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第57話 死闘

 川相かわい選手と交代したのは先鋒の一人であった。

 悠然とした態度で登場した川相選手は三人の中央、少し下がった位置に守備位置を取った。


「まずは一点取り返すぞ!」


 そう号令して川相選手は味方を鼓舞。

 すると、それまで沈んでいた選手たちが何か希望に満ちた顔になる。竜杖を空に掲げる選手が続出。

 応援席も試合開始時の元気を完全に取り戻して気焔を揚げている。


 尽忠高校の試合は、まるでここからが開始かのようであった。



 前半戦が再開された。

 残り七分、荒木たちとしては何とかもう一点入れて試合を決めてしまいたい。


 試合再開の一投目、川相選手の最初の打ち出しで、荒木は何かが違うと感じた。


 試合開始の一打目は基本的に後に向かって打ち出す。後ろに打つから、基本的には威力も適当だし、方向も適当になりがちである。

 だが、川相選手の打った球は綺麗に後衛の選手の一人の右側に転がった。


 まるでその選手を見て前に打ったかのよう。

 球を受けた選手は右翼の先鋒選手に向かって球を打ち出す。


 先鋒選手はそれを川相選手に向かって打つ。

 川相選手には大久保が守備に付いたのだが乗竜技術の差が顕著で、簡単に前に入られてしまう。

 川相選手は受けた球を後背に下げる。後衛の選手がそれを受け左翼の先鋒選手へ。


 樽井が球を奪いに行くがその前に左翼の先鋒選手は中央前方に打ち出す。

 大久保と石牧が必死に川相選手を防御しようとするが、川相選手はそれをものともせず、球に追いつき前に打ち出す。


 だが、杉田が先に球に追いつき、外に大きく打ち出す。

 球は転々と競技場から外に出た。


 これまはずい。

 杉田は瞬時にそう感じた。

 石牧にあの選手から引き剥がされるなと指示し自分も川相選手の防御に付いた。


 敵の右翼の先鋒が大きく中央に球を打ち入れる。

 左翼の先鋒に押し込まれると感じて、杉田は球を確保しに向かった。

 だが相手の左翼の先鋒の方が早かった。

 杉田が打ち込みを邪魔しようと竜を寄せていく。


 左翼の先鋒はそのまま杉田の竜に体当たりし、お互い球を通り過ぎて離れた。

 次の瞬間、杉田の横を球がもの凄い速度で飛んで行き、篭に飛び込んで行った。


 何事かと後方を見ると、竜杖を振り抜いた川相選手が満足気な顔でこちらを見ていた。


 これで試合は二対一。


 試合が再開となり、荒木が後方へ球を打ち、それを大久保が樽井に向かって打ちだしたところで前半終了の笛が鳴った



 両軍の表情は実に対照的であった。

 一点勝ち越している福田水産の選手たちは沈みきっており、一点負けているはずの尽忠高校の選手たちは非常に士気が高い。


「少なくとも荒木の速度はあいつらにも通用する。だから後半最初からどんどん仕掛けて行こう。取られても良いじゃん。取られたら取り返せば。少なくともこっちは勝ってるんだから」


 そう言って戸狩が選手たちを鼓舞するのだが、どうにも見てる方とやってる方とでは感覚に大きなズレがあるらしい。特にそれを大きく感じているのは大久保であった。


「戸狩さん、言いたいことはわかるんですけどね、そういかないんですよ。あの八番の選手が凄くって」


 同感だと石牧も表情を曇らせる。


「じゃあ後半俺が行きますよ。溝口と代わります。少しでも乗竜技術の差を埋めないとどうしようもないんでしょうから。樽井には守備にまわってもらって、俺と荒木さんの二人で攻撃は何とかします」


