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第3話 見付の勧誘も来た

 幕府球団の勧誘者が資料を置いて帰ると今度は稲沢球団が。その後も多賀城球団、小田原球団、直江津球団と勧誘者がやってきて資料を置いていった。

 最後に地元見付球団の勧誘がやってきた。



 東国の竜杖球の球団は、多賀城、直江津、幕府、小田原、見付、稲沢の六球団。


 竜杖球の職業球技戦が始まったばかりの頃は、全国合わせてたった八つしか球団が無かった。東国では幕府と稲沢がこの八球団時代からの球団である。


 それから徐々に球団が増えて行き、ある時を境に一部球技戦と二部球技戦という形で上位、下位の二部制が敷かれた。多賀城と見付はこの頃に参加している。


 そこからさらに球団が増え、曜日球技のようにまずは国単位で優勝球団を出し、最後にその優勝した四球団で瑞穂一を決めようという方式に変更になった。

 ただ、その時点では一番球団数が多い西国ですら五球団しかなかった。

 東国は四球団、北国と南国に至っては一球団しかなく、北国と東国、西国と南国という風に分け、全国大会は東西戦という感じであった。


 曜日球技に方式が近くなったという事で認知度がかなり上がり、東国と西国の球団が一気に増えた。直江津と小田原はここからの参加である。

 ところがその時点でも北国と南国は一つ増えて二球団だけ。

 そこで東国と西国で準備していた球団に北国と南国に転居してもらい、現在の各国六球団制となっている。


 悲しい事に、この職業球技戦への参加順がそのまま東国では強さの順となってしまっている。

 最終的に各国戦の優勝球団は、その先の戦い――全国戦へと駒を進める事になるのだが、全国戦への出場回数は幕府球団が圧倒的。次いで稲沢。

 それでも多賀城は一度だけ出場している。見付と直江津と小田原はまだ一度も出場していない。


 一つには圧倒的な支援者の差がある。

 強い球団には観客が多く集まる。観客が多く集えば、広告効果が発生し出資者が増える。さらに観客数が増となれば、応援商品などの売上も上がり、球団の収益が増となる。球団が収益増となれば、より良い給料を支払う事ができ、より良い選手を入団させる事ができる。


 幕府も稲沢も、その本拠地は大都市である。巨大企業も多い。

 幕府は国府だし、稲沢は新興の都市である。さらに『会派』と呼ばれる競竜の竜主集団が本拠地としており手厚い支援も受けられる。


 六球団の中でこの二球団の次に人口の多い都市は小田原、次いで多賀城。直江津はそれでもそれなりに多く、見付が最も少ない。


 さらに見付球団には厳しい面がある。

 直江津と多賀城には近くに他の球団がいないため、地方の雄という扱いを地元から受けている。

 ところが見付球団は稲沢球団と小田原球団に挟まれている。そのため、見付周辺の住民の中でさえ、幕府や小田原、稲沢を応援しているという人が多くいる。


 そんな各球団の懐事情が、荒木に提示された勧誘条件に露骨に反映されてしまっていた。

 最も高い給料を提示してきたのは稲沢球団。次に高い給料が幕府球団。多賀城球団も奮発したと感じ取れるような、それなりに高い給料であった。

 小田原球団と直江津球団もかなり奮発はしたであろうが、上記三球団の足元にも及ばない額であった。



 見付球団の勧誘者二人は名刺を手渡すと、他の球団と異なり、条件の提示はせずに雑談を始めた。

 失礼ながら無名な高校が二年連続でこのような良い成績をおさめられるとは思わなかった、実は弊社は昨年の郡予選から荒木選手には注目していた、そんな話から始まった。


「弊社の視察の報告では、東国予選での敗因は明らかで、乗竜経験の圧倒的な不足という事でした。失礼ながら調べさせていただいたところ、こちらの学校には竜がいないそうですね」


 これまで見付球団としては三光大付属を筆頭に鞍ヶ池高校などいくつかの高校を支援してきた。福田ふくで水産高校はそんな環境にも関わらず彼らを撃破し続けた。

 そこで、荒木君が弊社に来る来ないに関わらず、来年は福田水産高校も支援をして行こうと思ってる。来年からは見付球団の所有する練習場を定期的にお貸ししようと思っていると勧誘者は申し出たのだった。

