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第48話 最悪の対戦相手

「杉田たちの方はどうなんだよ。荒木たちの方は準決勝行ったって言ってたけど」


 決勝の会場である湖西運動公園へ向かう輸送車の中で戸狩は杉田にたずねた。

 二人掛けの椅子を独り占めして寝ている荒木を杉田はちらりと見る。その後ろの席では青野も同様に熟睡している。


「うちは準々決勝で敗退したよ。相手の岡崎城南って郡代表の常連らしくてさ。さすがに全く歯が立たなかったよ」


 それでも篭球部の連中は創部以来の快挙だと大喜びしていたらしい。来年はもっと周辺の学校とも頻繁に練習試合をしないとと、敗戦後にも関わらず二年生たちは士気が上がっていたそうだ。



上郷魁かみごうさきがけ工業みたいに、そうそう大金星ってわけにはいかんよな」


 そう言って杉田は笑ったのだが、戸狩は全く笑顔を見せず、むしろ表情を強張らせた。その態度に杉田は訝しんだ表情をする。


「昨日新聞に載ってたよ。上郷魁工業の事が。あそこ花弁学院の提携校なんだって。花弁学院が昨年あんな事になって、そこの乗竜施設を使わせてもらえる事になったらしいよ。しかも花弁学院に行く生徒があそこに行ったんだって」


 つまりは実質花弁学院ということになる。

 花弁学院の顧問は色々と問題があるという事で解雇されたそうだが、もしかしたら上郷魁工業で何かしら関わっているのかもしれない。


「じゃあ去年の花弁学院みたいな事を上郷魁工業がやってくるかもって事?」


 杉田も顔をこわばらせる。

 戸狩は小さく首を傾げただけだが、その表情は可能性はあると言ってる感じであった。


「まあ、警戒するに越したことは無いよ。それと杉田は後衛だから、相手の反則にもしっかり目を光らせて審判にちゃんと報告しろよ。俺もしっかり見るし、貝塚と武上先生にもそう言っておくから」




 試合前の作戦会議の冒頭で戸狩は先ほど杉田に話した件を喋った。

 二年生と荒木は一様に表情を強張らせた。


「不本意だろうが、相手の反則行為には竜杖を使ってちゃんと防衛しろ! 競技じゃない場所で竜杖がぶつかる音がすれば審判も異変に気付くだろうから」


 補欠の選手は球の動きだけじゃなく相手選手の動きも見て、違反行為があればその場で申告する事。

 武上先生も試合を止めて審判に抗議する事。

 審判が聞き入れない場合は大会運営にその場で申告する事。


「それと、去年の感じだと相手は通常の動作を装ってこっちの体や竜を攻撃してくるかもしれない。審判の死角になっている時は特に気を付けろ!」


 部員全員に緊張が走る。

 本当にそこまでやってくるのかと長縄と樽井は言い合っている。

 内山と大庭も正気の沙汰じゃないと言い合っている。



 あまり前半から点差を付け過ぎると、さっさと選手を潰そうとなってしまいかねない。だからこれまで通り、まずは一年生を中心に、後半荒木たちを投入して一気にかたをつけようと戸狩は方針を通達。

 だが、それに福島が反対した。

 福島は昨年の惨事を補欠として見ている。昨年奴らが凶行に及んだのは点差が開いていなかったからで、最初から荒木で行った方が良いのではと進言。


 福島の意見も一理あると荒木と大久保は賛同。

 杉田と石牧は、それでも得点力を考えれば前半は長縄で攪乱すべきという意見であった。

 溝口、樽井、岡本が福島の意見、長縄、青野、大庭が戸狩と意見と一年生たちも意見が割れている。


 最終的に、必ずしも昨年のような惨劇を繰り返そうとして来ているわけでは無いだろうから、自分たちの戦術を守る方が良いのではという武上の意見によって戸狩案で行く事になった。


 福島、石牧、杉田、大久保、樽井、溝口、長縄。先発はこの七人で行く事になった。



 開始からしばらく、一進一退という感じで試合は進んだ。

 器用に竜を操って守備をかいくぐって抜け出そうという長縄の動きに、徐々に相手の後衛が手を焼き始める。それを感じた大久保がそろそろ一回仕掛けてみるぞと長縄に声をかけた。


