第47話 再戦
竜杖球部の準々決勝の翌日、荒木たちが参加している送球部と杉田たちが参加している篭球部の三回戦が行われた。
これまで一回戦、二回戦と複数日に跨って行われており、本来であれば送球部と篭球部の日程は異なっていても不思議では無かった。だが、これまではたまたま同じ日であった。
三回戦からは学校数がすくなくなってくるため、同じ日に試合が行われる。竜杖球部の試合と重なれば堂々と竜杖球部を優先できるのに、どういうわけか一日日程がずれている。
準決勝に向かう輸送車の中、荒木、杉田、長縄、青野の四人は疲労でぐっすりであった。
「荒木さんたちも、杉田さんたちも四回戦勝ったらしいですね。篭球部の方から創部以来の快挙だって、何でか知らないですけど私が感謝されちゃいました」
貝塚からそれを聞き、横目でちらりと荒木たちを見て戸狩はため息を漏らす。
部の存続のためとは言え、心苦しいとぼそりと呟く。
「俺たちは二年連続で準決勝進出、片や野球部、蹴球部、闘球部はこれで八年連続で一回戦敗退だって聞いたよ。で、なんで向こうが学校の代表面して偉そうにしてるんだろうな。校庭も独占でさ。納得いかねえよな」
いつになく怖い顔で憤る戸狩に、なんでなんですかと貝塚がたずねた。
戸狩は貝塚の表情を確認する。好奇心から聞いているのであれば無視しようと思った。だが、その顔は純粋に自分の部の置かれた現状を知りたいという顔であった。
あくまで他言無用、貝塚の胸の中にしまっておいてくれと前置きした上で、戸狩は昨年広岡先生から聞いた話を語った。
「えっ? 昔はうちの学校にも竜がいたんですか? それを野球部に殺されたんですか? その上さらに校庭からも追い出されたって……なんですかそれ!」
口に指をあて、戸狩は声が大きいと指摘。貝塚もしまったという顔で両手で口を隠す。
「一回戦の時、井伊谷校の部員と話したんだけどさ、向こうも同じような状況だって言ってたよ。たぶん公立の高校はどこも同じような状況だと思うって。広い競技場が必要で竜にも乗らないといけない竜杖球部は存続が難しいんだよ」
貝塚の顔を見ると今にも泣き出しそうな顔をしていた。お金がかかるのは野球部だって同じなのに、そう貝塚は呟いた。
今後どうしていったら良いんでしょうと貝塚はたずねた。『どうしていったら』はどうやったら存続できるのかという意味であろう。
「正直言って難しいんじゃないかな。例えばうちだったら近隣の公立校と一緒に三光大付属にお願いして竜に乗せてもらうって手もあるだろうけど、そんなの一時しのぎにしかならないだろうしね」
まずは竜杖球がもっと盛ら上がらないとどうにもならない。
年間通して竜に乗れる環境の高校が多い北国と、幕府の私立高校が圧倒的に強く、もう何年も全国大会の決勝はその組み合わせになってしまっている。東国代表だって幕府の私立高校が必ず一枠を埋める。
そんな閉塞しきった状況で盛り上がるわけがない。
「職人選手だってほとんどが私立高校の出身だもん。うちみたいな公立高校には偵察の人すら来た事ないんだよ。そんなんで公立高校の竜杖球部が存続できると思う?」
貝塚は黙るしか無かった。
こんなに良い選手なのに、ただ公立高校の生徒というだけできっと荒木さんも職人選手にはなれないんだ。そう思ったら涙が出そうだった。
準決勝の相手は昨年準々決勝で当たった鞍ヶ池高校。一昨年の郡代表だった学校である。
作戦会議の結果、今回も基本的には方針は同じで行こうという事になった。
前回大久保よりも内山の方が動きが良かったので、そこだけ入れ替えという事になった。
選手表を提出に行った武上は今回は特に何事も無かったらしく、普通の表情で戻って来た。
今日はからかわれなかったのかと貝塚がたずねると、昨年女性の先生を馬鹿にしたら酷い目にあったので今年は警戒しているとだけ言われたらしい。
それを聞いた戸狩は鼻で笑った。
さすがに鞍ヶ池高校は一昨年の代表である。
昨年も非常に苦戦を強いられたが、今年も本当に強かった。
あの学校でもっとも注意すべきは、昨年いいようにやられてしまった先鋒の選手。
