第42話 荒木を止めろ
長かった合宿も余すところあと二日となった。
合宿の最終調整といえば、昨年同様近くの高校の竜杖球部との合同の練習試合である。
今年も昨年同様、伊達農業高校の竜杖球部が合同練習を買ってくれたのだった。
実はこの最終調整には大きな目的がある。
これまで福田水産の部員たちは守備位置を意識したような練習を全くしていない。
送球部で個人個人の性格のようなものは把握できているし、連携の練習もしている。だが、それはあくまで自分の足で走ってのもの。竜に跨っても同じようにやれるのかという事を判断するのである。
昨年、この最終調整を見て石牧を中盤から後衛に変更したりしている。
昨年同様、福田水産側を二つに別けて、足りない守備位置を伊達農業に埋めてもらった。
『阿組』の主将は荒木、『吽組』の主将は杉田。
阿組は荒木の他に石牧、大庭、内山、樽井、青野。 吽組は杉田の他に大久保、福島、長縄、岡本、溝口。 阿組には武上が付き、『吽組』には伊達農業の顧問が付いた。
送球部での練習を見て、この時点での守備位置は守衛が福島と大庭、後衛が杉田、石牧、青野、中盤が大久保、内山、溝口、樽井、先鋒が荒木と長縄。
伊達農業の顧問は、じっと相手の組を見つめていた。
「今年はあの選手は向こう側か。厄介だな……」
先鋒のあの人ですよねと伊達農業の部長も顧問に同調した。
昨年はこちら側だったから思う存分活用してやったんだが、今年はあの選手を止めなければいけないのかとため息をつく。難儀な話と言って伊達農業の部長も渋い顔をする。
昨年杉田は荒木と同じ組であり、荒木が大暴れするのを大笑いしていた側だった。
だが改めてあれを防げと言われると、確かにどうやったら良いか見当が付かない。
そんなになんですか?と伊達農業の一年生たちが顧問にたずねた。
「見ればわかるよ。はっきり言って高校生の水準じゃない。自分の乗竜を持てたら職人選手でも果たして止められるものなのかどうか」
そう顧問が説明すると、二年生の一人が去年相手の組で守備をしたらしく、どうにもできなかったと苦笑した。もう笑うしかなかったと。
練習試合は昨年同様三十分を一試合とし、途中に十五分の休憩を入れる。それを四回行う。
福田水産の選手はそれぞれ一試合ごとに一人が休憩となるため、休憩の都度一人づつ入れ替わるという感じになる。
荒木も杉田も一戦目は休憩。
試合が始まると、川上教頭が貝塚、美香と三人で大はしゃぎした。
川上たちは武上の阿組の側で観戦している。
頑張れと貝塚と美香が黄色い声援を送る。
一方の吽組は硬派なもので、座っているのは全員男子生徒。補佐で来ているのも戸狩である。
華やかさの欠片も無い。
戸狩の顔を見て、杉田はくそっと悔しさを滲ませた。
どうかしたのかと戸狩がたずねたのだが、杉田はどんよりした顔でうなだれただけだった。
ただ、試合の方は吽組が優勢であった。
思った以上に長縄が俊敏で、荒木ほどではないにしても巧みに竜を操り相手の後衛の守備を交わしている。
速さの荒木に対し、巧みさの長縄という感じであった。
それ以上に溝口が収穫であった。
溝口はここに来るまで竜に乗った事さえなかった。
送球部で練習をしていた時もどうにもぱっとしない選手であった。球回しも下手だったし、持ち込みもお世辞にも上手いとは言い難かった。
ただ今にして思えば、なぜか気が付くと絶好の場所にいるという感じであった。恐らく予知というか嗅覚のようなものが働く質なのだろう。
その抜群の嗅覚が竜の上で遺憾なく発揮されている。
十五分の休憩を経て、いよいよ荒木と杉田が竜に跨った。
先輩頑張ってくださいという貝塚の黄色い声援が飛ぶ。荒木は振り返り貝塚と美香に手を振って答える。その光景を杉田は恨めしそうな目で睨む。