 敵が前に打ちだした球を奪った溝口が一旦大久保に球を渡し、大久保は右翼にいる長縄に向けて大きく球を打ち出す。

 長縄はそれを受けると、即座に左翼側にいる樽井に球を渡す。

 樽井はそれを受け、さらに長縄の前に大きく球を打ち出す。

 長縄は相手の後衛の守備を振り切って篭に向かって球を叩き込んだ。


 先制点奪取。

 福田水産の選手たちは大喜びで自陣に帰って来た。



 するとその帰って来る長縄の竜杖を敵の中盤の選手が掴んだ。

長縄が強引にそれを引っ張ると、相手の中盤の選手は自分から降りるように不自然に竜から落ちた。


 どうやら落ちた場面を審判は見なかったらしい。

 落ちた選手に近寄り、黄色い札を見せ注意を与えた。


 すると上郷魁工業の選手たちは一斉に審判に詰め寄り、あの相手の十番がうちの選手を竜から無理やり引き落としたんだと抗議した。審判が見ていないのを良い事にそういう反則をしたのだと。


 昨年の件があり、今年から各大会には竜に乗る主審とは別に副審が試合を観察している。

 職人選手の試合の場合には副審は二人いるのだが、高校生の、それも郡予選だからと一人しか用意されていない。昨年はそもそも副審自体いなかった。昨年の惨事を受けて今年からその体制に変更されたのである。


 主審は副審を呼び、なにやら話し込み始めた。



「ふざけんな! 俺は見てたぞ! 向こうの選手の方から長縄の竜杖を掴んで来て、自分で竜から下りただけじゃねえか! いいかげんな事言ってんじゃねえよ!」


 戸狩が立ち上がって審判に向かって抗議。

 上郷魁工業の補欠席では、そんな戸狩を指差してごにょごにょと言い合っている。


 主審は長縄の所に行くと赤い札を提示。

 警告で退場を命じたのだった。



 やったやった、ざまみろと大はしゃぎする上郷魁工業の面々。

 悔しさに歯噛みして涙を浮かべて競技場を去る長縄。

 その光景で主審も副審も恐らく自分たちの審判が誤ったらしいという事を察した。

 だがもう遅かった。一度下した審判は取り消せない。


 一人少なくなった福田水産はそこから立て続けに二失点。

 一対二で前半を終えた。



「今回は直接加害するんじゃなく被害者面できやがったのか。ちょっとだけ知能が上がったとみえますね」


 そう言って福島が悔しがった。

 他の選手は自陣に戻るので見ていなかったのだが、福島からはその光景が見えていた。

 当然荒木たち補欠席の者たちは全員見ている。

 後で正式に抗議しようと戸狩が言うと、杉田は今すぐ行けと怒鳴った。


 武上、戸狩、荒木の三人はそこから大会責任者の部屋に行き、先ほどの裁定について抗議した。

 主審と副審が呼ばれ、さらに上郷魁工業の顧問と問題の選手も呼び出された。さらに退場になった長縄も呼ぶようにと大会責任者は要請。


 試合は一時中断。


 呼ばれた者たちは六部屋に別れて待機を命ぜられた。

 主審、副審、長縄、竜から落ちた選手、上郷魁工業の顧問、武上たち三人で六部屋。


 最初に主審が呼ばれ、次に副審が呼ばれた。その後に長縄が呼ばれ、その後竜から落ちた選手が呼ばれた。


 控室で待機している間、武上は戸狩と荒木に花弁学院の名前は絶対に出さないようにと命じた。出せば昨年の恨みで言っていると思われてしまい、悪印象を与えかねないからと。


 いよいよ武上たちが呼び出される事になった。

 大会責任者は机の上で手を組み、見たままを言うようにと戸狩と荒木に命じた。


 戸狩も荒木も証言は同じで、主審が背を向けているのを良い事に、相手の選手が長縄の竜杖を掴み、長縄がそれを振り払おうとしたら、相手の選手が竜から降りたと述べた。しかも安全に降りてから、あたかも引きずり降ろされたかのように地面に倒れ込んだんだと。


 主審は見ていないかもしれないが副審は絶対に見ていたはずだと戸狩は主張。

 ところが、長縄選手が相手の選手を竜から引きずり降ろしたところを副審が見たと言っていると大会責任者は言い出したのだった。


 武上はそれですぐに副審の意図を察した。

 恐らく審判二人は自分たちの裁定が誤っていた事を察して、それを隠す為に事実を曲げようとしていると。

 これはマズい事になったと武上たちは感じていた。さした証拠も無く審判二人に盾突いたとなれば、非常に印象が悪く後半の審判にかなり関わって来るだろう。


 そう危惧していた武上たちに向かって、大会責任者は最悪の一言を放った。


「確か福田ふくで水産さんって昨年も決勝で揉めていましたよね? 揉めたら自分たちに有利に事が運ぶなんて思われたら困りますよ」

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