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第59話  ありがとうございました

 夏休み明け、三学期の始業式で竜杖球部の部員たちは表彰を受ける事になった。


 郡大会を突破した各部の部員たちが、他の生徒たちから外れて体育館の隅に列をなしている。例年に比べ今年は成績優秀で特に並んでいる生徒が多い。


 教師が表彰の順番に生徒を並べ変えていく。

 一番手は東国大会を優勝し全国大会に行った放送部の史菜。

 二番手は同じ放送部という事で郡代表になった草崎。

 竜杖球部は三番手であった。


 先頭で荒木は史菜と、杉田が草崎と楽しそうにお喋りに興じており、静かにと教師に怒られてしまった。


 全国大会に出場した史菜の表彰が終わると、校長は我が校から全国大会への出場は創立以来初の快挙だと紹介した。

 次に草崎の表彰。

 来年さらなる躍進を願っていると校長は嬉しそうに声をかけた。

 体育館は割れんばかりの拍手に包まれた。


 そして荒木たち竜杖球部の部員が壇上へと上がった。

 部を代表して部長である戸狩が表彰を受ける。

 校長は左の端に立つ荒木から順に、右の端に立った貝塚まで一人一人ゆっくりと顔を見ていった。


「酷い練習環境の中で、これだけの成績をあげた事を私は大変尊敬いたします。もしちゃんとした練習環境を整えてあげられていたらと思うと痛恨の極みです。あなたたちの頑張りに今度は我々学校が答えていこうと思います」


