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第58話 夏の終わり

 後半残り五分。

 得点は三対三の拮抗。


 ここで尽忠じんちゅう高校は最後の交代札を切って来た。

 左翼の先鋒を交代したのだった。


 新たに入った先鋒の選手が先鋒の位置に残り、右翼の先鋒が後ろに下がって中盤の守備位置についた。これで尽忠は後衛二枚、中盤三枚、先鋒一枚という、前回の試合の布陣に戻った事になる。



 川上は迷った。

 最後の交代枠を使うかどうか。変えるとしたら後衛のどちらか、恐らくは石牧と青野を交代させるといったところだろう。だがそうしてしまうと竜術の技術差が開いてしまう。


 戸狩に相談すると、戸狩はここはこのままいくべきじゃないかと進言。

 だが溝口と大久保は変える方が良いかもしれないという意見であった。

 悩みに悩んで、このまま行く事にした。



 だが、その判断は結果的には誤りだったかもしれない。

 試合再開後、川相選手は先鋒と二人の中盤を自由に使い球を回しながら攻め込み、杉田、石牧、樽井の守備を翻弄した。

 岡本はこういう組織的な攻撃をしてくる相手への対応が全く取れないらしい。長縄も本来は先鋒選手であり、そこまで守備が得意ではない。

 結局は敵の四人を三人で防御するような形となってしまった。


 じっくり時間をかけながら尽忠の攻撃陣はゆっくりと福田ふくで水産の陣地を突き進んでいく。

 川相選手が打った球は中盤の一人に渡り、その選手がそのまま前に打ち出す。


 それを新たに入った先鋒の選手が篭に向かって打ち込んだ。

 福島がそれに反応し、何とか弾く事には成功。だが弾いた球が前方に転がって、防衛線の外に出てしまう。それを川相選手が篭に押し込んだ。


 後半終了間際、致命的な得点を入れられてしまったのだった。


 試合再開となってすぐに後半終了の笛が鳴り響いた。

 こうして、準々決勝で福田水産高校の夏は終わった。



 民宿に戻った部員たちと川上を武上が待ち受けていた。

 選手たちはそれなりに晴れやかな顔をしていたが、一人大庭だけが悔しさで涙していた。


 どうでしたかとたずねる武上に、川上は少し寂しそうに微笑んで首を横に振った。


「でも武上先生、聞いてくださいよ。三対四ですよ! 三対四! あの東国代表の常連、尽忠高校に三対四なんですよ! 大健闘だと思いませんか?」


 興奮気味に報告する川上に武上は素直に凄いと驚いた。

 一人一人肩を叩き、頑張ったねと声をかけていく。

 その声に一年生たちは涙を零した。


 実は後半開始時に竜が暴れて大庭が退場処分になったと聞くと、武上は泣いている大庭の頭を優しく撫でた。


「大場君には来年があるんだから、守衛の座を福島君と争ってもらわないといけないんだから。守衛って全員を鼓舞する立場なのよ、その君がそんなに泣いててどうするのよ」


 その言葉が大庭の心に刺さったようで大庭は武上の前で膝立ちになって大泣きしてしまった。

 そんな大庭の頭を武上は優しく撫で続けた。



「私が熱なんて出して寝込んだから負けちゃったんだ……」


 敗戦を聞いた貝塚は布団に顔を埋めて大泣きした。

 どうやら熱冷ましの薬が効いたようで、朝のように熱で自我を失っているという状況は脱していた。


「別にお前のせいじゃねえよ。相手が半端無く強かったんだよ。それでも俺たちめちゃくちゃ善戦したんだぞ!」


 そう言って荒木が慰めたのだが、貝塚は泣き止まない。

 困った荒木が武上を見ると、武上は少し一人にしてあげましょうと言いだした。


「いやいや、それだと本当に貝塚が悪いみたいじゃないですか。それはまずくないですか?」


 荒木の指摘に武上はくすりと笑い、良いの良いのと言って部屋を出た。



 その夜。

 夕食の後で、ご苦労さん会をしようという川上のはからいで、民宿の方にちょっとした晩餐を用意してもらう事になった。

