第44話 くじ運悪すぎ
短い二学期が始まると、各部は一斉に夏の大会に向けて慌ただしくなる。
三年生たちにとっては自分たちが主役となる最大の大会であり、最後の大会でもある。
それが終わると慰安旅行かのように修学旅行に出かけ、進学する者たちは受験勉強が始まる。
「ねえ荒木君、今年も北国に合宿に行ったんでしょ? お土産は?」
史菜がにこにこ顔でやって来て前の机の上に腰かけた。
晴れた今日の澄んだ青空のような色の布が太腿の奥に見える。
「旅行じゃなくて合宿だぞ? あるわけねえだろ。だいたい、周辺は見渡す限りの牧草地だぞ? 何を持ってこいっていうんだよ? 牧草でも引っこ抜いて持ってきて欲しかった?」
ぶっきらぼうに言う荒木に、最初こそ不満気な顔をした史菜であったが、次第に荒木が言った事がじわじわとこみ上げてきてぷっと噴き出すと、そのまま笑い転げてしまった。
でも練習時間以外の時間だってあったんでしょと聞く史菜に、荒木は実に嫌そうな顔をする。
「その時間は教頭先生の、ありがたいありがたい特別講義の時間なんだよ。寝る、起きる、部活という名の労働、部活動、特別講義、睡眠、後は合間合間に食事の時間があるだけ。これの繰り返しだよ」
憤る荒木を史菜は可哀そうという目で見つめる。
放送部も合宿を行っており、体育館の放送設備を使って毎日室内球技の部員たちの前で原稿を読む練習だったらしい。最終日には室内球技の人たちと合同でご飯を作って校庭で花火をやったのだそうだ。
「草崎さん、毎日のように杉田さんは今頃北国で何してるんだろって言ってたんだよ。でも、そんな修行僧みたいな生活送ってたんだね」
「草崎って誰?」と聞く荒木に、史菜は新入部員の受付の時にいた二年生の娘と説明。
ああ、おさげの可愛い娘かと荒木が言うと、史菜は若干気分を害したという顔をした。
「そういえば、補助の女の子いるんでしょ? あの娘も合宿にいったの?」
どんな反応を荒木がするのか、史菜はじっと顔色をうかがっている。
ある程度の予想もしていた。だが、荒木の反応は史菜の予想したどの反応とも異なっていた。
「貝塚な……まったく、なんでうちの部はあんな問題児ばっかりなんだろうな。毎朝寝坊して宿泊所の人に迷惑をかけて、おまけに寝起きも悪くって、二言目には甘食が食べたいだもんな、好意で飯食わしてもらってるってのに嫌になるよ」
「はあ……」と特大のため息をつく荒木の肩に史菜はそっと手を置いた。
ご苦労様と声をかけられ、荒木はもう一度ため息をついた。
昨年と異なり、今年は二学期は送球部ではなく篭球部にお邪魔する事になった。どうやら武上先生と土屋先生、別当先生の間で話がまとまってしまったらしい。
すると荒木と青野は送球部で予約済みと言われ、送球部に引っ張られて行った。
ところが武上がそれを制した。
ここで練習させてもらっているのは部員たちの連携を培う意味があるのだから、竜杖球部でまとまって、篭球部か送球部どちらかの練習に合流する事という仕切りにしてもらった。
両部からごちゃごちゃと言われたが、武上はそこだけは頑として譲らなかった。
また、週に一回は昨年広岡が作った木馬に乗って、校庭の横で守衛の練習をする時間もとった。
相変わらず校庭は野外球技に押さえられてしまっている。それを見た庭球部や陸上部たちが、結果を出している部が結果の出ていない部に追いやられているのは、どこか理解ができないと言い合っている。
二学期も残り幾日という日に、戸狩と貝塚、武上の三人は教育委員会の事務所の多目的広場へと向かった。夏の大会の組み合わせ抽選を行う為である。
三遠郡に数多ある学校の中でも竜杖球部のある学校は非常に少ない。昨年の参加校はわずかに二十二校。
