第41話 観戦に行こう
合宿も残り幾日というところまで来た。
昨年同様、安達荘に土井さんがやってきて、職人選手の試合を見に行こうと誘ってくれた。
一年生たちも徐々に乗竜が上達してきて、牧場では竜杖を持っての練習が始まっている。そんな一年生たちに、今の段階で二部球団といえども職人選手たちの試合が見れるというのは大いに刺激となるだろう。
当日、川上教頭、武上先生、土井さんと部員たち、それとぜひ自分も見に行きたいと手を挙げた安達荘の美香が輸送車に乗り込んで競技場へと向かった。
あの寝坊事件から貝塚と美香は非常に仲が良い。何度か入浴も共にしている。この時も隣の席に座ってお喋りに興じていた。
一年生の中にはこれが初の竜杖球の試合の観戦という者もおり輸送車の中は非常に騒がしかった。
ただ、最も興奮しているのは恐らく川上であっただろう。
川上は昨年の観戦ですっかり竜杖球に詳しくなった。あれから何度も見付球団の試合を観戦しに球場に足を運んでいるらしい。
残念ながら東国戦では幕府球団、稲沢球団、多賀城球団の三球団が強く、特に幕府球団が圧倒的でほぼ一強という状況になってしまっている。若松選手という国際試合の代表選手がいるものの、一人だけではどうにもならず、見付球団は毎年下位に甘んじている。
その事を川上は土井に愚痴っている。
北国戦もやはり北府球団と函館球団の二球団が二強という状況なのだそうだ。土井は苫小牧球団を応援しているらしい。苫小牧球団は弱いわけではないのだが、どうしても上位二球団との壁があり万年三位なのだとか。
良い選手は早いもの勝ちであり、強く地元の球団を希望するという選手でもないと、どうしても成績の良い球団にという事になりがち。しかもそういう球団は自分たちの本拠地から離れた郡の予選も視察に行って選手を調査する。結果として強い球団は強いままという事になりがちなのだとか。
ただそれは竜杖球に限った事ではない。蹴球や野球なんかでも同じである。最もその問題に真面目に取り組んでいるのは、『曜日球技』と言われる七種の球技の中でも最も古くから行われている篭球。
野球と蹴球では年に一回、全球団が集まって選手の採用希望を出している。
どの球団も今年の目玉選手というのを調べ尽くしており、その中で最良と思える選手を一位に指名している。当然そんな状況の為、複数球団で指名が被ってしまう事も多々ある。その際は成績の悪かった球団に自動的に交渉権が与えられる事になる。
ただ成績の悪い球団に進んで入ろうという選手はそこまで多くは無く、一位に指名されても拒絶するか、その球団で少しでも芽が出ると他球団に金銭移籍してしまう事が多い。
その為、球団側からはあまり意味の無い制度という評価を受けてしまっている。
どの球団も二位以下はだいたい地元の選手を指名しており、大抵の場合、その選手がその球団を支える事になる。そのせいで応援する側からも意味が無いと感じられてしまっているのが現状である。
一方、篭球は地元球団がその選手の優先交渉権を持つという事にしている。さらに地元球団が交渉しなかった、もしくは交渉が決裂した場合は、同じ地方の球団が交渉権を持つ事になっている。
当然、そうなると大都市に拠点を置く球団が有利という事になりがち。
そうでない球団は知恵を絞り、収益を地元に還元したり、地元の強豪校を支援したり、小学校、中学校の大会を主催する事で地域密着をはかっている。
避球、排球、闘球もこの制度を採用している。竜杖球もこれに似た制度を採用している。
昨年もそうであったが、川上は試合の観戦というと財布の紐がゆるゆるに緩む。この日も良さそうな座席を確保すると、食べながら見ようと言って部員たちを引き連れて軽食売り場に直行してしまった。生徒の前だというに麦酒を購入するくだけっぷり。
しかも席に着くとおもむろに鞄から応援商品のタオルを肩にかけた。
どこからどう見ても教頭先生ではなく、見付球団を応援に来たそのへんのおじさんである。
