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第6話 広岡が来た

 戸狩がもたらした情報は本当であった。その日の放課後、浜崎先輩から部室で待機するように指示があった。


 そもそも男子の部活の顧問を女性の先生が受け持つという事自体聞いた事無い。正直荒木たちも半信半疑であった。だがその男臭い部室に広岡先生はやってきたのだった。

 広岡は入るなり汗臭いと言って苦笑いし窓を開けさせた。


「はいみんな、ちょっと座って私の話聞いてもらえるかな?」



 広岡美登里(みどり)は、現在三年生の担任である。専攻は世界史。年齢は本人は非公開だと言っているが、恐らくぎりぎり二十代じゃないかと思われる。顔はそれなりに整ってはいるのだが、明け透けな性格が災いしてか未だ独身。背は女性にしては長身で、かなりの細身。残念なことに胸もかなり細身である。


 そんな広岡の口から語られたのはかなり衝撃的な内容であった。


 まず、先輩たちが冗談で言っていた廃部。これは実際に職員会議で議題に上がっていた話であるらしい。

 竜杖球は七人で行う競技で、それとは別に交代枠があり、補欠が五人必要となる。つまり部として存続させるためには最低でも十二人必要なのである。だが、現状で部員は十人しかいない。大会出場規定が満たせないという事である。


 今年の新入部員はわずか二名。三年生が抜けてしまえば五人になってしまう。残念ながら現状で来年新入部員が七人以上入部するとは考えにくい。そうなれば競技人数である七人も確保できるかどうかという事になってしまう。


「そこでね、あと二人部員をどこかから融通してもらって、何とか部を継続させて、有終の美ってやつを飾らせてはどうかって話になったのよ。どうかな? みんなやる気残ってるかな?」


 『やる気あるかな』ではなく、『やる気残ってるかな』と聞くあたり、部員の士気が落ちてるという話も出ていたのだろう。ただ、広岡と部員たちの間にかなり温度差があるように感じる。


「今どこかから融通って言ってたけど、どこが融通してくるっていうんだ? そりゃあどっか文化部から借りてきて補欠で椅子に座っててもらうとかなら来てくれるやつはいるだろうけど……」


 川村先輩の指摘に、広岡は待ってましたとばかりに得意気な顔をした。


「ふふふ。私だってね、何の計算も無く竜杖球部の顧問を引き受けたわけじゃないのよ。ちょっと計算があってね。それはおいおい話していくから楽しみにしててね」


 つまり今はまだ無策って事かと宮田先輩が呟いた。広岡は少女のような拗ねた顔をし宮田を睨む。


「無策じゃないもん! 本当にちゃんと考えてるんだもん! その為の部費だってちゃんと奪ってきてあげたんだから!」


 それじゃあまるで手切れ金じゃないかと藤井先輩が指摘すると、広岡は「もう!」と言って怒り出した。


「これが手切れ金になるか、それとも来年以降の部費の底値になるかは、あなたたち次第なの! どうなの? やる気あるの? ないの? それ次第では私も篭球部に戻るんだけど」


 どうなのと聞く広岡に、部長の浜崎先輩が手を挙げた。


「そんな風に言うけどさ、広岡ちゃん、顧問がやれるほど竜杖球の事知ってるの? 俺たち広岡ちゃんっていったら篭球の印象しかないんだけど」


 確かに女子篭球部は広岡の指導でそれなりに結果を出している。だがそれはあくまで篭球の話であって、竜杖球は全然別の話ではないかというのが浜崎の指摘であった。


「ふふん。私ね、こう見えて高校の時竜杖球部の補佐してたんだよ。むしろ篭球部の方が門外漢だったりするんだよ。他の先生たちは竜杖球の『り』の字も知らないらしくってね。だから私が手を挙げたの」


 だから私が顧問を降りると言ったらこの部は即廃部になる。廃部か、一年頑張るか、それを決めるのはあなたたちだと広岡は最後の決断を迫った。


 広岡からしたら、即答でやろうと言って盛り上がってくれる予定であった。だが部員たちの表情は一様に暗い。特に二年と一年の士気が低かった。


 それはそうだろう。ここまで広岡が説明した事は三年生に最後の花を持たせてやろうという話であって、下級生からしたら来年以降廃部という可能性が極めて高いわけだから。


「先に言っておくけど、少なくとも私は、今年一年で終わりにしようなんて気はさらさら無いからね。今年二年と一年の子たちには経験を積んでもらって来年主力で頑張って貰おうって思ってるから」