だがどういうわけか、今年はあの選手は後半からしか使われない。つまりは前半に一方的な試合で大勢を決めてしまえば良い。
そう鞍ヶ池高校は戦略を練ってきたらしい。
前半開始早々に福田水産の陣地に大きく斬り込んで来た。なんとしてでも守衛まで球を持って行け、そういう掛け声が聴こえる。つまりは守衛の福島も穴だと見ているという事だろう。
石牧の守備をすり抜けた相手の先鋒が篭の前で中盤の選手に球を渡し、その中盤の選手が篭に叩き込もうとした。
それを福島が見事な反射神経で弾く。零れた球を杉田が大きく前に打ちだした。
だがその球を相手の後衛が拾い、さらに前線に送る。
それを受けた相手の中盤の選手が、少し距離のある中、篭に向かって球を打ち込む。これも福島は何とか防いだ。
防いだ球は場外に転がってしまった。
場外から相手の選手が篭前の選手に渡す。
完全に篭の前は竜でごたついてしまい、視界を遮られた福島はなす術が無く先制点を奪われてしまったのだった。
そこからも防戦気味ではあったが、それでもなんとか失点はその一点だけで前半を終えた。
後半、武上は、長縄と荒木、溝口と岡本を代えるように提案。
どうやら敵はだいぶこちらを研究しているらしく、溝口が攻撃の起点である事を見抜かれているらしいからと。
戸狩も岡本の投入には賛同した。だが変えるなら溝口じゃなく樽井の方ではないかと指摘。
一年生の中でも溝口か樽井かで非常に揉めた。
大久保たちも揉めた。
荒木と杉田も意見が分かれている。
最終的に困った戸狩は当の岡本にどっちと代わりたいかたずねた。
「どっちでも良いでしょうけど、戸狩さんが考えるような事って向こうの想定の範囲内だったりしないですかね?」
岡本の発言が戸狩を中傷した発言だと感じ、一年生たちは馬鹿野郎と言って一斉に岡本を叩いた。
だが、当の戸狩がげらげら笑い出した。
「かもしれん。相手の上を行くには確かに普通の発想じゃあ駄目かもな。わかった。溝口と代えよう」
後半、この岡本の交代は非常に効果的であった。
岡本はとにかく予測不能な行動をする。自分のところに球が回ってくると、瞬時に敵も味方もいない場所を把握しそこに球を打ち出してしまう。これが技巧派の長縄とは実に相性が悪い。
使いどころの難しいやつというのが戸狩の中での印象であった。
だがどうやら荒木とはかなり相性が良いらしい。
空いた場所にぽんと打ちだされた球に向かって荒木は竜を走らせる。相手の守備が競技場の外に出るだろうと思った球に荒木は追いついてしまう。
そこからはもう荒木の独り舞台である。
あっという間の同点劇。
そこから鞍ヶ池高校は困惑してしまった。
攻撃に出て良いものなのかどうか選手たちの意識の統一が崩れてしまい、攻守の連携が完全におかしくなってしまった。
そこを内山、樽井、荒木の連携で篭前まで球を持ち込まれ、樽井に二点目を叩き込まれる。
二点目を取られ攻撃するしかなくなった事で明らかに前掛かりになった鞍ヶ池高校は、石牧に球を奪われると綺麗に反撃をくらい、荒木に三点目を叩き込まれてしまった。
三対一。
鞍ヶ池高校を下した福田水産は二年連続で決勝に駒を進めたのだった。
帰りの輸送車の中、決勝は浜松の秀優学園かと言い合っていた。
花弁学院と並んで近十年で郡代表になっている回数の最も多い学校である。昨年の郡代表も花弁学院とこの秀優学園であった。
準決勝の相手の上郷魁工業という高校は、私立高校ではあるのだが過去数年一回戦が抜けれられるかどうかという学校で、およそ秀優学園が負けるとは思えなかった。
しかも選手たちのほとんどは一年生。初戦も準々決勝もやっと勝ってきたという感じであった。
どう考えても、準決勝まで余裕で勝ち上がってきた三年生主体の秀優学園に敵うはずがない。
秀優学園とどう戦うべきか。帰りの輸送車の中はそんな雰囲気であった。
ところがその日の夜、部員たちは目を疑う事になる。
決勝の相手は上郷魁工業に決まったのだった。
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