「杉田! 頑張れ! 荒木にやられるなよ!」
戸狩からの野太い声援に一言「うるせえ」と言って杉田は竜を歩かせた。
試合開始。
杉田は本来の守備位置である後衛では無く、中盤の後ろに入った。
荒木は伊達農業の二人の後衛選手に徹底的に動きを封じられた。
その間、杉田、溝口、大久保、長縄の四人で球を渡し合って攻めていく。
途中相手の守備に阻まれて弾かれても、そこを杉田が奪って溝口に渡す。
荒木に対し二人掛かりである以上、こちらは一人少ないようなもの。ならば誰かが二人分の役割をこなせば良い。それを杉田は大久保に言った。
先取点は長縄であった。
溝口、大久保と三人で上手く相手の守備を攪乱し、点を決めたのだった。
貝塚から黄色い声援が飛ぶ。
拳を握りしめ、長縄は荒木を見てニヤリと笑った。
試合が再開されると、同じように溝口は大久保、長縄と球を渡し合おうとした。
だが溝口に樽井が守備に付き、零れた球を荒木が拾ってしまった。
荒木はその球を後ろの青野に渡す。
青野はそれを大きく横に打ちだし内山に渡す。
あっと思わず杉田は声をあげた。
荒木には二人が付いていたはず。なぜか、そのうちの一人が溝口と共に樽井のところにいる。
内山が大きく杉田の後方に球を打ちだした時には、すでに荒木は残った一人の後衛も振り切り一人だけであった。
荒木はその球に追いつき、あっさりと得点してしまったのだった。
二人で守備するのを徹底しろと伊達農業の顧問は後衛の二人に指示した。
だが杉田は感じていた。もう荒木は今ので対処を心得てしまっただろうと。
案の定荒木はわざと溝口や大久保の守備に向かうふりをして、後衛の二人を混乱させ、守備を引き剥がしてから攻め上がった。
まるで先ほどの映像を再生しているかのように、先ほどと全く同じ手段で二点目を取られてしまった。
なんだありゃという伊達農業の一年生の声が聞こえてくる。
どうしようもないとい顔で伊達農業の顧問は呆然と試合を観ている。
二人とも防衛線の維持を念頭に置いて、荒木が戻っても付いていかないでくれと杉田は後衛の一人にお願いした。
もう後衛の選手は泣き出しそうな顔をしてしまっている。
結局、杉田の提案も虚しく、その後二点を入れられ二戦目は終了した。
だが三戦目、杉田が後衛に入ると、徐々に杉田と後衛、中盤の息が合ってきた。
後衛の選手も杉田が何を狙っているかがわかってきたらしい。
最初の飛び出しを中盤の選手が妨害する。だが引き剥がされる。その先でもう一人の後衛が守備をする。だが、それも荒木は速さで切り抜けようとする。
そこを杉田が球を奪うのだ。
三戦目、荒木は一点しか点を入れられなかった。
だが四戦目、三戦目で休憩だった樽井が入ってくると荒木は息を吹き返した。
荒木は攻め上がりの途中で一旦樽井に球を渡した。
そうする事で二段目の後衛が守備できず、そのまま樽井が攻め上がってしまい失点。
杉田はそれを修正するため、最初に引き剥がされた中盤を樽井に向けさせたのだが、樽井は球を受けるとそれを石牧に戻した。
力自慢の石牧が前方に大きく打ちだし、それを荒木、杉田、もう一人の後衛で追いかける。
だが、速度で荒木に敵うはずも無く。あっさりと失点を許したのだった。
帰りの輸送車の中、戸狩は荒木の隣の席に座った。
「荒木。今年はもしかしたら東国大会に行けるかもな。一年生に当たりが多い」
それを荒木は鼻で笑った。
「確かに当たりは多いかもしれん。だが問題児ばかりじゃな」
それを聞くと戸狩は大笑いした。
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