 校長がかけた言葉の意味を理解している生徒はほとんどいない。

 どういう事なのだろうと周囲の人たちとひそひそ話す声で体育館は騒然としてきている。その為、表彰された竜杖球部への拍手が疎かになった。


 そんなまばらな拍手の中、荒木たちは壇上を降りようとした。

 だがふと立ち止まり、荒木は全校生徒を見る。

 頭上で拍手をしてから両の掌を上に持ち上げる仕草をする。


 その仕草に生徒たちは割れんばかりの拍手を送った。三年生たちの中からはおめでとうと声援を送る者まで出た。

 大久保、石牧、福島も荒木を見習って頭上で拍手をする。二年生たちからも割れんばかりの拍手が沸き起こる。

 長縄が拳を握って掲げると、一年生たちからも大歓声が沸き上がった。


 そんな大歓声の中、満足そうな顔をして竜杖球部の部員たちは堂々と壇上を降りた。



 三学期の初日は始業式だけである。

 だがどの生徒も昼食を用意している。昼食を持って部室に集まって送別会を行い、三年生と最後の日を過ごすのである。


 昨年荒木たちもそうして部室に集まった。だが、やってきたのは浜崎だけであった。皆で話し合った結果、もう少し落ち着いてからやろうという事になったと報告を受けた。

 その時点で下級生は荒木、大久保、石牧の三名しか部室には来ておらず、そんな寂しい状況で送別会と言われると必要以上にしんみりとしてしまいかねない。

 そういう事で荒木たちは昼食だけ食べて帰宅した。


 だが、今年は違っている。

 荒木たち三年生が部室に向かうと、既に一年生たちが勢ぞろい


 少し遅れて二年生たちも部室にやってきた。

 大久保たちを見ると、まず溝口が先般より遅いのは問題だと非難した。

 そうだそうだと内山や長縄が囃し立てる。

 大庭と貝塚までもがそうだそうだと囃し立てるので、お前たちは人の事が言えないだろうと荒木が指摘。

 春の合宿を思い出し、一同大爆笑であった。


 送別会を始めたいのだが、なかなか顧問の武上先生がやってこない。

 これまでの出来事を皆で面白可笑しく話していて、部室内は大いに盛り上がっているのだが、武上が来ない事には会そのものが始まらない。


 堪りかねて貝塚が呼びに行ってくると言って部室を出て行った。

 貝塚がいなくなってから、部員たちはなんとなく静かにしていた。

 だが、そんな空気を読まない勇者がこの部にはいる。静かな雰囲気が嫌だったようで、岡本はそう言えばと言って柏手を打った。


「郡山の初日の朝、貝塚にはびっくりしましたね。俺、中々忘れられませんよ」


 その一言で全員があの時の体操服の二つの突起を思い出した。

 全員の頬が一気に緩む。

 そこはやはり全員高校生男子。

 桃色だっただの、ちょっと立ってただの、結構小さかっただの、皆その時の光景を思い出してげらげら笑いながら感想を言い合った。


「でもやっぱその後のアレ見たら、貝塚はお子ちゃまなんだなって思いますよね、杉田さん」


 そう言って長縄が杉田に話を振った。

 それを俺に振るなと言って杉田は荒木を指差す。

 何の事かわからないと言って荒木はしらばくれた。


 大久保と石牧に何の話だと問われた長縄は、貝塚を寝かしつけに行った時の事をべらべらと喋ってしまったのだった。


「えええ! なんで荒木さんたちそんな美味しい思いしてるんですか! ずるい、ずるい、ずるい! 俺たちだって武上先生の大人の下着と大人の突起が見たかったですよ!」


 そう溝口が言った瞬間だった。

 部室の扉がかちゃりと開いた。


 貝塚が溝口を道端に捨てられて長年放置されたゴミでも見るような目で見る。

 その後ろで川上教頭がじっとりした目で武上を見ている。

 非常にバツの悪そうな顔で武上は明後日の方向を向いている。


「ねえ溝口君、ずいぶん楽しそうだったけど、何をそんなに盛り上がっていたの? 今来たとこだから私も話に入りたいんだよね。『大人の』何だって?」


 貝塚が極めて冷たい目で溝口を問い詰める。

 真っ赤な顔で溝口が首を横に振る。


「いや、あの……大した話じゃないんだよ。部活とは全然関係無い話だから。そうだよ! 珈琲だよ珈琲! 砂糖入れずに飲めるなんて大人だなって……」


 そう言い訳する溝口だったが、その目は完全に泳ぎ切ってしまって、どう考えても今考えた嘘だとバレバレだった。

 荒木と杉田も溝口に背を向け肩を震わせている。

 堪えきれずに長縄がぷっと噴き出してしまった。


「……変態っ!」


 まるで唾でも吐き掛けんばかりに貝塚が溝口を罵る。

 溝口は涙目になり、なんで俺だけがと呟いた。



 そこからいよいよ送別会が開始となった。


 少しだけ武上が挨拶をし、皆飲み物を手にして、川上がお疲れ様でしたと言うと、全員お疲れ様でしたと唱和した。

 皆一斉に弁当箱を開けて弁当を食べ始める。


 すると川上の愛妻弁当を貝塚が茶化した。

 だがそこはやはり年の功、川上はその程度の事では動じない。


「結婚してから有難い事にこうして頻繁に弁当を作ってくれるんですよ。妻には感謝しかありません。もちろん面と向かっては言えませんけどね。貝塚さんにも良い方が見つかると良いですね」


 真正面から惚気られて、貝塚が顔が真っ赤になった。

 俯いてしまい、か細い声で「はい」と答えるしかなくなってしまったのだった。

 そんな貝塚をまるで父親のような目で川上は見た。


 だがその視線の先の光景に川上は思わず噴き出した。

 不審がって貝塚は川上の視線の先に顔を向ける。


 そこには牛乳片手に大きなコッペパンに果実煮込みを塗りながら頬張る武上の姿が見えた。可愛い包みに包んで持ってきたから、てっきり中身は可愛いお弁箱なんだと思っていたら、コッペパンとジャムの瓶だっただなんて。

 貝塚も思わずぷっと噴き出した。


「先生なんですかそれ! 弁当はどうしたんですか? もう、豪快だなあ」


 今朝は作る時間が無かったんだと言って不貞腐れる武上。

 その貝塚の声で一斉に部員たちは武上の弁当を見て大爆笑。


「いやあ、やっぱり武上先生は俺たちの期待を裏切らないわ」


 そう言って荒木は大笑いした。



 食事が終わると、これまでの活動の話に花が咲いた。

 その話の中で、昨年広岡先生が職員会議の話を生徒たちに話したという事まで二年生が話してしまった。


”こういう事っていうのはね、社会に出たらよくある事なのよ。今はね、みんな純粋だから、冗談じゃないとか、そんなの間違ってるとか思うんだろうけど、社会に出たら普通の事なの。だからね、今は心の中にそっととどめておくだけにして欲しいんだ”


 広岡先生はそう言っていた。そして、あのような不本意な結果で学校を去って行った。

 だから今年、広岡先生の為にも何としてでも去年の成績を超えてやろうと思った。そう三年生たちは言い合った。


「始業式のあれを聞いたでしょう。君たちの頑張りを校長は認めてくれましたから。だからきっと来年、再来年と竜杖球部を取り巻く環境は良くなっていくと思いますよ。残念ながら約束はできませんけどね」


 その川上の言葉に、荒木たち三年生はある種の満足感を得たのだった。



 最後に戸狩から次の部長が指名された。

 戸狩が指差したのは大久保であった。

 そのまま戸狩が挨拶をした。


「みんな色々とありがとう。楽しかったよ!」


 戸狩の挨拶に貝塚が最初に泣き出してしまい、つられて武上も泣き出した。

 その二人につられるように、一年生たちが瞳を滲ませる。


 部長となった大久保に促され、全員が立ち上がる。


「先輩たち! 大変お世話になりました!」


 大久保が頭を下げた。


「「「ありがとうございました!!!」」」

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