 生徒たちは果汁水で、武上と川上は麦酒で、それぞれ乾杯する事になった。


 まずは乾杯。

 その後、長々と川上が挨拶をし、その後で武上が挨拶をした。


 少しお酒が入ると、川上は現在の福田水産の部活の成績を漏らしてしまった。

 郡大会を抜けたのは、運動部では竜杖球部以外には水泳部と漕艇部。文化部では放送部、技術部、文芸部が抜けている。その中で団体戦は竜杖球部、漕艇部、技術部。


 技術部は郡大会を突破できる事が多いのだが、東国大会一回戦でいつも敗退している。

 今年も見事に郡大会は突破したものの、東国大会の初戦で敗退だったという報が入っている。


 漕艇部はそもそも竜杖球部同様に参加校が少ない。その為、毎年郡予選は軽々と突破している。実は福田水産高校の漕艇部は東国でも強豪校なのだ。

 だが、残念ながらこちらも東国予選の初戦で敗退してしまったのだそうだ。


 個人競技として、水泳部、放送部、文芸部が残っていた。

 水泳部、文芸部は残念ながら東国大会初戦で敗退。放送部のみが順調に残っているという報告を受けている。


「もうこれで残っているのは放送部の久野さんだけになっちゃいましたね。久野さんはどうだったんでしょうね」


 川上が麦酒を飲みながら武上に言うと、武上もぜひ全国大会に行って欲しいと述べた。

 それももちろんあるのだが、川上としては、どこの放送局へ就職するかも気になっている。放送局に就職が決まったら学校に垂れ幕を出そうと言って武上と盛り上がっている。


 一年生はそんな人がいるんだくらいの反応であったが、荒木、戸狩、杉田、大久保の四人は露骨に表情を強張らせている。

 昨年に見た下着を思い出したらしく、大久保はあの薄紫の人がそんなに凄い人になるのかと呟いた。

 戸狩と杉田は同級生という事もあり、何度も荒木のところに行った時に話をしている。まさかあの娘がそんな凄い事になるなんてと驚きを隠せない。

 ただ一人荒木だけが暗く沈んでいる。


「嘘だろ……史菜が全国大会行くの? そんなの三学期、俺、何言われるかわからないじゃんか……」


 その前に絶対に応援に来いって言われる。

 以前、荒木は史菜に言われて大会を見に行った事がある。

 未だに覚えているのだが、開始十分で寝た。まるで朗読が子守歌に聞こえたのだ。どうやらいびきをかいていたらしく、両隣の席の人に起こされて外の空気でも吸ってこいと怒られてしまった。

 できれば二度とあれには行きたくない。


 そんな荒木の態度を見て、久野さんと荒木さんは友達なんですかと杉田に青野がたずねた。杉田は恋人だと即答。それが荒木の耳に入った。


「おい杉田! 嘘を教えるんじゃねえよ! 史菜は友達だって何度も言ってるだろうが! 別に深い関係なんてねえよ! お前こそあのおさげの娘、草崎くささきさんっていったけ? あの娘とはどうなってるんだよ!」


 それを聞いた石牧と福島ががたんと立ち上がった。


「えええ! 杉田さん草崎と付き合ってるんですか? うわあ、知らなかったわあ」


 違う違うと杉田が否定する。

 いい加減な事を言うなと荒木に対して怒声をあげた。


「二人ともお盛んな事で。羨ましい限りだな」


 そう戸狩が二人をからかうと、杉田は完全に激昂してしまった。


「おい戸狩、てめえふざけんなよ! 俺学級の女子から聞いて知ってるんだからな! お前と避球部の諸井ちゃんが付き合ってるの」


 杉田の発言に、その場の全員が驚きの声をあげた。

 戸狩は赤い顔をして首を横に振るが、声が出ていない。


 避球部の諸井の事は、野外の運動部であれば知らない人はいない。

 あの発育の良い胸は見る者全てを魅了している。

 あの胸が戸狩のものになっただなんて。


「もしかして、竜杖球やってるとモテるのか?」


 岡本の一言で、一年生全員が変な希望を抱いた。

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