第46話 負けられない
悲しいかな竜杖球部のある学校は少ない。
球技自体の認知度がまだ低いというのも当然ある。それ以上に広い競技場が必要という事と、維持費のかかる竜を複数用意しないといけないというのが足かせとなっており、高校の運営規模で部活動として活動するのは極めて困難なのだ。
そのため、福田水産高校のように普段は体作りをして、竜に乗らずに行える練習をし、大会直前に竜に乗って練習するという学校が大半である。
そのせいで夏休み近くになると乗竜体験のできる施設は予約が殺到する事になる。
ようは公立高校はどこもその程度の騎乗経験しか無い状態で夏の大会に臨んでいるのである。
そんな知名度の低い竜杖球とは異なり、『曜日球技』と呼ばれる人気球技がある。
これはそれぞれの職業球技戦が決められた曜日の夕方から夜にかけて行われているためにそう名付けられている。月曜日は避球、火曜日は送球、水曜日は排球、木曜日は闘球、金曜日は篭球、土曜日は蹴球、日曜日は野球。
これら七種の球技は翌日の競技放送で詳しく試合結果が報じられるため、一般に浸透しており、ほとんどの学校にその部活が存在している。
避球と排球は女性競技者が多く、男性の球技戦よりも女性の球技戦の方が盛り上がっている。篭球、送球、蹴球は男女が半々。闘球と野球は男性の球技戦しか行っておらず、女性の競技者は極めて少ない。
そういった関係で荒木たちが応援に行っている送球部、杉田たちが応援に行っている篭球部は圧倒的に竜杖球部よりも日程が過密である。
竜杖球部の二回戦の前には、送球部も篭球部も三回戦をとっくに終えてしまっている。
荒木たちにしても杉田たちにしても、さっさと負けて竜杖球の大会に集中しても良いのだが、そこはやはり競技者。やるからには勝ちたいという意欲の方が勝ってしまっている。
「杉田の方はどうなの? 篭球部、どこまで行けそうなの?」
岡崎運動公園に向かう輸送車の中で隣に座った杉田に荒木がたずねる。
杉田は腕を組んで考え込んでしまった。
三戦全てに杉田も長縄も出場させられている。
初戦の相手は毎回初戦が勝てれば御の字というような学校だったため、勝ってもそこまで部員たちは盛り上がらなかった。
……それに関しては福田水産高校も同様なのだが。
ただ、普段の練習試合形式の対戦相手が二つに増えたというのは篭球部にとってかなり収穫だったらしい。
二回戦目の相手はいわゆる中堅校であったのだが、そこまで苦戦する事なく勝利。三回戦目の相手はそれなりに強豪校なのだが、終始互角に戦い、辛勝ではあったものの勝利した。
その結果、もしかしたらという変な希望が部員たちに芽生えてしまったらしい。
「案外そこそこまで行くかもな。士気が高いもん。そっちはどうなんだ? 送球部の方は」
そう言われ荒木も腕を組んで考え込む。
実は福田水産高校の三回戦の相手は優勝候補の一角だったのだ。
部員たちもがっかりしており、長崎部長のくじ運の無さを下級生たちは恨んでいた。
前回とは逆に、青野を先に出してそれで粉砕されるようなら荒木は使わずに送球部だけで玉砕しよう、顧問の別当はそんな事を言っていた。
ところが、前半を終えてみれば失点はわずか二点。優勝候補の一角に一対二という善戦であった。
そうなると別当もこれはもしかしてという気持ちになってしまう。後半は青野に代わり荒木が投入された。
最初こそ長崎や松原に球を渡していたが、自分に対する守備が甘くなったとみるや荒木は自分で得点を取りに行った。
終わってみれば五対三。
三回戦に駒を進めたのだった。
「どこまで行けるのか知らないけど、竜杖球部がさっさと敗退して送球部に集中っていう情けない事態だけは避けたいな」
同感だと言って杉田は吐息を漏らした。
竜杖球部の二回戦――というより準々決勝の相手は三光大付属高校である。
学校自体は福田水産高校からほど近い場所、同じ見付市内にある。そんな近くにあるのに、わざわざ両校ともに会場の岡崎まで輸送車で向かっているのだ。
実に馬鹿らしい。
昨年の決勝の相手花弁学院もそうであったが、私立高校は資金が潤沢で自分たちで竜を飼育している。
三光大付属高校に行った人から聞いたところによれば竜術部と共用らしく、好きに使えるわけでは無いらしい。だがそれでも一年を通して竜に乗ることができるというのは、福田水産高校のような公立高校と比べれば格段に良い環境だと言えるだろう。
