第54話 観光しよう
その日の夜、夕飯後に民宿の大部屋で今日の各試合の結果報告の番組を部員全員で見る事になった。
自分たちの活躍がどうのというわけではもちろんない。次の対戦相手がどんな感じなのかを見る為である。
簡易の机がいくつか出され、そこに簡単な軽食が置かれている。
荒木たち学生にとっては軽食なのだが、川上教頭と武上先生、民宿の経営者夫妻にとっては晩酌のおつまみである。
経営者夫妻から麦酒の瓶を出された際、川上は最初は生徒の前だからと拒否していた。だが武上はごくりと唾を飲み込み瓶を凝視。
頑張った生徒たちの初戦突破を祝えないのかと夫妻から指摘されると、それもそうだと川上はあっさりと折れた。
竜杖球の番組が始まるまで別の競技の番組をやっており、その間、一年生はお茶を淹れて二年生と三年生に配った。
いよいよ竜杖球の番組となった時には、川上たちの机の上には麦酒の空き瓶が四つも横たわっていた。
番組の最初は今日の試合結果の報告。
福田水産の順番は最後であった。
なぜなら、その前にちょっとした特別枠があったから。
特別枠では毎回各校から一校を選び、そこに焦点を当ててちょっとした演劇仕立ての枠を作っている。
どうやら今回の特別枠は陸奥農大付属だったらしい。
特に焦点が当てられていたのは、後半から出場した十番の選手、名前は鹿島重雄。
鹿島選手は中学時代から竜杖球をやっていたらしい。その時点で陸奥郡ではかなり話題となっており、強豪校である陸奥農大付属に入学したのだそうだ。
一年生であった一昨年から選手として出場しており、昨年の大躍進の原動力になった。
二年生の昨年の段階で、すでに何球団か職業球団の誘いがきているらしく、今年の活躍いかんでは入団即一軍入りも夢では無い。
その特徴は巧みな乗竜術と正確無比な打ち込み。
三年生となった今年はさらに乗竜の速度にも磨きがかかり、郡大会では見事得点王を獲得している。
「決勝で瑞穂大一校に昨年敗れた仕返しをして、全国大会で大暴れをしてやりたいと思っています!」
画面内の鹿島選手はそう力強く答えていた。
「惨い編集するよなあ。これじゃあまるで道化か晒し者じゃん」
特別枠の途中で樽井がそう指摘した。
全くだと一年生の何人かが賛同した。
すると川上が、これが報道のやり方なんだと極めて冷静に指摘。
「これが報道の期待を裏切った報いなんだよ。報道に一度取り上げられたら、報道が飽きるまで、取り上げられた側は期待に答え続けないといけないんだよ」
何様のつもりなんだと川上は悪態をついた。
部員たちはしんと静まり返ってしまった。
呑みすぎですと武上が指摘すると、川上は席を立ち、厠に行ってくると言って大広間を出て行った。
番組は、ではその注目の陸奥農大付属の一戦を見てみましょうと言って試合内容を報じた。
試合が終わり、最後に悔しさで地面を何度も叩く鹿島選手の姿が映し出される。
「これじゃあまるで、うちらが悪者みたいじゃん……うちら勝ったらまずかったの? ちょっと酷くないか?」
泣きそうな顔で大庭がそう呟いた。
それに対し誰も何も言わなかった。口には出さなかったが皆がそう感じたということであろう。
この雰囲気をどうしたものかと貝塚は武上を見る。
武上も困り顔で部員たちを見ている。
意を決して武上はすたと立ち上がった。
「よし! 明日練習場をお借りして練習って思ってたけど、観光にしちゃいましょう! 一日羽を休めて、次の試合にのぞみましょうよ!」
武上の呼びかけに荒木と杉田が良いねえと賛同。
大久保、石牧、福島も観光って何があるんですかと武上にたずねた。
一年生たちも「やったあ」と大喜び。
そこに川上が便所から帰って来た。
何をそんなに盛り上がっているのかと武上にたずねる。