 そう言って長縄が溝口を見る。

 溝口もやむを得ないという表情であった。


「せめてここまでもっと竜に乗る時間が作れたら……荒木さんがいる状況なら尽忠くらいどうにかできたかもしれないのに……」


 大久保が唇を噛んで悔しがる。

 その一言がもっとも刺さったのは、恐らく川上教頭だっただろう。裏の事情、彼らが気軽に竜に乗って練習できない事情を最も良く知っているだけに非常に心苦しかった。



 十五分の中休憩が終わり、後半戦が開始となった。

 試合開始の笛が鳴る前に、荒木は審判に申告し竜を降りた。

 竜の手綱を審判に持っていてもらい、足元の状態を確認。


 脚を怪我しているようだから変えたいと荒木は審判に申請。

 補欠席に合図を送り竜の交代の準備をお願いした。


 なるべく負担をかけないようにゆっくりと竜を歩かせて審判と共に補欠席へと向かう。

 すると副審が笛を吹いた。

 副審が主審に何やらごにょごにょと耳打ちをする。


 主審は竜を引いて来た大庭に向かって警告の赤札を提示。

 荒木が戻る間に竜が暴れて大庭も竜も競技場の中に足を踏み入れてしまったらしい。

 試合開始前じゃないかと荒木は抗議したのだが、規約は規約だと押し通されてしまった。


 大庭はその場で涙を流し、すみませんと荒木に謝った。


「仕方ないさ。竜が暴れたんだもん。そもそも俺の乗った竜が故障してなきゃこんな事にもならんかったわけだし。不運だったと思って、な。何も気に病む事はないからな」


 規約上竜の交換は許されたが、警告という事で大庭は涙を拭いながらとぼとぼと球場から退場していった。

 その結果、後半開始は相手側からという事になってしまったのだった。



 川相選手からの打ち出しで後半戦が開始となった。

 残念ながら大久保と石牧は川相選手を全く防御する事ができず、開始から一方的に攻め込まれ、あっさりと敵左翼の先鋒に押し込まれて、早くも試合を振り出しに戻されてしまった。


 どうにも流れが悪い。

 何とかしないと。

 そう思えば思うほど荒木の心は焦っていく。

 焦るとなんでもない行動が失敗に繋がりやすい。


 荒木が後方に打ち出した球は思った以上に飛ばず、慌てて大久保が拾いに行ったのだが、打ち出した球は川相選手の前に転がってしまったのだった。

 川相選手はすぐさま反撃に移り、左翼の先鋒に球を打つ。左翼の先鋒が大きく右翼の先鋒に打ち出す。それを受けた右翼の先鋒が杉田の後ろに球を打つ。


 杉田と川相選手がその球を追いかける。

 だが乗竜術で勝る川相選手にあっさりと球を奪われ、篭に打ち込まれ、勝ち越し点を奪われてしまったのだった。


 ここで川上は思い切った手に出た。

 どうしても流れを変えたい。一か八か。

 交代の板を競技場に向かって掲げる。

 左に五番、右に十一番。

 大久保と岡本を交代させると通知したのだった。


 てっきり大久保の守備位置に岡本が入るのだと思っていた。

 だが、そうではなく、樽井を大久保の位置に下げて守備的な動きをしてもらい、その樽井の守備位置に岡本が入る事になったのだった。


 岡本の動きはいまいち読めない。

 これは杉田たち味方ですらそう感じている事である。

 気が付いたら変な場所に一人でいるし、そこに球を送っても、思った場所に打ってはくれない。

 その岡本の特性がここに来て当たった。


 何とか川相選手の攻撃を押えた樽井が球を送り出そうとふと見ると、何故か相手の守備が一人も付いていない岡本が目に入る。

 そこに大きく球を打ち出すと、岡本はそれを受けて、何も見ずに敵陣に向かって雑に球を打ち込んだ。


 それに荒木がいち早く反応した。

 相手の二人の後衛を一瞬で引き剥がし、球に追いつき、一人で球を篭の前に持ち込んでいく。

 相手の後衛は全く追いつけない。


 相手の守衛との勝負となった。

 荒木は竜杖を大きく左後背に振りかぶる。

 右に来るか、左に来るか。

 守衛は左だと踏んだ。

 だが球は守衛の右に飛び、篭に吸い込まれて行った。


 これで再度試合は振り出しに戻ったのだった。

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