第45話 大会開始!
もうすぐ夏休み。
夏休みに入ると、初日から学校に輸送車が大量に詰めかけ、我先にと部員を会場へ運んで行く。ただこれは何かと荷物の多い運動部に限った話で、文化部は自分の足と電車で会場入りしている。
文化部にも大荷物の部はある。
その代表は技術部である。
技術部ももちろん大会がある。昨年の全国大会終了時に、翌年の大会の内容が発表される。
例えば昨年のお題は自分で考えて自動で迷路を抜ける自走式の機械を作ろうというものであった。今年のお題は巨大水槽の中に無作為に沈められた球を回収しようというお題らしい。
このお題の為に技術部はわざわざ水泳部と提携して実験をさせてもらった。その為、今年の技術部は全員体が引き締まっている。
その技術部も文化部だからという事で輸送車は用意されていない。
荷物は水着だけという水泳部や、陸上部、庭球部、卓球部に比べて、どう考えても荷物が多いのに。
逆に水泳部たちは運動部だからという理由で輸送車が用意されている。
今回水泳部は技術部と提携をした事で、彼らも自分たち同様に真面目に部活動に取り組んでいるんだという事を知った。
そうなるとどうしてもこの仕切りがおかしいという気持ちになる。当の技術部は毎年の事、自分たちは文化部だから仕方がないというのだが、そういう事ではないのでは? という声があがっている。
「荒木さん、みんなが最終調整で竜に乗りに行ってる中、何で俺たち送球部の最終調整に参加しているんでしょうね」
練習の休憩時間に青野がそう愚痴った。
北国でみっちりと乗竜を学んだとはいえ、青野からしたらまだまだ不安はある。
しかも後衛は青野以外に杉田、石牧しかおらず、確実に最初から出場が決まっている。だから先輩二人の足を引っ張りたくないと思っている。
「知るか。杉田たちの篭球部はどうか知らんけど、こっちは確実に最初からこき使われるからな。お前もちゃんと竜杖球の方に体力残しておけよ」
荒木の助言に、それはおかしいと青野は抗議した。自分たちは送球部の所属じゃないのだから、補欠選手じゃないとマズいんじゃないのかと。
「去年、俺も宮田先輩と二人で同じ事言って抗議したんだけどな。何だかんだと屁理屈こねられて試合に出されたんだよ」
青野は開いた口が塞がらなかった。恐らく杉田と長縄も今頃青野と同じような気分でいるんだろうなと思いながら、荒木は隣の篭球部の練習を眺めた。
いよいよ夏休み期間に突入した。
篭球部も送球部同様、参加校が多い。その為、初日から何試合も試合が組まれている。同じ体育館を使用するのだが、送球部とは会場が異なっており、荒木たちと杉田たちは別々の輸送車で別々の会場へ連れて行かれた。
今年の送球部の一回戦の相手は郡北部の長篠高校。場所は今橋総合体育館。
送球部の顧問の別当先生は昨年の件で完全に味をしめてしまっており、初戦から荒木と青野を使っていった。
前半はいきなり荒木が投入される事になった。昨年の事があるので荒木はもう完璧に諦めており、正規選手用の競技着に身を包んで、まるで最初から送球部の選手であるかのように堂々と競技場へ向かって行った。
前半戦、はっきり言って福田水産高校は圧倒的であった。昨年よりも荒木は各段に上手くなっており、松原と二人で点を量産していった。
後半に入って荒木に代わって青野が入った。荒木とは打って変わって青野は守備職人であり、長篠高校の得点を全く許さなかった。
こうして福田水産送球部は危なげなく二回戦に駒を進めた。
送球部の試合の翌日、今度は竜杖球の一回戦となった。場所は湖西運動公園。
荒木の隣に座った杉田は朝から非常に機嫌が悪かった。
「ちょっと聞いてくれよ、荒木! 篭球部の奴らよ、俺と長縄を普通に正規選手みたいに試合に使いやがるんだよ。俺は言ったんだぜ。補欠じゃないとおかしいだろうって。そうしたらよ、あいつら何て言ってきたと思う?」
