第51話 東国予選開始
東国の郡は十七。
北から陸奥郡、陸前郡、出羽郡、常磐郡、毛野郡、房総郡、幕府、相模郡、越後郡、越中郡、甲斐郡、信濃郡、駿豆郡、三遠郡、越前郡、濃飛郡、勢尾郡。
国府は幕府。
幕府が四校、それ以外が二校づつ東国予選には出場する。
二校が全国大会に出場するため、予選も二組に別れて勝ち抜き戦を行い、優勝した高校が東国代表となる。
一組十八校という事で、一勝で準々決勝に行く高校と二戦しないと準々決勝に進めない高校が出る。その部分だけは福田水産高校はくじ運が良かったようで、二回戦からの枠に入った。
瑞穂には北国、東国、西国、南国の四国があるので、全国大会は八校によって行われる。
決勝戦の日は毎年決まっていて七月三十日。
朝、福田水産の選手たちは全員緊張に包まれていた。
いつもであれば朝早くに起きて学校に向かい、輸送車に揺られて会場に向かっていた。
それが会場近くの民宿に宿泊という『いつもと違う』環境で大会に出なければならない。
どうしても緊張が襲ってきてしまう。
「うちで食べるよりお米が美味しいんですけど、今日試合って思うと喉を通らないっすね」
そんな情けない事を樽井が言い出した。
長縄と内山も緊張でため息を漏らす。
「おいおい、こんなに旨い米、なかなか食べれないぞ! ちゃんと食っておかないと勿体ないぞ」
そう戸狩が指摘すると、何故か荒木が噴き出した。
何か変な事を言っただろうかと戸狩が不思議そうな顔をする。
「いや、だって、ちゃんと食っておかないと体が『持たないぞ』って言うと思ったのに、『勿体ないぞ』とか言うから……」
何がそんなに可笑しいのか荒木が笑い崩れている。
荒木に解説され、全員じわりじわりと面白さが込み上げてきたらしい。一人、また一人と笑い出した。
気が付いたら全員大笑いし出した。
どうやら過度な緊張は解けたらしい。一緒に朝食を食べていた川上教頭はそう感じていた。
朝食を食べ終え、そろそろ出発の準備をしようという段階になって、やっと貝塚が起きて来た。いかにも今起きましたという感じで髪の毛はぼさぼさ、顔も洗っておらず口元に涎の痕が付いている。
そんな貝塚に一人また一人と視線が釘付けになっていく。
貝塚は寝ぼけ眼で目をこすり大欠伸をかます。
どうにも部員たちの様子がおかしい。
それに気付いた川上は貝塚を見てぎょっとした。
寝間着として上下体操服を着ていたらしく、貝塚はその恰好のままやってきた。その白い体操服の胸の部分に桃色の小さな突起が浮いてしまっている。
川上は焦って貝塚に近寄り、着ていたジャケットを貝塚の肩にかけ、選手に背を向けさせた。食堂から追い出し、さっさと顔を洗ってくるようにと指示した。
川上が一人戻って来ると、部員たちは全員目がぱっちりと冴えていた。
顔を洗ううちに貝塚も目が覚めてきたようで、自分の恰好に赤面。
ジャケットを手にちゃんと服装を整えて戻って来て、申し訳ありませんでしたと川上に頭を下げた。
「目は覚めましたか? でしたら、その……非常に言いづらいのですが、武上先生を起こして来てはいただけませんか?」
思ってもみない頼み事に貝塚は驚いて部員たちを見渡す。
すると視線が合った者がなぜか顔を背ける。
確かにその中に武上はいない。
びっくりして貝塚は武上の部屋に駆けて行った。
「ちょっと先生、下を履いてくださいよ! ちょっと上もマズいですよ! ちゃんと下着を付けないと! いくらなんでも刺激が強すぎますって!」
そんな貝塚の声が武上の部屋の方から聞こえてくる。
部員たちがざわついてしまっている。
頭を抱え、君も人の事は言えんだろうと川上が呟いた。
そして改めて、引率で付いて来て良かったとしみじみ感じていた。
非常にバツの悪そうな顔で起きて来た武上は、朝も早くから川上にしこたま怒られた。
結局、貝塚と武上は朝食を食べる時間はほとんど無く、説教が終わると出発の時間となった。
そんな事をやっていたせいで出発の時間は大幅に遅れ、輸送車の運転手から遅いと怒られてしまい、川上が平謝りであった。
会場である郡山開成山公園に到着した時には、すでに陸奥農大付属高校の選手たちは練習を行っていた。
どうやら福田水産の選手たちが来ないので、先に練習を済ませていたらしい。福田水産の選手たちが現れると、練習を終え練習用の竜を引き渡した。
決められた練習時間を過ぎ、竜を大会運営者に引き渡して戦略会議に入る。
どのような戦略でいくかで選手たちの意見は真っ二つに割れた。
荒木を最初から使って行くか、それとも郡予選のように長縄で前半様子をみるか。
非常に困った事に、戸狩と貝塚で意見が割れ、武上と川上で意見が割れている。
戸狩と川上は郡予選からあまり大きく変更しない方が良いという意見。
貝塚と武上は最初から荒木を使って全力でいくべきという意見。
最終的に、自分が出るまでに試合の大勢が決してしまっていたら三年間の活動に悔いが残るという荒木の一言で、荒木を前半から使って行くという事になった。
福島、石牧、杉田、大久保、溝口、樽井 荒木。
この七人の先発で挑む事になったのだった。
いつもであれば武上が選手表を提出に行くのだが、今回は川上が提出に行った。
相手の学校の先生と一言二言を交わし、補欠席に戻って来る途中で、川上は観客席に一列に並んだ異様な雰囲気の人たちを見た。
見た感じで記者でもない、だがただの観客にも見えない。大きな帳面を持ち、双眼鏡を手にしている。恐らくは職業球団の視察。
川上はこれまで郡大会の引率で色々な部に付いて行っている。
野球部と蹴球部は毎年どちらかに付いて行くし、篭球部や排球部の試合にも付いて行く。一つには昔から競技の観戦が好きだからというのがある。
だがこれまでただの一度も職業球団の視察が来ているのを見た事が無い。
東国予選ともなると、これが普通の光景なのかとかなり度肝を抜かれた。
せっかく緊張が解けているのに、また緊張させてはいけない。視察の事は生徒たちには黙っておこうと川上は感じた。
「勝って次の試合まで郡山を堪能しようぜ! せっかくここまで来たってのに観光もせずには帰れないからな!」
戸狩の檄に荒木たちは気合を入れ直した。
竜杖を手にし、竜に跨り、競技場へと向かって行く。その姿は実に頼もしいものに映る。
観客席を見ると、相手の観客席は学校の生徒たちで満員となっている。
片やこちらの観客席は川村たちと一部の生徒以外は普通に試合を観に来た一般の人たち。
陸奥農大付属の選手たちが競技場に入ると大歓声が沸き起こった。
圧倒的な敵地感。
「話が違うじゃねえかよ。大声での応援は駄目だっていうから俺たちの学校は応援部を呼ばなかったんじゃねえのかよ」
そう石牧が杉田に悪態をついた。
それを杉田は鼻で笑った。馬鹿正直に守る奴らが間抜けなんだと。
「そんなもん言い訳だよ。去年だって東国予選は中継されてるんだから、この光景は見ているはずだぞ。ようは金が無かったから呼べなかったってだけなんだよ」
各選手が守備位置に付くと、主審の笛が高らかに鳴り響いた。
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