部員たちに背中を向けて、明日観光に行こうと思っていると武上は川上に報告をした。
異変に最初に気が付いたのは石牧であった。
思わず飲んでいたお茶を噴き出しそうになった。
次に溝口が気付き、長縄、荒木、内山、杉田、戸狩と次々に武上の後ろ姿に釘付けとなっていく。
武上と川上はどこに行きましょうなどと話し合っているのだが、それを部員たちは無言で凝視。
何かあると感じ、武上の隣に座っていた貝塚が武上の後ろ姿を覗き見た。
「ちょっ! 先生ちょっと!」
そう言って貝塚は武上のスカートの腰の辺りを手で隠した。
武上のスカートはチャックが全開になっており、武上の紫紺の下着が丸見えになっていたのだ。しかも露骨に布地が少ない大人な下着が。
「くそっ、余計な事しやがって」
そう呟いた岡本を、貝塚は鬼の形相で睨みつけた。
翌日、一行は朝から輸送車に揺られて郡山市を離れ、田村市という所に向かった。
そこからさらに南下。
右を見ても左を見ても山しか見えない道をひた走る事一時間強。
菅谷という場所にある阿武隈洞を目指した。
「先生、鍾乳洞ってどうやってあんな風になるんですか?」
輸送車の中で貝塚が川上にたずねた。
隣の席の武上を見ると、小さな鞄を抱きしめて幸せそうに寝ている。
「石灰という物質を覚えていますか? 黒板を書く時に使う白墨、あれの原材料です」
理科の実験などでやったと思うが、石灰は実は水に溶ける。
だが水が蒸発すると溶けていた石灰は個体に戻る。
その水滴がぽたりぽたりと溶けて個体に戻りを繰り返してあのような大きな棘のような形になった。
そうでない部分は川の水などで流れてしまい空洞になってしまっている。
その二つが合わさった光景が鍾乳洞なのだと川上は説明した。
「へえ。じゃああれってつららみたいなもんなんですね」
そう言って微笑む貝塚を、川上は上手い例えだと言って笑った。
「うおぉ! 涼しい!」
部員たちの鍾乳洞に入った第一声がそれであった。
部員たちが騒ぐたびに声が洞窟内にこだまする。
「竜ヶ岩洞とどっちが大きいかな? 向こうはやたらと道が狭いけど、こっちは意外と広いな」
そんな声が聞こえてくる。
部員たちが興奮気味にわいわいと騒ぐたびに、来て良かったと川上は心がほぐれるのを感じた。
そんな川上の心をささくれ立たせる声が後ろから聞こえてくる。
「教頭先生、何でこんなとこに来なきゃいけなかったんですか? 歩き難いったらないんですけど……」
観光名所を武上が『こんなとこ』呼ばわりした事に苛っとしながらも川上は平静を保とうとした。
既に部員たちは遥か先に行っている。
一人大きく遅れた武上を川上と貝塚が苛々しながら待っている。
「そんなかかとの高い靴履いて来るからいけないんじゃないですか! なんで昨日履いてた運動靴で来なかったんですか! 鍾乳洞って言ってましたよね?」
馬鹿なんじゃないのかと言わんばかりの貝塚の指摘に、武上は頬を膨らませて憤る。
「あなただってそのうちわかります! 大人の女性には余所行きの恰好っていうものがあるんです! 女性にとって服飾っていうのは我慢なんです!」
武上のその一言を貝塚は子供扱いされたと受け取った。
見た目が子供っぽい事から貝塚は子供扱いされるのを病的に嫌がる。
「便所でチャック上げ忘れて下着を男子たちに見せつけた人がよく言いますね!」
どうやら靴擦れができたらしく、武上はよたよたしながら歩いている。
だが、その顔は完全に不機嫌という感情を露わにしている。
あなただってと武上が言ったところで川上がいい加減にしろと怒った。
「ここは学校の教室じゃないのですよ! 大概にしなさい!」
川上に怒られ、武上と貝塚はしゅんとしてしまった。
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