何と言ってきたか何となく想像はつく。だが荒木は何と言ってきたのかと聞き返した。
「補欠選手として初戦からやってもらうだってよ! ふざけてると思わないか? 最初は主力は温存とか言ってよ、主力と一緒に俺たちが出てるんだよ。それで良いのかって三沢たちに言ったんだよ、そうしたらよう」
何だろう……このどこかで聞き覚えのある会話は。恐らく篭球部のやつら、送球部から散々話を聞いたんだろうなと荒木は察した。
「『違反じゃないから勝てればそれが一番だ』だろ? 去年全く同じ事言われて宮田先輩が激怒してたよ。諦めろよ。俺たちはもう諦めて送球部として試合に出る事に疑問を抱かないようにしてる」
絶句している杉田の肩に荒木はぽんと手を置いた。
浜名湖の西、湖西運動公園に到着。
更衣室で専用の競技着に着替えて部員たちは競技場に現れた。
数人を除いて昨年までとは全員背番号が変わっている。一番が福島、二番が石牧、三番が青野、四番が杉田、五番が大久保、六番が樽井、七番が溝口、八番が荒木、九番が大庭、十番が長縄、十一番が岡本、十二番が内山。
初戦はなるべく一年生を使っていこうという事で、守衛が大庭、後衛が石牧、青野、中盤が内山、樽井、溝口、先鋒が長縄でいこうという事で決まった。
昨年の広岡先生と違って武上先生は相手の顧問にからかわれたりはしなかったらしい。だが気分は害したという顔で帰って来た。
何かあったのとたずねる貝塚に武上は大きくため息をついた。
「『こんな綺麗なお嬢さんが顧問とは。それは部員たちも張り切るというものですね』だって。うちの部員たち、一回でも私のために張り切ってくれた事があったかってのよ」
そう言って武上は部員たちを冷たい目で見ていった。
馬鹿馬鹿しいと言って部員たちは武上から目を反らす。そんな中、岡本が武上の顔を見て片側の口角を上げる。
「心外だなあ。張り切りましたよ。先生がうちらの水着姿が直視できなかった時だって、水泳部で僕たちは先生の声援に応える為に頑張っていたんですよ」
岡本の発言に武上はあの時の事を思い出し、顔を真っ赤に染め上げた。
それを見た部員たちは『勇者』岡本の使い方を何となく理解した。
肝心の試合の方だが前半は途中までは一進一退という感じであった。福田水産が攻めあぐねているという印象すら受ける。
相手の井伊谷高校も、昨年決勝進出といってもこの程度かと感じたようで途中から警戒を解いて積極的に攻撃に転じて来た。
だが実はその瞬間を樽井は待っていた。
どうにも守備が固く、それをこじ開けるのは至難。だが点を入れられないとわかれば一点でも点が取れれば勝てると考えるであろう。
相手が初めて前のめりで攻めてきたその球を奪い、右の端にいた樽井は大きく左の端へと球を打ち出した。
そこに溝口が竜を走らせた。相手に追いつかれるより前に溝口は球を前に大きく打ち出す。
その球に向かって相手の後衛と長縄が竜を走らせる。
だが相手の竜よりも一竜身だけ長縄の竜が先に行った。
長縄はその球を小さく前に打ち出し、もはや守衛しかいない無人の競技場に竜を走らせ、篭目がけて球を叩き込んだ。
一対零で前半を終えた福田水産は、後半に入ると内山と大久保、石牧と杉田を交代。
後半十分を過ぎたところで、満を持して長縄と荒木を交代させた。
荒木は明らかに昨年よりも竜を走らせる速度が上がっている。恐らく昨年だと追いつけなかったかもという場所に球を打ち出しても追いついてしまう。もはや相手の後衛は全く成す術無く、後半の二十分だけで荒木は三得点を叩き込んだ。
結果、四対零で福田水産高校は準々決勝へと駒を進めたのだった。
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