今年はさらに昨年の騒動で花弁学院が懲罰で不参加、さらに一校が廃部となり二十校しか参加が無い。
三人のうち誰が抽選を引くかで非常に揉めた。三人が三人とも引きたがらなかった。そうなれば当然のように一番立場の弱い者にお鉢が回ってくる。
実に嫌そうな顔で戸狩は抽選を引きに行ったのだった。
「どうだった? 初戦の相手どこになった? 去年のは浜崎先輩のくじ運の無さに痛い目見たからな」
帰って来た三人に荒木はそう声をかけた。
『くじ運』という単語に戸狩が露骨にびくりという顔をする。その時点で荒木は今年も駄目だったかと変な覚悟をした。
「初戦の相手は井伊谷高校だってさ。まあ、初戦敗退の多い学校だから安心してくれ」
そう言った戸狩であったが、どう考えても顔が作り笑いである。さらに武上も貝塚もこちらから顔を背け続けている。
何かある。
部員全員がその三人の態度でそう感じた。
「戸狩、組合せ表を出してもらおうか。去年浜崎先輩が貰ってきてるんだから、お前だって貰ってきてるんだろ?」
渋々といよりも嫌々という感じで、戸狩は鞄から組合せ表を取り出して荒木に手渡した。
ぱっと見で一回戦の所に名前があるのを見て、荒木はくじ運の無い奴だと感じただけであった。だが横から覗き見た杉田が、なんじゃこりゃと声を荒げた。
「おい! これ下手したら去年より酷いじゃねえか! なんだよ二回戦三光大付属って! 郡代表の常連じゃねえか! 鞍ヶ池高校もいるし、秀優学園までいるって……おい! もう一つの組には強豪校が全然いねえじゃねえかよ!」
なんだよこれと言って杉田は戸狩を睨んだ。そんな事を言われても戸狩からしたら不可抗力というものである。
一年生たちは石牧から一校一校説明を受けて、うわあという悲鳴をあげている。
大久保と荒木は、ただただため息をついている。
「わかるよ、わかる。抽選会場もそんな雰囲気だったからな」
抽選は五十音順で行われる。あ行の学校から順に引いて行き、井伊谷高校が先に抽選を引いた。
鞍ヶ池高校が自分たちの組だと知った井伊谷高校の部長は色々と諦めたような顔をした。
さらにそこから三光大付属の顧問が引き終えると、会場からはどよめきが起こった。
秀優学園の部長は引いた瞬間に表情を凍り付かせた。
こうなってくると問題は昨年決勝で棄権した、東国予選の常連花弁学院を事実上破った福田水産高校がどこに入るかに注目が集まってくる。
昨年までは全く注目されなかった高校だが、今年は『昨年の郡予選で決勝に残った高校』という扱いになっている。
緊張の面持ちで戸狩が箱の中から番号の書かれた球を取り出す。
戸狩もこの辺りの番号を引いたらまずいなという番号をいくつかは把握してはいた。
ちらりと見えた数字に戸狩は愕然。
固く目を瞑り、唇を噛み、ゆっくりと腕を上げて戸狩が球を会場に見せると、会場から一斉に「うわっ」という悲鳴に近い叫び声があがった。
「大会主催者の人たちまで頭抱えてたよ。いくらなんでも偏りが過ぎるって言って」
戸狩がため息をつくと、つられて貝塚と武上も会場での雰囲気を思い出してため息をついた。
未だに部員たちは組合せ表に釘付けとなっている。
よくはわからないけど初戦が強豪校じゃ無いという事は、良い経験が積めるという事ではないのだろうかと長縄と樽井が言い合った。
それを聞いた石牧が賛同し、確かにものは考えようだと大久保に同意を求めた。もしこの中から抜け出せたら、自信を持って東国大会に行けると。
「でも、もしこれで番狂わせでもあった日には、さらに混沌としてきますね、これ」
岡本の発言に、再度部員たちの目は組合せ表に釘付けとなってしまったのだった。
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