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第5話 顧問決定

 一月はどうにも教師たちが何かと忙しいらしく竜杖球部に顧問の先生は来なかった。そもそも荒木が入部した時の顧問は昨年で転勤になってしまっている。顧問の先生が来ないというよりは、決まらないという方が状況としては正しいのかもしれない。


 その間荒木たち部員は自主練習となる。いつ決めたものなのかは知らないが、一応、自主練習の項目というものが設定はされている。

 だが誰もそれを実施しようとはしない。やらなかったとて誰かに怒られるというわけではなし、やったからとてそれが何かになるというわけではなし。部員全員がそう感じてしまったら、誰もそんなものやらないし、誰か一人がやると意気込むような事はない。


「今日も顧問来なかったけど、うちの部、もしかして顧問が決まらないのかな? ……廃部だったりして」


 部活の時間が終わり、部室で着替えをしていると宮田先輩がそんな事を言い出した。浜崎先輩も一年と二年を見渡して、それも止むをえないかもしれないなんて言い出した。


 浜崎先輩は部長なのに。部長が廃部を覚悟するようでは本当にこの部は終わりなのかもしれない。


「俺たちはここで廃部でも後は卒業まで帰宅部で良いけど、二年と一年はどうするんだよ。どっか行きたい部とかあんの?」


 そう言って浜崎先輩は憐れな後輩たちを見回した。

二年生は荒木以外に戸狩とかり、杉田の計三人。

新入部員が大久保と石牧いしまき


「荒木は運動神経良いから、どこの部からも引く手数多でしょうけどね、俺たちはどうなんでしょうね。陸上部みたいな無難なとこに引き取られていくんですかねえ」


 戸狩が半ば諦め口調で言うと、杉田も同感という態度であった。

大久保、石牧の一年生二人は黙っているが、まだ入部したばかりであり、今であればまだ取返しはつくくらいに思っているのだろう。


「仮に廃部だとしてもこのままなし崩しは嫌ですね。先輩たちと最後に大会に出て部員不足で廃部ってのを俺は望みますけどね。だってほら、うちら入部して一年やってきてまだ一回も試合出して貰えてないんっすから」


 戸狩の言う事ももっともだった。確かに荒木もそう思わなくも無い。昨年の三年生の部員は六人おり、今の三年と合わせて十一人で大会に出場した。そのせいで、当時自分たち一年生は補欠で出場がままならなかったのだった。


 ちょっと待ってくれと川村先輩が話を一旦止めた。


「大会出たいは良いけどさ、お前ら竜乗った事あんの? 俺たちは去年乗ったけど」


 川村先輩の一言で二年と一年はぴたりと着替えている手を止めた。

 俺はありますと荒木が手を挙げた。だが他の四人は背を向けて黙っている。


 駄目だこりゃ。

 藤井先輩と伊藤先輩がそう言って苦笑いした。



 竜杖球部に顧問が来ずにそこから一週間が経過した。一月ももう残り幾日。暦はそんなところまで進んでる。新学期の授業もそれなりに進みだし、真新しかった教科書も徐々にあちこち折り目が付き始めている。


「ねえ、竜杖球部廃部ってほんとなの?」


 朝、いきなり史菜がそんな事を聞いてきたのだった。先日先輩たちから聞いたのだそうだ。中々顧問が決まらないのは、廃部という話が出ているかららしいと。


「少なくとも当事者のうちらは何も聞かされてないよ。だけど仕方ないかもな。なんせ、今の二年以下で竜に乗った事あるの俺だけなんだもん」


 それを聞くと、史菜は竜杖球部なのに?と言って笑い出した。荒木もそれを受けて竜杖球部なのにと言って笑い出した。


 史菜は行儀の悪い事に前の席の机に腰かけている。そのせいで椅子に座っている荒木からは、股の奥の薄水色の水玉模様が視界に入っている。


「廃部になったらどうするの? どこか別の運動部に行くの? それとも中学の時みたいに乗竜?」


 史菜の言い方は恐らく後者を選んで欲しいと願っているのだろう。だが荒木は小学生の時に騎手になる夢を見て、中学で見事に挫折し、さらにここで廃部危機を迎え、自分は竜とは縁が無いのではと思い始めている。

