第56話 優勢!
先発選手は前回と全く同じ。福島、石牧、杉田、大久保、溝口、樽井 荒木。
ここまで来たら出し惜しみなんてできない。相手は東国代表候補の一角、超強豪校なのだから。
尽忠高校の選手たちが守備位置に付くと、福田水産の選手たちは全員ぎょっとした。
竜杖球は七人で行われる。一人は竜に乗らない守衛なので残りは六人。
だいたいどこの学校も後衛が二枚、中盤が三枚、先鋒一枚という割り振りにしている。
少し守備的に行こうとすれば、後衛が三枚、中盤が二枚、先鋒一枚に変更する程度。それが均衡が最も取れているからで、海外の一流の職業球団でもそれが主流となっている。国内の職業球団もほぼ全てがその割り振りである。
ところが、尽忠の守備位置は後衛が三枚、先鋒三枚、中盤の選手がいない。
前回の試合の報道を見る限りでは通常の布陣で来ていたように見えた。恐らくは相手もこちらをよく研究してきて、こういう極端な守備位置を採択したのだろうが……
この極端な布陣をいったいどう機能させようというのだろう?
そもそも尽忠高校は中盤の球回しが芸術的な高校で、その中心選手は八番の川相選手。その自慢の中盤選手が一人もいないなんて。
「ようはあれか、うちらは練習試合だってか。舐めた真似しやがって……」
絶対に川相を引きずり出してやる。
相手選手を睨みながら荒木は拳を握りしめた。
試合開始の笛が鳴る。
尽忠高校の先鋒の一人が別の先鋒に球を渡す。
三人の先鋒が球を回し合って、ゆっくりと攻めて来る。
だがその途中で大久保の守備で球を奪われ、それを樽井が大きく前に打ち出した。
球に追いついた荒木は、それを敵の後方にぽんと打ち出し、敵の後衛を追い越して篭前まで球を一人で持ち込む。
篭に向かって竜杖を振り抜いたのだが、その強烈な打球は相手の守衛に外に弾き出されてしまった。
信じれないものを見たという目で荒木は相手の守衛を見る。
これまで、この距離で、あの強さで打った球に反応された事は一度も無かった。
なんだか一気に心が躍り昂るのを荒木は感じた。
競技場の外からの試合再開となった。
樽井が打った球を後方の大久保が受けて、それを荒木に向かって打ち込む。
だが残念ながらその球は荒木に渡らず、三人の後衛の一人に遮られてしまった。
後衛の選手は先鋒の選手目がけて大きく後ろ向きで球を打ち出す。打球はおよそ後ろ向きで打ったとは思えない距離を飛んで行く。
その光景に樽井と溝口は驚き、思わず嘘だろと叫んだ。
それが聞こえた尽忠高校の後衛が二人を見て二っと笑う。
尽忠高校の先鋒はその球を受け、中央の先鋒の選手に渡す。
竜を押し当てて石牧が必死に防御するのだが、それを嘲笑うように別の先鋒へ球を渡す。
三人の先鋒を二人で防御できるほど、杉田と石牧の技術は高くは無い。
三人の先鋒に完全に翻弄され、篭の前まで持ち込まれてしまい、打ち込みの体勢に入られてしまった。
このまま打って来るのか、それともまだ別の選手に球を回す気なのか。福島はキョロキョロしている。
そこにやっと追いついた大久保が左手に竜杖を持ち換え、逆に球を後ろに打ち出した。
球は大きく競技場の外に出て行った。
尽忠高校の応援席が大盛り上がりとなっている。
一方の福田水産の応援席はぱらぱらとしか人がいない。
それでも初戦に勝利したという事でわざわざ郡山まで駆けつけてくれている人がおり、前回よりは観客が多い。
尽忠高校の打ち出しで試合再開となった。
その時点で杉田は荒木が敵の後衛の場所から戻って来ていない事に気が付いた。
最初は、ただ縦への打ち込みを待っているのだろうと杉田は感じた。
だがその後で周囲を見渡し荒木の意図に気が付いた。
「樽井! もっと守備意識しろ!」
杉田の指示で少し前目に位置していた樽井が後ろに下がって来た。
溝口と同じくらい敵陣に近い所にいた樽井が、後ろの大久保の位置まで下がる。
樽井もその時点で気が付いたのだ。敵は荒木を必要以上に警戒しており、こちらの守備に対し、攻撃の人数が少ないのだという事に。
先ほどの攻撃の感じからして、荒木は二人相手なら自由に攻撃ができる。
であれば中盤のうちの一人が後衛の補佐に回れば、こちらが有利にやれる!
尽忠高校の攻撃三人に対し、福田水産の防御は四人。
突然守備が固くなり、尽忠高校の先鋒は明らかに攻めあぐねている。その中で焦りが出たのだろう。球回しに失敗し、石牧の前に球が流れてしまった。
石牧はそれを敵陣側に打ち出す。
打ち出された球を溝口が拾いに行き、大きく荒木の前方に打ち出した。
荒木は敵の後衛三人と競りながら球を追いかける。
だが、明らかに荒木の竜の足が速い!
荒木が最初に球に追いつき、篭の前に向かって球を打ち出す。
さらにそれを全力で追いかける。
球を打つ時に竜の速度を落とすから、そこで追いつけると後衛の選手たちは思っていただろう。だが荒木は球を打つ時に竜の速度を落とすような事はしない。
瞬く間に敵の後衛は荒木に引き離されて行った。三人がかりで一人の選手に追いつけない。
その光景に尽忠高校の顧問は信じられないという顔をした。
自分の打った球に追いつた荒木は、竜杖を右後背に振りかぶる。
守衛の選手は球が右手に来るものと思い身構える。
だが荒木の竜杖は弧を描き、守衛の左手側に球は飛んだ。
まさかの福田水産の先制点に、観客席はしんと静まり返った。
自陣に戻ろうとする荒木に、相手の後衛の一人が竜を近づけて来た。
「すげえな、お前。郡大会でも俺たちから先制した高校は無かったぞ。でももう点はやらん!」
その選手を一瞥し、荒木は自陣へと戻って行った。
尽忠高校からの試合再開となった。
どうやら顧問から何か指示があったらしく、後衛の一人が中盤に戻っている。
その中盤になった選手は先ほど誰も守備しなかった溝口の防御についた。
どうやら荒木を止めるという事は諦めたらしい。であれば荒木に球を渡さないようにすれば良い。そこで溝口の防御という判断に至ったのだろう。
だが、その判断はいささか甘かったと言わざるを得ない。
先ほど同様、杉田、大久保、石牧、樽井の四人に守備され、こぼれた球に先ほど同様溝口が追いつく。
だが溝口は、それを先ほどとは異なり斜め横に大きく打ち出した。
その球を追う相手の先鋒三人と杉田たち四人。
最初に追いついたのは樽井であった。
樽井が荒木の前に大きく球を打ち出す。
それを追う荒木は先ほどより防御が薄い。簡単に篭前まで球を運ばれてしまう。
今度は先ほどとは逆に竜杖を左後背に振る。
相手の守衛が左側に体重をかける。
それを嘲笑うように球はまたも反対側に飛んで行ったのだった。
「嘘だろ……前半で二対〇とか……」
尽忠高校の後衛の一人がそう呟いた。
自陣に戻った荒木たちであったが、なかなか試合が再開されなかった。
前半残り七分。
尽忠高校は一人の選手を緊急で投入する事した。
八番の背番号を付けた中盤の選手。川相である。
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