 だから二年と一年の子たちも付き合って欲しいと広岡は懇願するように言った。



 そこから少し沈黙が続いた。お互いに総意が計りかねていて、手を挙げづらいのだ。意を決して浜崎部長が立ち上がった。


「俺は広岡ちゃんと一緒に頑張ってみたいと思う。みんなはどう思うんだ? もう辞めにしたいって思ってるやつ手を挙げてみてくれないか?」


 浜崎が一人一人意志を確認するように見ていったが、誰も手を挙げる者はいなかった。部の継続については異論無し、そういう判断で良いという事であろう。


 そういう事ならと川村が立ち上がった。


「広岡ちゃんがそのちっさい乳揉ませてくれるとまで言ってくれてるんだ。こうなったらその思いに答えて頑張るしかねえだろ!」


 いや、そんな事は一言も言っていないと広岡は胸を隠して首をぶんぶん横に振っている。大久保と石牧は広岡の丘のような胸部を凝視し、急に張り切り出した。


「あんまり揉みごたえは良くないかもしれないけど、そこまで広岡ちゃんが言ってくれるというなら、俺たちも先輩たちに付き合いますよ!」


 戸狩も立ち上がり真顔で先輩たちに頷いた。広岡はなおも胸を両手で隠し、さりげなく失礼な事を言ってるんじゃないと赤い顔で抗議。


「例え色や形が悪くても、目の前に好物の唐黍をぶら下げたら竜だって張り切って走るって言いますしね」


 そう言って荒木が立ち上がると、杉田もやるかと言って立ち上がった。私の胸は色も形も悪くないと広岡が小声で抗議。


「よし! じゃあ広岡ちゃんの乳のために頑張るか!」


 まだ広岡は勝手に話を進めるなと小声で抗議しているが、十人の部員たちは全員立ち上がって気合を入れた。

 ……広岡は早まった事をしたかもしれないと涙目になった。


 じゃあいっちょ校庭を走りに行くかと浜崎が号令をかけると、広岡がそれに待ったをかけた。


「練習の項目は全部見直しをかけようと思うの。私ね前から思ってた事があるのよ。画一的に練習したってつまんないんじゃないかって。そこでね、今日から一か月間、とある先生に君たちを預ける事にしました!」


 付いて来てと言って広岡は部室を出て行った。


 荒木たち十人の部員はぞろぞろと広岡の後ろ姿を見ながら付いて行く。先ほどの盛り上がりのせいだろうか。広岡はどうにも背中からお尻の辺りに変な視線を感じている。


 校庭を出て、校門も出て、太田川の河川敷にやってきた。

 福田(ふくで)水産高校には、漕艇(そうてい)部という複数人乗りの小舟を漕いで速さを競うという部がある。河川敷はその漕艇部の練習場であった。


 全身筋肉質の部員たちが小舟に乗って櫂を漕いで練習している。

 顧問は近藤先生。これくらいになるとどうにも年齢というのはわからないが、恐らくは五十代であろう。専攻は体育。頭髪はやや寂しい事になっており、背は小さいが全身筋肉質である。年中日に焼けて真っ黒な事から、生徒たちからは『かりんとう』とあだ名されている。


「あの近藤先生、先ほど言ってたいた件ですけど、その……よろしくお願いします」


 広岡が少しもじもじしながら山内に頭を下げると、山内は何かあったんですかとたずねた。広岡は顔を赤くし、何でもありませんと言って荒木たちをきっと睨みつけた。


「手加減なんていりませんから。むしろビシバシしごいてやってください。変な気が起きないように」


 その広岡の発言で山内は色々と察したらしい。荒木たちを見て不敵に笑った。


「よおし、お前ら。お前らは今日から漕艇部員だ! あいつらと同じ練習項目をきっちりとこなしてもらうからな。簡単に音をあげるんじゃねえぞ!」

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