会議の結果、本日の先発は、福島、石牧、杉田、大久保、樽井、溝口、長縄と決まった。
先発の選手表を提出に行った武上先生は、何だか嬉しそうな顔で帰って来た。
それに対し誰も何も指摘しないでいると、武上は貝塚の袖を引き、ねえ聞いてと言って話し始めた。
「向こうの先生ね、『こんな綺麗な方を相手にするなんて何だか心苦しい』とか言うのよ!」
口が上手い人だと言って武上と貝塚は笑い合った。
だが、その隣で戸狩は実に不機嫌そうな顔をしている。どうやらそれが目に入ったのだろう。戸狩君がヤキモチ焼いてると武上が貝塚に言ったのだった。
「はあ? ふざけんな! 相手の顧問が言った事をよく思い出せ。それは勝たせてもらって悪いなって意味だよ! よくへらへらして戻ってこれたな!」
珍しく激昂した戸狩を荒木と杉田が宥めた。
相手の顧問がこちらを見てゲラゲラ笑っている光景が目に入る。
大久保と石牧も相手の選手を睨みつける。
すると突然、岡本がゲラゲラ笑い出した。
前から故障気味だったが、ついに壊れたかと長縄と樽井は言い合った。
「もう相手は勝った気でいるんですよね。それって気が緩んでるって事でしょ。うちとしては好機じゃないですか! ぼこぼこにしてやりましょうよ! 赤っ恥かいて逃げ出すくらいに」
岡本の言葉にそれまで激昂していた戸狩がぷっと噴き出した。
たまには良い事を言うじゃないかと杉田が言うと、荒木も岡本の言う通りだと囃し立てた。
良い事を言ったと言って、一年生たちは岡本を叩きまくった。
そうはいうものの、そう簡単には思い通りに事は進まない。
試合が始まると、石牧と杉田は相手の激しい攻撃に防戦一方になった。大久保も後衛にまわり守備に専念。福島も必死に球を弾いて失点を防いでいる。
一方で攻撃は長縄ががっちりと防御されてしまい、なかなか敵の篭前まで球を運べない。一対一であれば長縄の技術なら相手の後衛を制御できるだろう。だが、どうやら相手は長縄頼みだと感じたようで徹底的に長縄の動きを封じて来た。
こうして前半は零対零のまま十五分の中休憩に入った。
「多分あの感じ、相手もうち同様、前半は様子見で主力を温存しているのかもしれませんね。多分一点でも取れたら全力で守備に出てくるか、もしくは攻撃的な選手を大量投入してくるか」
汗を拭きながら樽井が極めて冷静にそう分析。
全員の視線が荒木に注がれる。
「後半最初から俺が行くよ。それと大久保と内山を変えよう。守備に集中しすぎて大久保の動きが鈍ってきてる」
そう荒木が言うと、申し訳ありませんと言って大久保は椅子にへたり込んだ。気丈に振舞っていたが限界だったらしい。
中休憩終了間際、内山と石牧を呼び、荒木がなにやら耳打ちした。
にやりと笑って内山が親指を立てる。
開始早々、荒木は球を内山に打ち出した。
しばらく竜をゆっくり歩かせて内山は一人でじりじりと球を出す相手を探っていく。
どうやら球回しをする気らしい。そう察した敵の選手たちは、内山ではなく内山が球回しをしそうな相手を守備した。
だが内山の狙いはまさにそれであった。
苦し紛れに後衛の杉田に球を渡すふりをして後ろを振り向く。
すると、それを合図にしたかのように、石牧が猛然と竜を走らせる。
内山は球を誰もいない斜め後ろに打ち出す。
そこに竜を走らせた石牧が大きく敵陣深くに打ち出したのだった。
怪力自慢の石牧が打った球は、敵の後衛の頭上を越えて飛んで行き、守衛の少し手前に落ちた。
守衛も一瞬判断に迷った。味方後衛が拾うのを待つべきか、出て行って自分で大きく前に打ち出してしまうべきか。
そこに後衛二人を引き剥がした荒木が猛烈な速さで突っ込んで来た。
こうなるともう遅い。荒木は思い切り敵の篭に向けて球を打ち込んだ。
これで一対零。
この一点は三光大付属にとっては最悪の一点であった。
元々今年の三光大付属は攻守の均衡に定評があった。だが、それは裏を返せば器用貧乏という事である。得点力が低いのであれば、少ない得点を守り抜くしかない。そう顧問は考えていた。
この失点で三光大付属は完全に焦ってしまった。
そこを荒木たちは見逃さず、あっさりと追加点を入れる。さらに試合終了間際に駄目押しの三点目を入れ、三対零で勝利。
準決勝に駒を進めたのだった。
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