 川上教頭と武上先生が丁寧に礼を述べると、見付球団の勧誘者は三遠郡の竜杖球の質の底上げのためと説明。


 そこまで話すと見付球団の勧誘者は喉が渇いたようで、出された湯飲みに口を付けた。


「しかし、そのような環境でよくあれだけの成績を出せましたね。奇跡と言ったら選手たちに失礼かもしれないが、正直今でも驚きを隠せません。いったい、普段どのような練習をされているのですか?」


 勧誘者の問いに、最初は言い渋った武上だったが、言える範囲で構わないと言われ、一月から大会までの練習の内容を説明した。

 勧誘者が驚いたのは、試合勘を送球部と篭球部で培ったという点であった。


「素晴らしいですね。帰ったら球団に報告しますよ。職人選手たちの練習にも取り入れてもらうと思います。しかし、竜すら無いという厳しい環境から発想力で何とか選手を鍛えようというその姿勢は感服いたしますね」


 自分の功績ではない事をべた褒めされて、武上はどうにも居心地が悪かったらしい。実は広岡美登里という前任の顧問の発想なのだと白状してしまった。


 その名を聞いた勧誘者の一人がどこかで聞いた名だと首を傾げた。だがどこで聞いたか思い出せないらしく、広岡、広岡とぼそぼそと呟いた。


「……若松選手の奥さんですよ」


 荒木の指摘で勧誘者は全てを思い出し、「あっ」と声をあげて椅子から立ち上がった。


「最初にこの高校名を聞いた時から、どこかで耳にしたと思っていたんですよ! ああ、ずっと頭の奥底でもやもやとしていたものが今やっと繋がりましたよ! それだけでも来た甲斐がありましたよ」


 そうですか、ここがと言って勧誘者は周囲をキョロキョロとした。


 雑談が終わると、勧誘者は資料だけ手渡し条件の説明をせずに帰ろうとした。

 それを川上に指摘されると、勧誘者は少し言いづらそうに二人顔を見合わせた。


「荒木選手には東国の全球団が接触していると聞いています。悲しい事に弊社には他球団と取り合うような資金力がありません。ですので、その封筒の中に提示はしていますけど、かなり見劣りする内容になってしまっていると思います」


 それでも見付球団としては破格の条件を提示しているつもり。そう勧誘者は俯き気味に述べた。


 封筒を開けちらりと条件の書類を見ると、確かに他五球団からしたら、少し見劣りする金額が記載されていた。

 だが荒木はその中のとある項目に目がいった。


「あれ? 契約金が出るんですか?」


 そう荒木がたずねると、勧誘者は苦笑いした。

 残ったお茶を喉に流し込み、勧誘者は説明を始めた。


「荒木さんは地元ですから。地元球団として契約金を提示できるんです。ただ……そんなのは一時金に過ぎませんからね。長い目で見られてしまうと給料の面で……」


 入団して活躍したとしても、最初の給料が低ければ、上昇してもたかが知れている。生涯賃金という面で見られてしまったら、最初の提示給料が多い方が良いに決まっているのだ。


「荒木君が入団してくれた事で、弊社が劇的に観客動員が増えたなんて事になればその限りでは無くなるんですけどね。我々も荒木君ならそんな人気選手になれそうという予感はするのですけどね」


 勧誘者の明け透けな事情説明に、荒木も苦笑いするしかなかった。

 その荒木の表情で勧誘者は脈無しと感じたらしい。良い返答が聞ける事を期待しますと言って退室したのだった。



「学校を卒業したら、荒木君には荒木君の人生が待っています。この学校の事は気にせず、荒木君が思う道を進んだら良いと思いますよ。一時の感情や情に流されるべきではありません。自分の将来の事ですから、じっくりと時間をかけて良く考えたら良いと思います」


 川上の言葉は、見付球団がこの学校を支援するからと言って、それとこれとは切り離して考えなさいという意味だった。

 荒木もその意味は理解できる。だが最初に幕府の言った説明が心に引っかかっている。


”契約金というのはコネのある学校から選手を勧誘する際に提示するもの”


 どう考えても見付球団とうちの学校にはコネは無い。にも関わらず契約金を提示してきた。恐らくは色々と試行錯誤の結果なのだろう。

 その場で荒木は頭を抱えてしまった。

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