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第4話 どこの球団にするべきか

 各球団の勧誘が来てから早一月が過ぎた。

 だが未だに荒木は答えが出せずにいる。回答の期限は九月一杯。もう期限まで半月を切っているというのに。


 あれからまず家族に相談した。

 雅史が職人選手だってと姉の澪は噴き出して笑っていたが、両親は親身になって考えてくれた。考えてくれたのは良いのだが、父と母で意見が対立してしまい、家の雰囲気が悪くなってしまった。


 父は当然見付球団に行くべきだという意見。

 この中で唯一契約金を設定しているのは見付球団であり、つまりは地元の新星として大いに期待しているという事の表れである。他は金は出してやるから来たければ来いという扱い。求められるところに行き、大切に扱ってもらうのが良いに決まっているという主張であった。


 母は当然幕府球団に行くべきだという意見。

 給料というのはその球団がどれだけその選手を評価しているかというのを数字で表したもの。財務状態など関係無い。給料の額こそが全て。契約金などという手付金に騙されてはいけないという主張であった。


 姉も母と同じく幕府球団しかないという意見。

 雅史が職人選手として活躍できるかどうかなんてわからないんだから、貰えるものは貰える時に貰っておけというなんとも身も蓋もない主張であった。


 荒木自体、行くならその二つのどちらかだと思ってはいる。


 学級でも荒木が入団先で悩んでいるという話は話題となっており、皆好き勝手に言ってくる。

 中でも多いのは稲沢球団に行って、幕府球団を蹴散らしてくれという意見。金満球団は気に入らないから、二位の球団に入って破ってくれという事らしい。奇しくもこの辺りは稲沢球団を応援する人も多いのだからと。

 それはそれで魅力的な意見に思う。


「荒木君って最初幕府競竜場で厩務員やるって言ってたよね? それって幕府に行きたいっていう事じゃなかったんだ」


 いつものように史菜は行儀悪く前の席の机の上に腰かける。

 いつものように太腿の奥の布が視界に入る。


 修学旅行のあの一件から、史菜の下着はそれまでのものとは異なる物に変わっている。色もどこか淡い色のものが多かったのに、暗い色に変わっていて、布面積が少なくなったように感じる。

 そのせいか、どうしても視線を反らしてしまうのだった。


「あれは、ここの近くで厩務員っていうと幕府の競竜場っていうだけの話だよ。別に幕府に憧れがあるとかそういう話じゃないよ。史菜はもうどこの放送局に行くか決めたの? 幕府の放送局?」


 荒木の質問に史菜はお腹の前で指を組んでもじもじとさせる。

 何がそんなに言いづらいのか、唇を軽く噛んでは、こちらをちらちらと見てくる。


「まだ決めてないよ。荒木君が行くところの近くの放送局にしようと思って。それとも私が決めたら荒木君、そこの近くの球団に入ってくれる?」


 やや頭を傾け、悩まし気な表情で史菜は荒木の目を見つめる。

 そんな史菜から荒木は視線を反らす。


「実は本気で悩んでるんだよ。幕府球団か、稲沢球団か、見付球団か。史菜だったらその三つならどこを薦める?」


 「えっ」と史菜は驚いた声を発する。


 そうくるとは思っていなかった。

 史菜も高校に入ってから荒木のやっている竜杖球の事を色々と調べた。職業球団の試合も何度か目にしている。東国六球団の実力差のようなものも学んだし、自分たちの住む街が見付球団の本拠地なのに稲沢球団の支援者がそれなりに多いという事も学んだ。

 だから史菜も、きっとその三つのうちのどれかなんだろうなと思っていただけであった。


「お薦めとかはわからないけど、私だったらお金よりも自分を大事にしてくれそうなとこに行くかな。入ったけど使ってもらえず評価もしてもらえずじゃあ意味が無いもの」


 史菜の意見は、つまるところ荒木の父同様見付球団という事であろう。

 「はあ」とため息をつき、荒木はそのまま黙り込んでしまったのだった。



 夕飯の後、祖母が荒木に少し話があると言ってきた。


 昔から荒木はお婆ちゃん子で、祖母のいう事はどんな事でもうんと言って聞いてきた。亡くなった祖父も荒木をよく可愛がっており、荒木のどこか素直な性格というのは恐らくは祖父母の教育の賜物であろう。


 まず祖母は仏間に荒木を連れて行き、線香を立て、一緒に手を合わせた。最後におりんをチンと鳴らして、祖母の寝室に向かった。

 座布団を渡し、そこに座るように荒木に促す。

 祖母の中では荒木はいつまでたっても鼻たれ坊主のままなのだろう。書斎の引出しの中からお菓子を取り出して食べなさいと微笑んだ。


 ついさっき夕飯を食べたばかりではあるのだが、祖母に出されたら何となく口に入れてしまう。もう幼い頃から沁みついた風習みたいなものである。


「進路の事で何か悩んでいる事があるんだってね。どうしたの? 婆ちゃんに言ってみなさい」


 これまでも泣いている時や姉と喧嘩した時、荒木が弱っている時、祖母はいつもこう言ってきた。『婆ちゃんに言ってみなさい』は荒木にとって心が軽くなる魔法の言葉なのだ。


 竜杖球の職業球団から勧誘が来たのだが、どこを選んだら良いかわからないという話を荒木は祖母にした。

 祖母は優しい目でうんうんと頷いて、最後に「それは困った問題だね」と呟いたのだった。


「最後はもちろん雅君が決める事ではあるし、婆ちゃんはどこが良いっていうのは無いんだけど、入った球団が雅君の事を大切にしてくれたら良いなって願ってるかな」


 祖母の助言に、それでは何の一助にもならないなと荒木は感じていた。でも祖母らしいとも感じていた。


 好きな球団は無いのとたずねる荒木に、祖母はふふと笑って、そもそも竜杖球がどんな球技かも知らないと言い出した。だから好きも嫌いも無いんだと。


「でもね、雅君がどこかの球団に入ったら、婆ちゃんはその球団を好きになって応援するよ。毎週雅君が活躍するところを婆ちゃん電視機で見るからね」


 祖母のその発言で荒木の心の中の迷いの多くは吹き飛んだ。

 やっぱり祖母に相談して良かったと荒木はしみじみと思った。


 婆ちゃんありがとうと言って荒木が抱きつくと、祖母は頑張りなさいと言って頭を撫でた。

 いつもそう。

 荒木が小さい時から、荒木が祖母に抱き着くと、祖母は必ず毎回頑張りなさいと言って頭を撫でてくれた。


 例え姉と喧嘩しても、母に叱られても、亡くなった祖父と祖母だけは自分の味方でいてくれる。そう考えるとなんだか堂々としていられるし、多くの事は許せてしまう。


「俺、婆ちゃんに大きな電視機買ってあげるよ。一杯活躍するからさ、だから婆ちゃん、その電視機で俺の事応援してよ!」


 そう言って祖母の部屋を出ようとすると、祖母は荒木を呼び止めた。

 母さんには内緒だと言って、もう一つだけお菓子をくれた。



 翌日、晴れやかな顔で学校に登校した荒木は、史菜に絶対に他に言うなと言って、とある職業球団の名前を告げたのだった。 

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