 もし廃部ならいっそ全く関係の無い部に入り直すのも悪くないなどと感じている。


「どうしよっかなあ。軽音部とか楽しそうだけど入れてくれるかな?」


 それを聞くと史菜はぷっと噴き出してしまった。


「何の冗談なの? 荒木君、中学の時、縦笛はおろか木琴すら叩けなかったじゃん。それにかなり音痴だよね。拍だってめちゃくちゃで先生に怒られて」


 史菜は荒木の腕をぱんぱん叩いてケタケタ笑っている。


 女ってやつは、どうしてこうつまらない事ばかり覚えているのだろう。確かに楽譜なんて読めないし、楽器も全然弾けない。拍なんて何の事かよくわからない。確かにそれはそうなんだが、そこまで笑わなくても良いではないか。


 ……え? 俺音痴だったのか?

そんなの初めて指摘されたぞ。毎回気持ちよく歌ってたのに。


「とにかく! もう運動部はいいよ。残りの一年半はどこか文化部に入って気ままに帰宅部したい。茶道部あたりだったら菓子食えたりするのかな?」


 荒木は菓子目当てみたいな事を言っているのだが、史菜は何となく察している。茶道部は女子だらけで、元でも運動部の男子が来たらきゃあきゃあ言ってもらえると考えているであろう事を。


「ねえ、文化部が良いんだったらさ、私と一緒に放送部に入らない? 荒木君結構特徴的な声してるし、腹筋鍛えてるからすぐに発声とかできると思うんだ。どうかな?」


 史菜はそう言うと唇を軽く噛んで少し照れた仕草をした。史菜からしたら思い切った告白だったのだ。

 だが、どうにも荒木には響いていないらしい。放送部ねえとつまらなそうに呟いて窓の外に視線を移してしまった。


 史菜もつられて寂しそうに窓の外に視線を移した。すると教室に、隣の学級の戸狩が荒木と大声で呼びながら駆け込んできた。


「荒木、今職員室から帰って来た奴に聞いたんだけどさ、うちの部の顧問、決まったらしいぞ! 誰だと思う? お前も聞いたら絶対びっくりすると思うぞ!」


 戸狩は荒木の肩を掴んでそうまくしたてた。そもそも荒木からしたら顧問が今の今まで本当に決まっていなかったという方にびっくりしている。


「この時期まで決まってないってことはみんな嫌がったってことだろ? そんなのもう誰でも良いよ。さっさと廃部にしちまったら良いんだよ」


 荒木は不貞腐れてまた窓の外に視線を移した。


 ずいぶんとご機嫌斜めだけど何があったのかと戸狩は史菜にたずねた。すると史菜は多分音痴って言ったのを怒ってるんだと思うと小声で戸狩に報告。


「何でそんな事で怒ってるんだよ! そんなもん、昨日今日に始まったことじゃねえだろ。俺は荒木とは違う中学校だけど、最初の音楽の授業で聞いてびっくりしたんだぞ。あんな音痴なかなかいないと思うぜ?」


 荒木は衝撃を受けたという顔で、戸狩の顔を呆然と見続ける。戸狩は逆に何を驚いているんだという顔をしている。


「そんなお前の音痴なんかどうでもいいんだよ! うちの部の顧問がな――」


 あくまで部の顧問に話を戻そうとする戸狩に荒木は待ったをかけた。


「どうでもよくねえよ! 俺は音痴なんかじゃねえよ! これまで音楽の時間に一回だってそんな指摘受けた事ねえぞ」


 荒木はそう憤るのだが、普通音楽の先生って個人に対して音痴だなんて指摘しないと思うと史菜が指摘。戸狩も音痴だってはっきり言われたら音楽の授業が嫌になっちまうだろうと笑い出した。


 げらげら笑う二人に荒木は明らかに気分を害したという顔をした。そんな荒木を無視して戸狩は何度も腰を折られている話を続けた。


「でな、うちの部の顧問なんだけどさ、広岡先生がやる事になったらしいよ。今は女子篭球部の顧問やってるんだけど、そっちは別の先生がやって広岡先生がうちに来るんだって」

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