練習場を使わせるってのがあったからなんじゃないかって思っただけだよ」


 大久保の言葉に、樽井は「あっ」と声を発した。

 全員の視線が荒木に注がれる。


「この事は俺が見付球団を選んだ事とは別だよ。この環境であれだけの成績が出せるならもっと竜に乗れればもっと良い成績が出るだろうって事らしいよ。俺が見付球団を選んだのは、純粋にあそこだけが提示してくれた契約金に目がくらんだからだ」


 そう言ってのけた荒木を川上と武上は非常に冷たい目で見ている。

 信じられない馬鹿と武上が呟く。

 あれほど情に流されるなと言ったのにと川上も呟く。

 その二人の態度で部員たちはどうやら本当の事らしいと感じた。だが最後の部分は確実に嘘だろうと誰もが察した。


「とにかくだ、うちの球団がそこまで言ってくれたんだ。来年は今年以上の成績を出してくれないと嫌だぜ」


 荒木がそう言うと部員たちは思い思いに気合を入れた。荒木さんの顔に泥は塗れないと盛り上がった。


 そこからはもう、みんな興奮しすぎて収集が付かなくなってしまった。



 最後に、戸狩から夏の大会までの半年は本当に楽しかったという一言が語られ、大久保が代表してお世話になりましたと言ってお辞儀をした。


 それまでずっと我慢して気丈に振舞っていたのだろう。貝塚が感極まって荒木にしがみ付いて泣き出してしまったのだった。

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