さあそろそろ試合開始という時に、隣に座っていた貝塚が荒木の袖を引いた。
額に変な汗をかいており、唇の色が少し悪い。
「先輩……お腹痛いです……冷えちゃったみたいで……」
涙目で訴える貝塚に荒木はじゃあ便所に行こうかと言って席を立った。
立てるかたずねると、貝塚は小さく頷いた。
隣に座っていた美香がどうしたのと貝塚にたずねる。貝塚は美香に近寄るように手招きし、耳元でごにょごにょと何かを言った。美香は心配そうな顔をし、とりあえず一緒に便所に行きましょうと言って三人で便所に行く事になった。
貝塚と美香が便所に入っていき暫くすると、どうしたのと言って武上がやってきた。お腹が痛いらしいと言うと、武上も便所に入って行った。
便所の近くの隙間から試合を観戦していると、貝塚たちが便所から出て来た。貝塚はどうにも体調が悪いらしく泣いてしまっている。
武上は荒木に、救護室に貝塚を連れて行くから先に戻って川上に報告してとお願いした。美香も付き添うと言ったのだが、武上は一人で大丈夫だからと微笑んだ。
二人の後ろ姿を見送り、美香と二人で川上の下へ向かった。
川上も四人が席を外した事には気が付いており、荒木を見るとすぐに急病かと心配した。だが『体調の悪い日』なだけだと思うと美香が言うとほっと安堵した。
そこから荒木は美香と並んで試合を観戦する事になった。
「あの、荒木さん。あの時は叫んだりなんかしてごめんなさい。びっくりしちゃいましたよね」
視線を試合に集中させながら、耳を赤くして美香はそう言った。言った後で荒木がどんな顔なのかちらりと確認して、また試合の方に視線を戻した。そんな荒木は試合そっちのけで美香の顔をじっと見つめている。
「俺の方こそ突然すみませんでした。あの後、後輩にもあれはマズいって怒られちゃいましたよ」
そう言って乾いた笑い声をあげる。
「あの時もそうでしたけど、ずいぶんと後輩に慕われてるんですね。私は家の手伝いがあるから部活ってなかなかやれなくって。荒木さんが羨ましいな」
思わず荒木は問題児だらけの一年生を見渡した。
溝口と内山は大興奮で周囲を気にせず大声を張り上げているし、長縄は興奮しすぎて最前列に移動してしまっている。大庭は土足で椅子の上にしゃがみ込んでいるし、青野は選手に向かって酔っ払いのようにふざけんなと怒声をあげている。岡本に至っては、菓子の食べ過ぎで試合中だというに便所に行ってしまった。
こいつらが、羨ましい?
荒木は鼻で笑った。
「私は荒木さんが羨ましいって言ってるんです! もう、照れてはぐらかしちゃって」
荒木を肘で突くと、美香はまた試合の方に視線を移した。耳だけじゃなく頬まで赤く染まっている。
なんと返して良いものかわからず、荒木も無言で試合を観る。
「荒木さんって、付き合ってる娘っているんですか? さっきの貝塚さん?」
少し小声で美香がそうたずねた。
ばっと美香の顔を見て、ありえないと荒木は全力で否定した。
そんな荒木に美香はくすりと笑って、他にいるんですかとたずねる。
小学校から同じ学校の友達はいるけど、付き合っている人はいないと荒木は生真面目に回答した。
きっと本当に付き合っているのならその娘の事を隠して、そんな娘はいないと答えるだろう。だから相手の娘がどう思っているかはともかく、荒木本人はそんな風には思っていないのだろう。
荒木の顔を見て美香はそう感じた。
「そうなんですね。でも荒木さん、もうすぐ東国に帰っちゃうんですよね。寂しいなあ」
ずっといてくれたら良いのに。
呟くように言ったその言葉は、恐らく荒木の耳には届かなかっただろう。
ちょうど試合が盛り上がる展開となり、荒木は夢中になって歓声をあげている。
帰りの輸送車、貝塚は二人掛けの椅子に横に腰かけて毛布をかけて座った。
美香は荒木の隣の席に座り、安達荘に着くまで二人で楽しそうに試合の話で盛り上がったのだった。
よろしければ、下の☆で応援いただけると嬉しいです。