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第49話 皆が見てる

「わかりました。そこまでおっしゃるのであれば、()()を私たちも受け入れます。ただ一つ苦言を呈させていただけるならば、我々教育に携わる者は、自分たちの体裁ではなく、生徒たちにどう見られるかを常に念頭に置いて、あらゆる判断を下すべきだと思います」


 まるで捨て台詞のように武上は大会責任者に言い残し、荒木と戸狩を引き連れて部屋を後にした。


 誤審である事は譲らない。だけどお前たちの体裁のためにあえて飲んでやる。武上のその啖呵に大会責任者は歯噛みした。


 たかが小娘が。

 誰もいない部屋で扉を睨め付けながら大会責任者は机に拳を叩きつけた。

 その怒声が部屋から出た武上たちの耳にまで届いた。



 長い中休憩を経て後半が開始となった。

 長縄が退場となった事で一人少ない人数で競技をしないといけなくなった。

 蹴球のように十一分の一ではない、七分の一である。圧倒的に不利な状況で試合を行わねばならなくなった。



 審判が下す裁定は三種。

 軽い順に『指導』『注意』『警告』。


 基本的には反則行為、例えば竜の進行方向を横切りその進行を妨げたという事例が非常に多いのだが、この場合が指導となる。竜は急には止まれず、人竜共に危険とみなされるからである。なので守備は基本的には相手と進行方向を同じにして、横から行わないといけない。


 『指導』は試合が中断となり、反則を受けた側の打ち出しで試合が再開される。


 反則行為がより危険な行為と見なされると黄色い札を提示され『注意』を受ける。

 例えば指導を繰り返し受けてもそれを止めないなど。

 試合中に竜から落とされた場合も、それが故意と見なされなければ注意となる。一見すると指導で良いように感じるのだが、制御を失った竜が暴れるかもしれないという危険性を考えて注意となる。

 最も多いのは、『守衛線』と呼ばれる守衛の守備範囲の線に竜を踏み入れた場合。守衛は唯一竜に乗っておらず、竜が突進してくると極めて危険という判断である。


 なお、この注意を二回受けるとさらに重い『警告』と同じ扱いとなる。


 『警告』はもっとも重い裁定で一発退場。

 故意に相手選手に暴行を加えた、竜を使って相手の竜や人を故意に傷つけたといった行為がこれにあたる。


 今回の長縄は故意に相手の選手に竜杖を引っかけて強制的に落竜させたと見られた。

 この場合、竜は制御を失うし、人は竜に蹴られたり踏まれたりするかもしれないという事で極めて危険な行為とみなされる。

 ただ、そうは言っても試合の途中で竜杖が引っかかる事はよくある行為である。それで落竜する事もままある。

 その場合、竜杖をすぐに離し、相手の竜の手綱を曳いて安全の確保をする事が求められる。

 今回長縄が問題視されたのは恐らくは相手の竜の手綱を曳かなかった事で、故意と見られたという事である。



 後半、樽井と大久保を荒木と岡本に変更。

 もはや岡本と荒木の二人でどこまで逆転できるかが問題となってきた。


「相手はこれで味しめたからな、また次を狙ってくるから気を付けろ! 審判が見てないところでなるべく相手の選手に近づくんじゃないぞ! 審判も向こうの選手の一人だと思えよ!」


 わざわざ主審に聞こえるように荒木はそう檄を飛ばした。

 主審と副審が鬼の形相で荒木を睨む。


「荒木の言う通りだ! こんな事で負けるわけにはいかないぞ! 東国大会行ったらこんなのばっかりかもしれないんだからな!」


 杉田がそう叫ぶと、主審は荒木と杉田を呼びつけ指導を言い渡した。

 口を慎めと二人に命じる。その上で本来は福田水産からの試合開始だが、上郷魁からの試合開始とすると告知した。


 だが荒木も杉田も動じない。主審の顔を見ようともしない。


「試合開始前なのに指導かよ! どんだけ偏った審判なんだよ! もう無茶苦茶だな!」


 そう荒木が悪態をつくと、主審は再度荒木を睨みつける。

 手には赤い札を用意している。


 だがそこに岡本が急いで近寄ってきて、審判の前でとんでもない事を言い放った。


「荒木さん、まずいっすよ。報道の人らがあそこで聞いてますよ? せっかくさっきの裁定を一部始終見てもらったってのに、荒木さんが審判挑発したら印象悪くなっちゃうじゃないですか」


 岡本がそう荒木に忠告すると、審判は焦った顔をして周囲をきょろきょろし始めた。

 確かに写真機を構えてこちらを見ている人がいる。その横でどこかに電話している記者と思しき人がいる。


 審判の表情がみるみる青ざめていった。

 はと何か気付き、怯えるような表情をして赤い札をしまった。


「ふ、ふ、福田水産からの試合開始だから、は、早く、い、位置に、つ、つくように」


 審判が背を向けると、荒木は岡本の顔を見てふっと笑った。


「岡本! 二人で暴れるぞ!」


 荒木に背を向けた岡本は竜杖を天高く突き上げた。




 荒木が後方に球を打ちだし、後半戦が開始となった。

 その球を大久保が少し前に打ちだす。


 それまで後衛二、中盤三、先鋒一という体制だった福田水産は、後衛二、中盤三という体制となっている。

 荒木は元の樽井の位置に入り、溝口の位置に岡本が入り、溝口が大久保の位置に入っている。


 相手の先鋒と中盤の選手が二人掛かりで後方から溝口に詰め寄り球を奪おうとする。それを溝口は岡本に向かって打ち出す。


 岡本は竜術そのものは上手いのだが、残念ながら速く走らせる事を苦手としている。さらに言えば竜杖で球を打った際の制御にもかなり不安がある。

 岡本としては荒木の手前に球を打ったつもりだったのだろう。だが、球は敵のど真ん中に打ち出された。


 それに荒木が真っ先に追いつき、誰もいない後方の地点に打ちだした。

 無人の野に球が転がる。

 そこからの荒木はまるで光の矢のようであった。


 相手の後衛すら競技場外に流れると思った球に追いつき、さらにそれを中央に打ち返す。

さらにそこに走り込んで篭に叩き込み、あっさりと試合を振り出しに戻した。


 自陣に帰る際、岡本はわざと相手の選手の近くを通った。

 その岡本の餌に相手の選手は食らいつき、岡本の竜杖を掴んできた。

 岡本があっさりと竜杖を手放したせいで、相手の選手は勢いで竜から落ちてしまった。

 岡本は落竜した選手には見向きもせず、竜の手綱を押えた。


 主審が近寄ってきて、落竜した選手に向かって赤い札を提示。

 それに対し上郷魁の部長が抗議にやってきた。

 主張は先ほどと同じ。この五番の選手がわざと竜杖を引っかけたというもの。


 だが主審は部長を極めて冷たい目で見た。


「次同じ事をやったらその時点で不戦敗にするから」


 主審は岡本から竜の手綱を受取り、落竜した選手から竜杖を受け取ると、竜杖を岡本に渡し、上郷魁の部長に試合を再開するようにと命じた。



 その後、岡本と荒木の二人は文字通り大暴れ。

 荒木はそこから立て続けに二点を得点。

 そこで溝口と内山が交代となり、さらに荒木が一点入れた所で試合終了。

 終わってみれば五対二という決勝とは思えない点数であった。



 こうして福田水産高校竜杖球部は創部以来初の東国予選へと駒を進めたのだった。

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